第89話 お風呂完成

 ゴールデンウィークが過ぎた頃、サーシャにお風呂について聞くきっかけがないまま、浴場が完成してしまった。


「こいつがお風呂ってやつか、入り方がわからねえがどうしたらいいんだ?」


 最初の入浴はパルフィが入ることになっている。私たちも使わせてもらうけど、これはパルフィのためにユーリルが作ったものだからね。当然だ。


「あ、私が一緒に入るから、サーシャも手伝って」


 臨月に入りそろそろ出産間近のパルフィを、一人でお風呂に入らせるわけにはいかない。ましてや、生まれて初めて入るのだ間違って転びでもしたら大変。

 ルーミンとコペルにはこの後ラーレと一緒に入ってもらうことしているから、一緒の部屋で頼みやすいサーシャにお願いすることにした。


 浴場は大きめに作ってあり、4~5人は一緒に入ることができる。そして、男女に分かれてないので、男か女かで入ることになる。さすがに混浴というわけにはいかない。

 風呂釜のお湯は浴場の中からとれるようになっているけど、焚口は外に作ってあって、煙が中に入り込まないように工夫してあった。空気や外の明かりを取り込める窓は、簡単には覗けないように高い位置に設置してあり、さらに格子もはめられている。




 私とサーシャはパルフィと一緒に浴場の脱衣場まで向かう。


 脱衣場には棚が作られていて、そこに衣服を置くことになる。


「パルフィ。お腹すごいね」


 ユーリルと結婚して以来パルフィの裸を見ることは無かったが、その時と比べても今のパルフィのお腹はかなり大きいのがわかる。


「ほんと、大きいです。服を着ているときも思いましたけど、改めてみるとすごいです」


「だろ、元気でしょっちゅう動くからよ。夜中に動かれたときには目が覚めるときもあるんだぜ」


「そうなんだ。それにしても大きいなあ、もしかして双子かな」


 ユティ姉の出産のときは、私も立ち会って母さんたちのお手伝いした。その時の赤ちゃんは普通の大きさだったけど、ここまでユティ姉のお腹は大きくなかった気がする。


「本当か? それなら嬉しいな。一気に二人も子供ができるんだぜ」


「ふふふ、パルフィ。赤ちゃんのためにもお風呂に入って清潔にしようね」


 三人で浴室の中に入る。浴室の中にはパルフィのために少しぬるめのお湯が張られている木製の新しい湯船があり、その横には体を洗うためのスペースが設けられている。



「木の匂いがいいですね」


 お湯が張られた湯船からは、新しい木特有のいい匂いがしてきている。


「先に体を洗って、湯船につかりましょうね」


 パルフィを木製の椅子に座らせ、同じように木で作った桶でお湯を掬い、かけてあげる。


「パルフィ熱くない?」


「おう、すまねえな。気持ちがいいぜ」


「体を洗ってあげるからね」


 そう言って、タオルに石鹸をつけて擦ってあげようとしたら、すでにサーシャがその準備を済ませていた。


「はい、ソルさん」


「サーシャ。石鹸の使い方わかるの?」


 この石鹸はお風呂に合わせて準備したもので、これまでテラにあったものと形も色も違うから、見ただけで使い方が分かるとは思えない。


「え、は、はい」


「へえ、これが石鹸ていうのか。ソルたちがあっちで風呂の時使っているってやつだよな」


「え、あっちって」


「ねえ、サーシャ。私たちの事を話すから、あなたのことも聞かせてくれる?」



 私とサーシャは、パルフィの体と髪を洗ってあげて、そのあと私たちも綺麗にして、一緒に湯船に入る。

 こちらでは初めて入るお風呂だ、垢もたくさん出た気がする。


「パルフィ、足を滑らせないように気を付けてね」


「おう」


 パルフィを湯船に座らせてから、お湯も減っているし少しぬるくなっていたので、風呂釜に付いた樋の口を開け熱いお湯を湯船に注ぎ入れる。


「どお? 熱くない?」


「お、少し暖かくなってきたぜ。でももう少し熱い方がいいな」


「妊婦さんはあまり熱くない方がいいから、このくらいね」


「へえ、そうなんだ。いつもありがとな」


 お湯の温度調整も終わり、私もパルフィとサーシャの間に座る。



「どお? サーシャ」


「気持ちいいです。さっぱりしました」


「サーシャはお風呂入ったことあるんでしょう?」


「いえ、初めてです」


 あれ? 初めてなんだ。


「どうして石鹸の使い方がわかっていたの?」


「おかしく思わないでくださいね。私、昔から夢を見ているんです。ここではないところの夢を」


「そこではお風呂にも入って、石鹼も使っていたのね」


「はい、そうです」


「そっか、先に私の話を聞いてくれる?」


 サーシャが頷くのを待って、話を始める。


「サーシャはってわかる?」


「え、地球ですか……わかります」


「うん。あのね、私は朝起きると地球の男の子、立花樹として目が覚めるんだ。そしてその次の朝は私、ソルとして目が覚めているの」


「そうなんだ……」


「サーシャはどうなの?」


「私が見る夢では、ソルさんのいう地球と同じかどうかわかりませんが、確かにその夢の中の星は地球と言っていました」


「ちょっといいか、その星っていうのは何だ。夜に空で見られるあれの事か?」


 パルフィは私の横から前、ちょうど向かい合わせの位置に移動してきた。


「うん、そうだよ。私たちが住んでいるここも、空にたくさん浮かんでいる星の一つなんだ」


「へえ、それじゃあ、地球ってのも見えんのか?」


「たぶん、見えないと思う。こことは違うところにあると思うんだよね」


「そうなのですか?」


「たぶんね。私が知っているここの地形と地球の地形がほとんど一緒なんだ。だからここと地球は違う場所にある同じ星だと思っているの、それで私たちは地球と区別するために、ここのことをテラと呼んでいるの」


