第71話 温泉合宿5

 翌朝、温泉宿の一室で息苦しさに目を覚ました。


 お、重たい……


 身体を見ると、胸の上に海渡の足が乗っている。そういえばルーミンも寝相が悪かった。起こさないように気を付けながら足をどかし、時計を見るともう起きてもいい時間になっていた。


「竹下、海渡、もう朝だよ。ジョギングに行くよ」


 昨日夕食の時、由紀ちゃんたちとの話し合いで、山の朝は気持ちがいいから朝食前にジョギングをしようということで決まった。強制ではなく希望者のみだけど、ほとんどの子が参加してくれると言ってくれた。


「うーん、おはよう。ジョギング……そうだっけ」


「昨日決めたじゃん。準備して、早く行くよ」


「ふああ、おはようございます。先輩」


 少し遅れて起きてきた海渡は、そう言いながら自分の胸を触っている。


「どうしたの? 痛いの?」


「おっぱい無くなっちゃった」


 何を言い出すのかと思ったら


「ねえねえ、どんな感じ」


 ほぉら、竹下が食いついてきた。


「えーとですね。女体の神秘がつまびらかになるという感じです」


「そこんとこ詳しく! 樹に聞いてもセクハラだって言って教えてくれないんだよ」


 当たり前じゃん。今でも十分セクハラだよ。


「バカなことやってないで二人とも行くよ」


「ち、ちょっと待って、すぐには行けない……」


「ああもう、早く済ませてよね」





 宿の玄関に向かうとすでにみんなは揃っていた。


「遅い!」


「「「ごめんなさい」」」


 あいつらが朝からあんな話しをするから、準備に時間がかかるんだよ。



 よく晴れた初夏の山並みは、新緑の香りがして心地がいい。


 風花の隣に並び、凪の様子を聞く。


「おはよう風花。凪ちゃんはどうしていた」


 凪の方を見ると、海渡と並んで走っている。あちらもなにか話しているようだ。


「おはよう樹君。凪ちゃんは夢しか見なかったって落ち込んでいた。海渡君はどうだったの?」


「海渡は行けた。なかなか騒がしかったけどね。でも、凪ちゃんが来られなかったのが残念そうだったよ」


「ごめんなさい、私に力がないばかりに」


「風花のせいじゃないよ。何か方法があるはずさ」


「ありがとう。それにしても今日は樹君にしては珍しいね、遅れるなんて」


「ま、まあね、いろいろね」


「ふーん、まあ、男の子だから仕方がないか」


 なんかいろいろと見透かされている気がする。


「リュザールはどうしているの?」


 怒られるかもしれないと思ったけど、試しに聞いてみた。


「ボク? ボクもちゃんと処理しているよ。そうしないとソルを襲っちゃうからね。がおー」


 と言って、風花は僕に襲い掛かってきた。


「こら、そこ! ふざけているとケガするぞ!」


 由紀ちゃんに怒られてしまった。




 ジョギングのあとは朝ごはんだ。みんなで食堂へと向かう。


 テーブルの上には人数分のおかずが並べられていて、ご飯とお味噌汁にコーヒーなどの飲み物は何杯でもお代わりできるようなっている。



 海渡と凪も含めた五人で座り、朝ごはんを頂きながら今後のことを話し合う。


「あちらでルーミンには話したんだけど、たぶん樹かソルじゃないとだめみたいなんだ。でもソルではリムンと夜一緒に寝ることはできないから、樹が何とかして凪ちゃんと手を繋いで寝るしか方法はないと思う」


