第92話 ユーリルお父さん
パルフィの出産から十日が過ぎたころ、ユーリルはリュザールたちの隊商と一緒に硬貨の普及に出発することになった。
「今回はコルカが中心だよね」
「うん、コルカとその周りの村々に硬貨を渡してくる予定」
「でも、ごめんねこんなに早く出発させて」
「気にしないで、こっちの都合で遅らせてもらったんだから。でも、打ち合わせした通りしばらくは帰れないからさ、パルフィとラザルにラミルのことお願いね」
ユーリルは双子の男の子の名前を上の子にはラザル、下の子にはラミルと名付けた。語呂がカッコいいとパルフィは喜んでいたけど、確かラザルという言葉は、地球ではこの地方のお米の種類の名前だった気がする。
そのことをユーリルに尋ねたら、
「そうなの? でも、こっちにはまだない言葉だから、誰もわかんないよ。それに人の名前として定着したら、この先お米の名前にはならないでしょう」
ということらしい。まあ、それはそうだと思うし、この名前、パルフィに似て少し肌の色が濃い二人の容姿にはピッタリでかっこいいのだ。
「わかった。三人のことは任せてね。それと、テムスのことも頼むね」
テムスも今回の隊商に付いて、修行のためファームさんの鍛冶工房まで向かう。期間はパルフィと父さんが話し合って一年間。テムスにとってこれが初めての旅であり、親元を離れるのも当然初めてだ。
「テムスの事は僕も弟のように思っているからしっかり見ておくよ」
父さん達のコルカへの診察は次回の隊商の時のようなので、少しの間でもユーリルがテムスと同じコルカにいてくれるのは心強い。
みんなとの別れを済ませ、ユーリル、テムス、リュザールの三人は出発していった。
「パルフィ寂しくなるね」
見送った後、二人の子供を抱きかかえたパルフィに話しかける。
「あたいは平気だぜ。こいつらがいるし、それに、ユーリルのことはソルが教えてくれるんだろう?」
「はは、そうだね。毎日教えてあげるよ。それで今日はどうするの?」
「そうだな。サーシャのことはリムンに任せているし、織物部屋にいさせてもらおうかな」
浴場の建設が済んで、鍛冶工房の仕事も再開した。ただ、パルフィはお休みなので、サーシャの教育係はリムンが受け持つことになった。この前、結婚相手にどうかなんて話していたので、最初は戸惑っていたようだけど、今では普通に先輩として教育しているように見える。
ジャバトの方はというと、正式に織物部屋に配属になった時、当然のように教育係はルーミンになった。
「どうも悪意しか感じませんが、指名されたからには仕方がありません。一人前の織子として育てて見せましょう」
この人選は織物部屋の総意で決まったからね、決して悪意ではありません。おせっかいかもしれないけど。
ガシャコン、ガシャコン、タンタン。ガシャコン、ガシャコン、タンタン。
織物部屋の中では、小気味いい機織り機の音が鳴り響いている。
「ほんと、この子たちこの音でも起きないのね」
ラーレの言う通り、機織りの音は決して静かなものではない。鍛冶工房には負けるが、どちらかというとうるさい部類に入ると思う。
「まあな、こいつらお腹の中から鍛冶工房の音に慣れているんだ。これくらいならなんてことないはずだぜ」
パルフィは、絨毯の上に並んで寝かしつけられた、ラザルとラミルの頭を愛おしそうに撫でている。
「私の子供もうるさいの平気なのかな」
ラーレはパルフィの隣に座って、大きくなったお腹をさすりながら話す。予定日はあと半月ぐらい先だけど、いつ生まれてもおかしくない時期に来ていて、お仕事はお休みだ。
「たぶんそうだぜ、それにその大きさは男の子だろう」
「そうかなあ、やたら元気な気はするけど」
「元気な方がいいぜ。こいつらと幼馴染になるからよ。ん、お前たちおっぱいの時間か」
ラザルとラミルが揃ってぐずりだしてきた。
「はい、はーい。ジャバト君は後ろを見たらダメだよ」
ルーミンは、糸紡ぎの練習をしているジャバトに対し、パルフィが二人にお乳を飲ませるために胸を出す様子を見ないように注意する。
「み、見ませんよ」
「そうよ、ジャバトはあなたと違ってそんなことはしないわよ」
「失礼な、私は見ませんよ」
「そうかしら、私たちが着替えているときなんかじっと見られている気がするんだけど」
「い、いや、それは誤解です。決して皆さんのお乳を見ていたわけではありません」
「あー、やっぱり見ていたんだ」
みんなの笑い声が広がる。
「ははは、ねえねえみんな、ジャバトが真っ赤になっているからその辺で」
