第87話 二度目の温泉合宿1
翌日から浴場の建設も佳境に入るということで、鍛冶工房の男たちも作業に加わっている。
二人の兄妹にも仕事をしてもらうけど、本来の職場ではなくジャバトは浴場の建設に、サーシャの方は浴場が出来上がる迄は鍛冶工房がお休みになるので、織物部屋の作業を手伝ってもらうことになった。
「すまねえなサーシャ。あたいがこんななりだから、一人では鍛冶の仕事をさせてもらえねえんだ。だからしばらくは一緒にここの手伝いだな」
機織りの音が響く中、パルフィは糸車で綿花を紡いでいる。糸車も進化し、最新型は足を使って車を回せるようになっていて、お腹の大きなパルフィにも手伝ってもらうことができる。
「いえ、私も鍛冶をやりたいって、無理なお願いをしてごめんなさい」
サーシャもパルフィと同様に糸車で糸を紡いでくれていて、ただ、足を使う物は使ったことが無いということで、今までの手で回すものを使ってもらっている。苦手だって言っていたけど、紡いでいる姿はそこまで苦労しているようには見えないから、織る方が得意ではないのかもしれない。
「うぅ、助かりますぅ。糸を紡ぐのも大変でした。できたらサーシャには、このままここでずっと手伝ってもらいたいです」
ルーミンは一生懸命にタオルを織っている。元々が器用なだけあって喋りながらでも手元の狂いはない。
「ダメだぜ、サーシャは渡さねえ。もう鍛冶工房のものだ。あたいが立派な職人に仕上げるんだからよ」
「そうそうルーミン、無理は言わないの。手伝ってもらえるだけでもありがたいから。それよりもサーシャ、あなたのお兄さん、どなたかいい人とかいるのかしら? このルーミンがお相手を探しているのよ」
お腹の大きなラーレもパルフィ同じように、足踏み式の糸車を使いながらサーシャに尋ねた。
「そうですね。多分いないと思います」
「よかったじゃないルーミン。顔もなかなかよかったわよ。もう一緒になっちゃいなさいよ」
「ラーレさん。確かに顔は合格点でしたけど、まだそういうわけにはいきません。性格が合わない人と一緒にいることはできませんから」
「ふーん、ねえ、サーシャ。お兄さんの性格ってどんな感じなの? ルーミンが知りたがっているようよ」
ラーレは反論しようとしているルーミンを黙らせ、サーシャに答えを求める。
「曲がったことが嫌いで、お人よしだと思います。それで前の村でもうまくいかなくて、この村に来ることになりました」
ふむふむ、曲がったことが嫌いなのか、正義感が強いってことかな。そしてお人よしかー、前の村ではいいように使われたのかもしれない。
「ルーミン。聞いた感じでは悪くはなさそうよ」
「そうですね。そうかもしれませんが、一緒に働いてみたらわかります。それまでは決められませんね」
そうだよね、身内には優しいけど、他人にはそうでない人もいるからね。よく見極めて選んで欲しいと思う。
今日一日、仕事をしているサーシャの様子を見ていたけど、別におかしいところはなかった。
お風呂についての話を聞きたいけど、事情を知らない人たちがいる場所では聞くわけにはいかない。二人っきりやルーミンだけの時とかがあったらいいけど、なかなか機会がない。夜も部屋ではコペルがいるから聞けないんだよね。そうかといって、呼び出して話しても警戒されちゃうかもしれないし、何気ない会話の中で聞いた方がいいと思うんだけど、いいタイミング来ないかな。
5月に入りゴールデンウィーク後半の初日の休みの日。今年も武研の合宿が計画されている。今年も由紀ちゃんから、僕たち卒業生にも手伝ってほしいと頼まれたんだけど、竹下はお店のイベントと重なってしまい不参加だ。
去年と同じ待ち合わせ場所の駅の歩道橋へと向かう。
「お前たち、トイレと買い物は済ませておけよー!」
集合場所の歩道橋の上では、部員に声を張り上げる由紀ちゃんの姿が見えた。
「由紀ちゃん、おはようございます。今年もよろしくお願いします」
「樹、おはよう。こちらこそよろしく頼むな。あ、お前たち、駅のトイレが無くなっているからお店のを借りるように!」
