第93話 銅貨の普及1(バーシ村)
しばらくしてリュザールたちの隊商は、ユーリルをコルカに残したままカインに戻ってきた。
「リュザール、お疲れ様。次の出発はいつ頃になりそう?」
「セムトさんが次の出発は12、3日先だろうって言うから、しばらくはみんなを手伝えるよ」
「リュザールさんにお願いがあります」
私とリュザールが話しているとルーミンがやってきた。
「何?」
「ソルさんが、パルフィさんの子供を自分も欲しそうな顔で見つめています」
「ち、ちょっとルーミン!」
「リュザールさんには早く甲斐性を見せてもらいたいです」
「そうなのソル?」
私は俯いたまま、リュザールの問いに答えることができなかった。
「ボクの方は何とかセムトさんに認めてもらえそうになってきたけど、硬貨の方がまだまだなんでしょう?」
「ほほう、リュザールさんは準備出来つつあるのですね。硬貨については私に考えがあります」
「ボクにできることなの、話してごらん」
ルーミンが話した内容は、ユーリルのコルカでの硬貨の普及を待たずに、この近辺の村々でも硬貨を使い始めるということだった。
「カインでもこの前から銅貨を使い始めているじゃないですか」
この春から工房の商品の売買や食材の購入には銅貨を試験的に使い始めている。カインでの普及は少しずつだけど、うまく行っているような気がしている。
「それにこの近くの村は、技術を教える代わりに銅を預けてもらっているでしょう。その銅の分の銅貨をそれぞれの村に渡して、コルカからの行商人の売買に使えるようにしたら、ユーリルさんの仕事も早く終わるんじゃないでしょうか」
確かに、コルカの周りだけで銅貨が使えても、普及には時間がかかるだろう。
「そうだね、いくらコルカで銅貨が使えても、バーシやビントで使えなかったら行商には不便だね」
「だから、今のうちにこの近辺だけでも普及させましょう」
「ボクはいいけど、ソルはどう思う」
「バーシはバズランさんがいるから話は早いと思うけど、ビントの方はトールさんしか知らない。うまく行くのかな」
「ビントやその近くの村ならリュザールさんが行ってくれたら大丈夫だと思いますが、念のために、私も一緒に付いて行きますよ」
その後、ユーリルの意見も聞いて問題ないようなら、バーシやビントなどのこのあたりの村に銅貨を運ぶことになった。
二日後、私とリュザール、ルーミン、それにジャバトの四人は最初の目的地バーシに向かって出発した。大体一週間ちょっとでカインに戻って来る予定。ちょうどラーレの出産の予定日に入っているから、戻ってきたらラーレとアラルクの赤ちゃんが生まれていると思う。男の子だと思うけど、生まれてくるまで分かんないな。女の子でも二人の子供だから、きっと元気な子のはずだ。
荷馬車にはそれぞれの村に運ぶ銅貨が積み込まれていて、今の御者はリュザールとジャバトだ。
「どうしてジャバトも一緒なんですかね」
「ジャバトの教育係はルーミンなんだから、一緒についてくるのは当然じゃない。師匠の行くところ弟子ありだよ」
「納得いきませんが、ジャバトも断ってもいいのについてくるんだから」
「ジャバト、ほんとによかったの? サーシャのことが心配で行かないっていうかと思っていた」
「いえ、カインの人たちはみんな優しくてサーシャのことを任せられましたし、僕自身も皆さんの事をよく知りたいと思ったので」
「助かったよ。男が多い方が旅には安心だからね」
女の旅はまだまだ危険だ。私とルーミンは戦うことはできるけど、襲ってくる連中はそれを知らないから女が二人に男が一人という理由だけでやってくることがある。だから見かけだけでも男が他にいるということを見せた方が安心というかめんどくさくない。ただ、だからと言ってリムンやアラルクを連れて行くと、カインの守りが薄くなるので連れていけない。
だからジャバトを連れて行くのは打算の産物という意味合いもある。
「セムトさんたちがコルカに出発するまでに帰ってこないといけないけど、無理せずのんびりと行きましょう」
その日の午後バーシに到着した。
村長のバズランさんは前もって連絡していないにもかかわらず、私たちを温かく迎えてくれた。
「いやー、ソルさんお久しぶりです。マルトの北の川に架ける橋、順調ですよ」
私たちが襲われた川にかける橋の計画は、うまく行っているらしい。
「よかったです。皆さんが橋を作ってくれることになって助かりました」