ジャバトはサーシャが言う通り曲がったことが嫌いで、まじめな性格なようだ。こういう女の子の話は初めてなんだろう。
「それにしてもよく飲むわね。足りているの?」
本当だ。二人の飲む勢いには圧倒されそうだ。
「ああ、今のところはな。大きくなったら足りないかもな」
「あ、お乳の出がよくなる薬草があるから、父さんに言って出してもらうよ」
「おう、頼むな」
ラザルとラミルにお乳を与えているパルフィの様子を見ていると、ルーミンが近寄ってきた。
「ジャバトはいいの?」
「紡ぐのに時間がかかるからしばらくは大丈夫です。しかし、ほんとに見ようとしませんね、逆に面白くないです」
面白がっても困るんだけど、
「ところでソルさんは、この子たちを見て、リュザールさんとの子供が欲しくなったんじゃないですか」
「!」
「あっちに気を使うとか今更じゃないですか、早く結婚したらいいのに」
「い、いや、リュザールの方もまだ自信がないみたいだし、硬貨も普及させないといけないから」
「ふーん、なるほど、それを解決したらいいのですね。このルーミンにお任せください。いろいろとお世話になっていますし!」
お世話と言っているが、これはもしかしたらジャバトをあてがったことに対する意趣返しというものではないだろうか。
翌朝、いつものように朝早くに起きたら、早速竹下から連絡が来た。
「ラザルとラミルはどう?」
今日は学校だから、その時でいいと思うんだけど……
「二人とも元気にしているよ。そっちの方はどう」
「今はバーシ、こっちは変わりない。だからそっちに何かあったらすぐ戻ろうと思って」
そうそう簡単に戻られても困るんだけど……
「みんなもいるし、何があってもタリュフ父さんがいるから心配しないでいいよ」
「カインにはタリュフさんがいてくれるから助かるけど、もし、盗賊が来ていたらと思うと、気になって仕方がなくて」
確かにこの前盗賊がやってきた。でもその後、工房の子たちも身を守る術が欲しいということで、みんなに武術を教えている。そう簡単にはやられないと思う。
「リムンとルーミンもいるし、他の工房の子たちもだいぶん動けるようになっていている。何かあったらすぐ知らせるからさ、それよりもそちらの事詳しく教えて、パルフィに聞かせたいから」
その翌朝、とうとう竹下は僕と風花の散歩のところにまでやってきた。
「ごめん、邪魔なのは分かっているけど、少しでも早く直接樹の口からききたくて」
風花と二人、顔を見合わせてしまった。
「あっちでもこうなの?」
「うん、ずっと気にしているみたい」
「ごめんな、竹下。子供生まれたばかりなのに遠くまで行ってもらって」
「あ、俺の方こそごめん。自分でも大丈夫だと思っていたんだけど、思ったより気になっている。途中でカインに帰るとか言わないから、話だけでも聞かせてくれ」
「じゃあさ、ユーリルがコルカに行っている間、朝は僕たちと一緒に散歩しよう。そして、その時にいっぱい話そう。風花もいいでしょう」
風花も頷いてくれた。
「ありがとう、樹、風花」
子供が生まれたら僕もそうなるのかなあ。
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あとがきです。
「樹です」
「竹下です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「親ばかだった」
「え、仕方ないじゃん。会えないんだから心配になるよ。樹もお父さんになったら分かるって」
「そうかな」
「でも、樹の場合、お母さんになる方が先かな」
「どうだろう。風花と結婚するよりもリュザールと結婚する方が先になると思うから、そうかもしれないけど、こればかりは何とも言えない」
「そうだね、天からの授かりものだからね……つまり、樹は出産も経験できるのか」
「僕じゃないけどね、ソルは出産できるよ。子供を授かればね」
「出産ってどんな感じなんだろう」
「パルフィは苦しそうだったけど、嫌な感じではなかったと思う」
「女の人は大変なんだなあ」
「そうだよ、毎月のも辛い人だっているんだから優しくしてあげてよね」
「わ、わかった」
「それでは次回予告の時間です」
「俺がいない間にソルたちがどこかに行くようです」
「どんなお話が待っているのでしょうか」
「「次回もおたのしみにー」」
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