由紀ちゃんは僕への挨拶もそこそこに、歩道橋を降りていく下級生たちに対して声をかける。去年まで使っていた駅舎は解体工事中で、別の場所に新しい駅舎が作られている。そこはここからだと少し歩くので、近くにあるお店の中のトイレを使うように言っているのだ。
「樹君おはよう」
下級生たちがお店の中に入っていく様子を見ていると、後ろから声を掛けられた。
「おはよう風花。凪たちと一緒じゃなかったの?」
凪と海渡は駅までの道の途中に風花のマンションがあるから、一緒に行くと昨日言ってた気がするんだけど。
「凪ちゃんと海渡君はあそこ」
風花が指さす方にはお店の中に入って行く二人の姿が見えた。
「トイレ?」
「何か忘れ物があったんだって」
その後しばらく風花と話していると、凪と海渡がやってきた。
「おはようございます。樹先輩」「おはようございます! 樹先輩!」
「おはよう、凪、海渡。何を買ってきたの?」
「これはメジャーです。竹下先輩から、浴場のいろんなところのサイズを測って来てくれって頼まれまして」
「そういうの勝手に測っていいの?」
「由紀ちゃん先生経由で支配人さんに了解取ったらしいですよ」
そうなんだ。でも、なんて言って了解取ったんだろう? 浴場のサイズ測るとか、普通なら不審に思われても仕方がないと思う。まあ、勉強のためとかいって頼み込んだんだろうな。竹下の成績がいいのは由紀ちゃんも知っているから。
「お前たち、バスが来たぞ! 準備できている者は先に乗り込んどけ!」
僕と風花と凪に海渡の四人は温泉旅館のバスの一番後ろに座り、今年も前の座席に座っている下級生たちを見る係になった。とはいえ、前回と同じように騒ぎすぎないように見ているだけになるけどね。
「風花さん。穂乃花さんはゴールデンウィークには帰って来なかったんでしょう?」
「うん、お姉ちゃん勉強が忙しいみたいで、夏休みまでは帰れないって言っていた」
「そうですか、竹下先輩かわいそうですね」
穂乃花さんは高校卒業後少しの間はこちらにいたけど、住む予定のおばあちゃんの家の部屋の準備ができてからは東京に行ってしまった。それ以来竹下は会っていないはずだ。
「連絡は取り合っているみたいだよ」
「そりゃそうですよ、離れているんだからマメに連絡とってないと別れちゃいますよ」
あの二人が別れることは無いと思うけど、一日のうちにあったことは話したい、伝えたいと思うのは当たり前だろう。
「ねえ、樹君あの子見て」
バスが発車してしばらく経って、風花が指示したところに座っているのは今年入ってきた一年生で、確か名前は……
「
唯ちゃんのことはよく知っている。僕たちが3年生の時に入ってきた子だ。そういえばこの前、今度弟が入るのでよろしくお願いしますと言われた気がする。
その碧君だけど、ここから見ていても、他の子の話について行けてないように見える。ただ、拒絶しているわけでもないみたいなので、きっかけが必要なのかもしれない。
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あとがきです。
「樹です」
「海渡です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「さてと、普通にやるよ」
「当たり前じゃないですか。ちゃんと仕事してますよ」
「で、何をやるかわかっている?」
「もちろん! 温泉合宿の話になりますからね。白濁したお湯の中に入る、樹先輩のなまめかしい肌の描写をしっかりとしないといけません」
「そんなのされちゃ困るけど、ちなみに誰得なのそれ?」
「当然僕得です! ごはん三杯いけます!」
「もう僕をおかずにするのはやめてね。なんだかモヤモヤするから」
「だから樹先輩ではなくてソルさんですからね。大丈夫ですよ」
「だって、さっき僕の肌がどうとか言っていたじゃない」
「それは脳内変換でやってますのでご心配なく」
「やっぱりモヤモヤする」
「さて、更新の案内ですよ。温泉合宿の続きのお話ですね」
「「皆さん次回もお楽しみにー」」
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