「いえ、私たちの技がこんなことに役立つとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。これもソルさんたちのおかげです。それで、今日はどんなご用件で来られたのですか?」
「お預かりしていた銅が銅貨になりましたのでお持ちしました」
私たちはバズランさんに銅貨を見せる。
「これが銅貨ですか……確かに頼まれて銅を預けていましたが……これが麦に代わるということですが、どういうことかもう一度説明していただけますか」
私たちはユーリルからコルカで銅貨を預けた時の話を聞いていたので、この質問が来ることは予想していた。
「これまでは麦を基準に物をやり取りしていたと思います。例えば糸車を買うときには麦7袋とか機織り機なら麦30袋とか」
「はい」
「でも、麦がないときは代わりに他の物で代用していたかと思います。塩とか石灰とか」
「ええ」
「例えば機織り機を買うときに、麦なら30袋、塩なら15袋。今、麦が少ないから塩を15袋で買おうとか思うことがありますよね」
「ええ、逆に相手から麦以外を指定されることもあります」
「その時にちょうどその物資があればいいですが無いときとか、相手から提示した物資では困るとか言われることもあると思います」
「はい、その時はうまく調整するのが難しくて、多少損でも引き受けることもあったりします」
「ですから、物資でのやり取りをやめて、この銅貨でのやり取りに替えていきたいと思っているのです。この銅貨は20枚で麦1袋ぐらいの価値の銅で作ってあります」
「なるほど、この銅貨自体も価値があるわけですね」
「ええ、銅と言いましたけどスズも混ざっていて、溶かせば金属に戻ります。ただ、加工の手間の分、金属にしたら少しは価値が減ってしまいます」
「どれ位減るのでしょうか?」
「麦1袋で銅貨20枚だったのか、22枚か23枚分の必要になると思います」
「ほお、それくらいですか……確かにこれだけの加工をするには手間がかかりますね。しかし、これくらいの差なら溶かすのはもったいない」
「はい、だからこの銅貨だけでも十分価値があるものと思っていただいて構わないと思います。それにバーシではこれから橋を作りますよね。その費用を麦でもらうのは大変なのではないですか?」
「! 確かに、期間も人もたくさんいりますから費用も結構掛かる。それを全部麦や塩でもらっても保管に困ってしまいます」
「だから、バズランさんたちにもこの銅貨の普及に手を貸していただきたいのです」
「なるほど、よくわかりました。ただ、私たちだけで使ってもあまり意味はないと思うのですが……」
「今、工房のユーリルがコルカとその周辺の村で銅貨を広めていますし、カインではすでに使っていてほとんどの取引はこの銅貨で行っています」
カインでの普及はもう少しかかるけど、多少大げさに言うことも必要だろう。
「ほー、カインではそこまで! わかりました。私たちも使っていくことにしましょう。それでよかったら明日にでも村の者に話してもらえますか? 私ではうまく伝えられないかもしれないので」
ユーリルの話からこうなることは予想済み。でも、バーシの人たちにうまく伝えられるように、もう一度竹下に聞いておこう。
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あとがきです。
「リュザールです」
「ルーミンです」
「「いつもご覧いただきありがとうございます」」
「あれ、どうしたの?」
「今日はソルさんかと思っていました」
「あー、ソルは明日の広場での説明の打ち合わせをユーリルとやっているからね、ここはお休みだね」
「あれ、本文には予想済みって書いてありましたよ」
「ソルはまじめだから、中途半端なことはしたくないんじゃないかな」
「ソルさんは度が過ぎているんですよ。リュザールさんとの結婚だって、地球に合わせる必要なんてないのに」
「まあ、そう言わないで、ボクも未熟だったから結婚できる状態じゃなかったし」
「それにしても頭が固すぎます」
「ははは、そうかもしれないけど、あまりいじめないであげてね」
「いじめてなんてないですよ、ただ、まじめに返してくれるのが面白くて」
「ほどほどにしてあげてね。では次回予告の時間です」
「銅貨の普及のお話が続きますよー。次回もお楽しみに―」
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