第94話 銅貨の普及2(バーシ村)

 その日はバズラン家で泊らせてもらうことになり、夕食にはいつものようにたくさんの料理が並べられていた。


「それでユティはどうしていますか。聞いた話では二人目の子供ができたと……」


「はい、今年の初め頃女の子が生まれました。一昨年生まれた一人目の男の子とともに元気ですよ」


「おお、そうですか。やはり生まれていましたか、いつか会いに行きたいものですな。それにしてももう二人目ですか、この村でも子供を作るところが増えましてな、賑やかな事ですよ」


 米の栽培が始まったせいか、パルフィやファームさんの工房で作った新しい農器具の影響か、はたまた、糸車のおかげで農作業の時間がとれるようになったおかげか、どの村でも農作物の収穫量が増えているらしい。

 そうなると生活に余裕が生まれ、子供を欲しいと思う家族が増えてきて、私たちが住んでいる盆地はベビーブームに沸いている状態なのだ。


「ところでリュザール。お前はいったいいつソルさんと一緒になるのかい。私はいつでも構わないのだがね」


「バズランさん、ボクの方はもう少しで仕事に自信が持てそうです。ソルの方もこの銅貨が落ち着いたらいいと言ってくれているのでもうしばらく待ってください」


「つまり、ソルさんの方は銅貨を使うところが増えたら結婚が早まるということかな……わかった、リュザールのためにもできるだけ協力しよう」




 その夜はルーミンと一緒の部屋を用意してもらった。


「よく考えたら、これからしばらくはお風呂に入れないのですね」


「そうだね。これまではお風呂がないのは当たり前だったのにね」


 鍛冶工房の横に浴場ができてから、私たちは少なくとも二日に一度はお風呂に入る日々を過ごしている。今回の旅は一週間ちょっとの予定だから、その間は当然入ることはできない。


「失敗しました。こういうことならビント行きはリムンに任せるべきでした」


「しょうがないよ、いまさら引き返せないし」


「ううー、我慢します。匂っても辛抱しなくちゃいけないですね」


「お互い臭いと思っても言わないようにしようね」


「うう、わかりました。それで話は変わりますが、この硬貨が広がったらお金の始まりになるんですか?」


「セムトおじさんによると昔も硬貨みたいなのはあったみたいよ、でも普及はしなかったからこの銅貨が広まったらそうかもしれないね」


「へえ、それじゃあ、このお金を持ってトンズラしたら大金持ちですね」


 ルーミンは荷馬車から部屋に運び込んでいる銅貨の袋を持って、逃げるしぐさをした。


「トンズラって、よくそんな言葉知っていたね。別にルーミンならお金持って行ってもいいけど、何に使うの?」


「ん!…………ん? そういえば使いようがありません。食材買うくらいにしか使えません」


「ね、リムンもルーミンもお給料払おうとしても貰ってないでしょう。使うところないって言って」


「そうでした。ごはんも好きなだけ食べられるし、作らせてもらえる。お風呂だってただで入れる。トンズラするわけにはいきませんね」


「頼りにしているんだから、これからもお願いね」


 うーん、お金の使いどころか。何かあった方がみんな喜ぶかな……







 翌日の朝、バーシ村の広場での説明もバズランさんのおかげでスムーズにいくことができた。


「ワシらはその銅貨というものを持っておらんが、どうしたらいいのかの」


「まずは今まで通り必要な物は麦や塩を使って買ってください。逆に織物とかを売った時に銅貨を貰うことがあると思うので、貰った時は次に買うときにそれを使ってください」


「銅貨10枚で麦1袋というのは、いつでも間違いのないことなのか」


「いえ、これはその時の麦の状況で変わってきます。これまでも麦が取れない年や余っている年は塩や石灰との交換に差があったでしょう。それと同じです」


 みんなざわざわとしているが、確かにそうだという声も聞こえてくる。以前竹下と話し合った時は麦の固定相場制がいいと思っていたけど、それだと不作や豊作の時にどうするのってなって、銅の価格に連動するように決めたのだ。


「通常の収穫の時は銅貨10枚で麦1袋が目安です。銅の価格は今のところ安定していますので、麦のように天候によって変わることもないと思います。それに腐ったりネズミに食べられたりしないので長く保管もできます」


 その後もみんなからいろいろな質問があったけど、竹下ユーリルに聞いていたことがほとんどだったので、うまく答えることができた。みんなにもうまく伝わったと思う。





 その日の午後、バーシを発つことにする。


「もう行くのかい。もう一日泊って話を聞かせてもらえると思ったのだが」


「すみません。思いのほか説明が早く終わったので今日のうちに出発します。出来るだけ多くの村に寄りたいので」


「そうか、気をつけて行くのだよ。帰りには寄ってくれるのだろ待っているよ」





 その日の夕方、ビントの手前の村に到着し村長の家へと向かうと


「ここのお嫁さんは私の子供の頃の悪友ですからね、任せてください」


 ここの村長さんには以前ユーリルと一緒に行って下話をしていたし、お嫁さんはルーミンの幼馴染ということですんなり話は進み、翌日の村人の説明会も問題なく終了した。


「さっき、お嫁さんと話していたじゃない。何話していたの?」


「ええ、リムンのことを聞かれていました。あの子リムンのこと好きだったんですよね。でも早くからここの村長さんの息子さんとの結婚が決まっていて叶わなかったんですよ」


「それで、どう答えたの」


「リムンには気になる人がいるから安心してと答えておきました。あの子もここで幸せにしているみたいで、初恋の相手がどうなったのか気になったみたいです」


「そっかー、他には」


「あんたも早く結婚しなさいって言われちゃいました。まだまだ、先のことだって言っときましたよ」




 この村でもうまく事が運んだので、到着した翌日の午後には出発することができた。


「今日の夕方にはビントのトールさんのところに着くけど、ルーミンは実家に泊るの?」


「うーん、どうしましょう。挨拶にはいきますけど、できたら違うところに泊りたいですね」


「どうして?」


「弟たちと一緒にいたい気持ちはありますが、たぶん結婚の話になると思うので、長居はしたくないです」


 なるほど、それはそうかもしれないな。

 ビントには夕方頃にはつくはずだ。泊る場所はトールさんの家か隊商宿かわからないけど、ルーミンも一緒に泊まる予定にしていたらいいということだね。


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あとがきです。

「ソルです」

「ルーミンです」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「ルーミン、さっき会っていた幼馴染の女の子、悪友って言っていたけどどんなことやっていたの?」

「ふふふ、聞きたいですか。いいでしょう。あれは八つぐらいの頃でしょうか、村の羊を数えようとどちらかが言い出したか忘れましたが、そういうことになりまして、数え始めたんですが、あいつら動く上によく似ているでしょう。どれを数えたかわからなくて、印が必要だということになって、一か所に集めて数える片っ端から墨をつけていっていたんですよ。そしたら、その墨をつけてた木がまだ燃えていて、それを付けられた羊が騒ぎ出しちゃって、周りの羊も怯えて大混乱に……そして次は」

「も、もういい、時間が無いから次の機会に」

「え、まだまだあるのに……」

「えっと、次回予告です。場所を移して銅貨の話が続きますが、ルーミンに何かが起こります」

「え、私?」

「心当たりは?」

「……わからないです」

「さて何が起こるのでしょうか」

「なんだろう……」

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