第102話 秋の大祭
秋のお彼岸が過ぎ地球の暦では10月に入っていて、テラではそろそろ冬の準備を始めようかという時期に来ている。
銅貨はリュザールの予想通り、盆地以外の地方にも流通していったため足りなくなってしまった。ただ、その供給は銅の価格が上がらないようにこれまでと変わらないペースで行っているので、正直いって需要と供給のバランスは崩れている。でも、足りない分はこれまで通り麦などを使っての取引が行われているらしく、目立った混乱は起きていない。
というわけで、銅貨の普及は今のところ順調といったところだ。
そうなると決めないといけないことが出てくる。
「リュザールの方も大丈夫なんだね」
「うん、セムトさんにはまだまだ及ばないけど、もう本当の独り立ちをしても大丈夫だって言われた」
リュザールはバーシの隊商にいるときには頭をしていたけど、それはカスムさんが補佐にいたから出来たことで、本当に一人で隊長を任せられていたかというとそうではなかった。でも、セムトさんからお墨付きを得られたということは、一人で隊商を率いても問題ないと判断されたんだと思う。
「それじゃ、父さんのところに行こうか」
私とリュザールは、来年の春、ユーリルと一緒に行くタルブクへの旅から帰ったら結婚することに決めた。
「あ、来た来た」
「先輩たち、ごめんなさい。遅くなりました」
学校帰りに一度家に戻り、私服に着替えて、僕と風花がいつも散歩で来ている橋の横にある椅子のところに、みんなで待ち合わせた。
今日はこの町にある神社の年に一度の大祭で、街なかを
「それじゃあ、行こうか」
僕たち五人は波止場に向かって歩き出す。
「ねえ、去年聞きそびれたんだけど、どうして神社ではなくて波止場に向かうの?」
あ、そうか。風花のお母さんはこちらの人だけど、風花自身は元々関東の出身だ。僕たち地元の人間が当たり前だと思っていることを知らなくても仕方がない。
「あのね、このお祭りの間はその神社の神様は波止場にある
「ふーん、それで去年は波止場の周りにたくさんの出店が出ていたのね」
「そうですよ。風花先輩、その出店も当たり外れがあるから、どこでも一緒だと思ったらいけません。そのあたりのことはこの海渡にお任せください」
「そうなの?」
「まあ、そういう人もいるね。でも楽しめたらどこでもいいと思うよ」
僕たちは日が暮れかかった街なかを歩く。シャギリの音が聞こえ、途中演し物に出会った時は、周りを囲んでいる観光客と一緒に見学する。
そして、地元民は終わった時はお決まりの言葉をかける。
「「「もってこーい! もってこい!」」」
「ねえ、樹。これってどういう意味?」
「これはね、アンコールって意味でもう一回やってってこと」
地元民のもってこーいの声に応じるように、もう一度演技が始まる。
終わりごろ風花から尋ねられる。
「ねえ、ボクも言っていいの?」
「もちろん!」
二回目の演武も終わり、今度はそこにいた観光客も一緒になって言葉を掛ける。
「「「もってこーい! もってこい!」」」
「「「もってこーい! もってこーい!」」」
しかし、演し物はこの呼びかけに応えず次の場所へと行ってしまう。
「あれ、行ってしまったよ」
「うん、この人たちは三日間、
人が少なくなった広場をあとにし、改めて波止場まで向かう。
「去年も思ったけど、すごい人だね!」
風花の言う通り、御旅所と呼ばれる神様を祭った場所には人だかりができていて、それぞれが参拝の順番を待っていた。
「みんなも離れないように気を付けてね」
まあ、離れても風花以外は地元民だからすぐに合流できるんだけどね。でも風花は離れたら不安に思うはずだから、僕は風花と手を繋ぎ列に並ぶ。
「ねえ樹、みんないなくなっちゃった」
振り向くと風花以外の三人の姿が見えない。やっぱりはぐれたみたいだ。たとえ隣の列にいたとしても、この人込みだと間に背が高い人がいたら見えないんだよな。
「大丈夫、そのうち一緒になるから先にお参りしよう」
二人で神様の前まで行き、お賽銭を入れお参りをする。
「…………」「…………」
「終わった?」
「うん」
御旅所の隣には臨時の社務所と授与所ができていて、二人で記念に干支の付いたお守りを買った。
それぞれが男用と女用を一つずつ。巫女さんが不思議そうな顔していたけど、僕たちはこうなのだから仕方がない。
「風花はリュザールの分も買ったの?」
「樹だってそうでしょう」