「テラですか……」


「サーシャは、地球という言葉の意味が分かったということは日本語がわかるんだよね」


「日本語……そうですね、わかります」


「夢って言っていたけど、どんな夢を見ていたの」


「小さい頃からずっと見ていました。そこはここではないところで、違うお父さんとお母さんとお姉ちゃんがいて、こことは比べ物にならないくらい何でも揃っていました」


 私とパルフィはサーシャの話をじっと聞いている。


「テレビもあって携帯もあって、学校があって……でも、その夢で見る男の子はあまりにも体が弱くて、外に出ることができなくて、学校にもほとんど行けなくて、いつか友達を作って遊びたいと思っていました」


「それでどうなったの?」


「去年の春くらいから夢を見なくなってしまって、最後の方は苦しい夢ばかりでしたから、きっと死んでしまったのだと思います」


「そっか、おめえもつれえ思いしてきたんだな」


 そう言ってパルフィは、ぐすぐすと泣きながらサーシャを抱きしめている。


「い、いえ、大丈夫です。あちらの事を誰にも話したことなかったから、スッキリしました」


「ジャバトにも話したことないの?」


「はい、今日初めて話しました」


「そうか、ありがとう。それじゃあ、上がろうか。あまり長く入っちゃうとのぼせるからね」




「あのー、パルフィさんも地球の事を知っているのですか?」


 湯船から上がり、お腹が大きなパルフィのために体の水気を拭いてあげている時にサーシャが聞いてきた。


「いや、あたいは直接知らねえな。ただ、あっちにもあたいがいるらしくて、そいつとは繋げてもらってねえんだ」


「あっちのパルフィさん?」


「おう、あたいもサーシャのように昔は夢を見ていたぜ」


「え、そうなんですか。それで繋げるって?」


「ソルがな、あたいとあちらのあたいを繋げることができるらしいんだけどな、あたいは断ったんだ」


「どうして?」


「だって、そんな便利な世の中の事、知ってしまったら面白くないじゃねえか」


「パルフィ、体が冷えたらいけないから先に服を着よう」


 場所を脱衣場に移し、話を続ける。


「それで、他にも繋がっている人はいるのですか?」


「私の他にはユーリルとリュザール、それにリムンとルーミンの五人だね」


「そんなに……私も繋げてもらうことはできますか?」


「私がテラと地球の人格を繋げるためには、一緒に手を繋いで寝る必要があるのだけど、たぶんあちらに同じ人格の人間がいないといけないみたいなんだ。手を繋いで寝ても繋がらない人がいるから」


「あ、それなら私は地球の人格の人間が死んでいるかもしれないから、繋がる相手がいないかもしれないってことですね」


「ごめんね」


「いえ、わかりました。いろいろとさっぱりしました。ありがとうございます」


「よし、出来た」


「おう、ありがとなソル。お腹が大きいと服着るのにも苦労してよ」


「いいの、いいの。パルフィの赤ちゃんみんな楽しみにしているんだから。それでサーシャ、地球での名前はなんて言ったの?」


「確か……」



 その次のお風呂は、ラーレとコペルにルーミン。お風呂の入り方を知っているルーミンにラーレのことを任せた。


 そして、工房の他の女性達には入り方を教えて入ってもらい、それが終わってからようやく、建設に頑張ってくれた男たちが入ることができる。



「ごめんね、女の子ばかり先に入っちゃって」


 ラーレたちのために、浴場の外の風呂釜の炊き口でお湯を沸かしているユーリルに声をかける。


「いいよ気にしないで、おかげでパルフィも喜んだみたいでさ。ありがとうね。それにしてもさっぱりした顔しているね」


「こっちでお風呂に入れるなんて思ってもいなかった。ユーリル、本当にありがとう」


「どういたしまして。これは期待が持てそうだ。それで、サーシャのこと何かわかったの?」


「あのね、サーシャはね……」


「あの、サーシャがどうかしましたか?」


 そこには薪を抱えたジャバトが立っていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「パルフィだぜ」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「パルフィ、お風呂どうだった?」

「すごく気持ちがいいな。ソル、いつもすまねえな」

「ううん、このお風呂はみんなで作ったものだからね。別に私だけじゃないよ」

「そうか、でもよ、ソルが最初にやりたいって思わないと誰もやり始めないからよ。やっぱりソルが一番の功労者だと思うぜ」

「えへへ、ありがとう」

「それで、話は変わるけどよ。ソルおめえはあっちの世界では男なんだろう」

「うん、そうだよ」

「あたいがまだソルたちと一緒の部屋にいた時、体の拭き合いをしてたじゃねえか。その時はどんな気持ちだったんだ?」

「え、べ、別に普通だよ」

「そうか? なんだかじっと見られていたこともあったと思ったんだがよ」

「そ、そう? たぶん気のせいだよ」

「まあ、あたいもソルだったらいくら見られても構わねえけどよ。だから今度の風呂も一緒に入ったんだしな」

「あ、ありがとう」

「おっと、次回予告の時間だな。次回は地球の話のようだぜ」

「皆さん楽しみにしてくださいねーだぜ」

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