二人で笑い合った。ソルとリュザールの分は持って行くことはできないけど、こういうのは気持ちの問題だからね。
「みんなに連絡しなくていいの?」
「あー、たぶんあそこに行くはずだから、まずは行ってみよう」
僕は風花を連れて、臨時の参道横に並んでいる出店の人だかりを抜け目的の場所まで向かう。
「あー、来ましたよ」
「ほら、いたでしょ」
海渡と凪がいたのは有名なお餅屋さんの出店がある場所だ。
「さ、早く行きましょう」
海渡に連れていかれた先は、お店のお餅を買う人たちの列で、そこには竹下がいた。
「お前たちも一個ずつでいいの?」
「うん、お願い」
竹下の問いに応え、お店の邪魔にならない場所に行き、四人で待つことにした。
「一緒に並ばなくていいの?」
「うん、代表の人だけ並ばないと迷惑かけちゃうからね」
周りには同じように待っていると思われる人たちが集まっていた。この人たちが全員並んだらかなりの距離になって、大変なことになるだろう。
「先輩たちは神様に何をお願いしました?」
待っているのが退屈なのか、凪が聞いてきた。
「ボクはみんなが元気でいられますようにってお願いした」
「あ、僕も風花と一緒だ。そういう凪はどうなの?」
「私は、ルーミンがジャバトと幸せになりますようにと、……海渡、うわぁって顔しない! あんたはなんてお願いしたのよ」
「姉ちゃんと碧がうまくいきますようにって、お願いしました!」
「碧くんはまだ小さいからそんなんじゃ……」
「どこがですか? 男の子だからすぐに大きくなりますよ」
「ねえねえ、みんな何してんの? これお餅すぐ食べる?」
海渡に掴みかかりそうな凪を押さえていると竹下が現れた。
僕たちは竹下からお餅を受け取り、そしてお金を渡そうとしたら
「いいのいいの、ここはおごってあげる。みんな食べて」
「あ、ありがとうございます。竹下先輩!」
「樹。先輩はいらないから。次の場所では樹、頼むね」
なるほど、そう言うことね。
「あぁ、痛てて。神様に何をお願いしていたか聞いていたんですよ」
結局凪にゲンコツを食らった海渡が答える。
「あー、そう言うこと。俺はラザルとラミルが元気に育ちますように」
「まあ、それは分かっていましたから。竹下先輩には聞かなかったんです」
「そういうお前たちだってたいして変わらないだろう!」
その後僕たちはいろいろな出店を回り(次のお店はもちろん僕のおごり)、帰路につくことになった。
「楽しかったー。テラでもこんなのがあったらいいのにですね」
「決まった神様がいないけど、どうしたらいいのかな」
テラには地球のような宗教はないと思う。もしかしたら他のところにはあるのかもしれないけど、少なくともソルたちが住んでいる辺りにはない。きっと、それぞれの人が、思い思いに心のよりどころを持って生活しているんだと思う。だから
「お祭りに神様いなくてもいいんじゃないの。地球でも宗教に関係ない収穫祭とかあるから、そんな感じでいいじゃん」
収穫祭か……確かに今年もたくさんの綿花が取れた。もちろん麦に米も。それを祝うことがあってもいいかもしれない。
「テラで計画して間に合うかな……」
「え、やる! 協力するよ」
「はい、はーい。僕も凪姉ちゃんも賛成です!」
「ボクもやりたい!」
収穫祭、みんな楽しんでくれるかな。
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あとがきです。
「樹です」
「風花です」
「いつもお読みいただきありがとうございます」
「お祭りどうだった?」
「楽しかった! ほんとに
「あれはね、演し物の時と踊りの時とで違うんだ。演し物の時はなんて言った?」
「もってこーいって言った」
「そう、でも踊りの時は『ショモーヤレ』って言うんだ」
「何が違うの?」
「うーん、これを話し出すと長くなるからなー、気になる人は調べてもらうと嬉しいかな」
「樹は詳しいけど、マニアなの?」
「マニアではないけど、風花に会う前は演じた年もあるからね。詳しくもなるよ」
「ほんと! 次はいつやるの? 樹の雄姿見てみたい!」
「次の機会は三年後なんだ。大学が県外に行く予定だから出られないと思う」
「えー残念」
「でも、毎年見ようね。さて次回予告の時間です」
「今度はテラでのお祭りの準備のお話になります」
「「みなさん次回もお楽しみにー」」
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