「それについてはさっき姉ちゃんとも話し合ったんですが、樹先輩、明日うちに泊まりに来ませんか?」


「え、大丈夫なの?」


「はい、明日はうちの両親が商店街の視察旅行に行っていないんです。邪魔は入りませんから」


 凪ちゃん。邪魔は入らないと言われても、年頃の男女ならいろいろと不都合があると思うけど……ほら、竹下が羨ましそうな顔している。う、風花のオーラがなんか怖い。


「あ、僕と姉ちゃん、同じ部屋なので二人っきりではないですよ」


 そうなんだ、それならいいのかな。


「僕は家に聞いてみないといけないけど、たぶん大丈夫」


「あのー、私も泊まらせてもらっていいですか? 凪ちゃんのこと心配だから」


「え、風花先輩も来てくれるのですか! ぜひお待ちしています。あ、何なら竹下先輩も来られますか?」


「何ならって、何? そのおまけみたいな扱いは何なのって気はするけど、その日はお店のイベントがあるからパス。みんなで楽しんでよ」


 というわけで、凪と海渡の家に明日、風花と二人で泊りに行くことになった。




 朝食のあと道場へと向かう。午前中練習をして、お風呂に入って汗を流したあと、昼食を食べたらこの合宿も終了だ。


 練習では下級生に対してより実践的な指導を行う。とはいえ、テラのように命を懸けた攻防のためではなく、痴漢対策がメインだけどね。


 ただ、海渡と凪に対しては、これまで教えてこなかった命を懸けた方の指導も行わないといけない。僕たちのように、いつ危険な目にあるかわからないから。


 そこで、海渡と凪の指導は風花に任せて、僕と竹下の二人は下級生に対して痴漢指導……ん? 違うな、痴漢撃退指導を行っている。



「ぐへへ、かわいい姉ちゃんだな」


 竹下は痴漢役として中学生女子に抱き付きに行っている。これが練習でなかったらアウトの絵面えずらだ。


 さて、僕の方もやるか。


「ねえ、そこの僕。おじちゃんと一緒に来ない」


 中学生男子に向かってにじり寄る。間違いなく通報案件だ。スマホに防犯情報として流れるに違いない。


 僕ら二人の攻撃? に対しても下級生はひるむことなくうまくかわすことができている。

 この子たちにも相手を押さえつける技術は教えているけど、変質者が万一刃物とかを持っていた時が危ないので、逃げて通報するように言っている。

 それでも相手が諦めずに来るようなら、その時は押さえつけて無力化させるように教えているので、今日は無力化するまでできるかを見てみないといけない。

 だから、諦めの悪い僕たちは、うまく躱した下級生に襲いかからなければならない。決してやましい心からではない。



「なかなかすばしっこくて元気だね。おじちゃん期待しちゃうよ」


 なんか面白くなってきた。下級生に対して全力(少し手加減はしているけどね)で突っ込む。

 下級生はうまくその攻撃も躱し、僕を引き倒し押さえつけた。そうそう、うつ伏せにさせないと刃物持たれていたら危ないからね。


「くそー、離せー」


「はい、そこまで。よくできたな。ハイ次!」


「はい次って、由紀ちゃん少しは休ませてもらえないの」


「お前、さっき楽しそうにしていたじゃないか。まだまだ楽勝だろう。ハイ立って、次!」


 下級生への指導のはずが、僕たちの方がヘロヘロになって今回の合宿が終了した。


 ふー疲れたぁ。これから昨日風花が言っていたお風呂に入れる。楽しみ。



 一階の大浴場は、二階の大浴場と違って脱衣場から新しかった。


 中のお風呂も温泉が出ている湯船とジャグジーのお風呂、薬草風呂を風花が言った通りのものがあってそれぞれを楽しんだ。

 支配人さんが言っていたけど、こっちのお風呂の方が二階よりも温泉の色が薄かったから、源泉をそのまま流せてないのかもしれない。もしかしてジャグジーが付いているからなのかな。


 お風呂も済ませ、昼食を取り温泉宿をあとにする。


「皆さま、この度は当旅館をご利用いただきありがとうございました。ご満足いただけましたでしょうか。皆さまは戸部先生のお知り合いですので、今後当旅館をご利用いただける際には、サービスさせていただきます。またのお待ちいたしております」


 支配人はそう言って深々と頭を下げる。


 温泉もよかったし、料理もおいしかった。お父さんとお母さんに言って、連れてきてもらおうかな。


「さあお前たち、お礼を言ってバスに乗り込むぞ」


「「「ありがとうございました!」」」



 町へと向かうバスの中は最初は、騒がしかったけど次第に静かになっていく、僕もいつの間にか寝てしまっていた。




「ほらお前たち起きろ! そろそろ着くぞ!」


 由紀ちゃんの声で目を覚ます。


 外を見ると駅の近くだ。


「ほら起きて。もう駅だよ」


 僕の肩に寄りかかって寝ている風花と、同じように反対側の肩に寄りかかって大口を開けて寝ている竹下を起こす。


「ん、おはよう。朝?」


「朝じゃないけどもう着くよ。降りる準備して」



 バスは駅の近くの降車場へと停まり、僕たちは荷物を持って降りる。


「それではここで解散するけど、みんな気を付けて帰れよ」


 さあ、明日は海渡たちの家で風花と一緒にお泊りだ。うまく凪を連れて行くことができるだろうか。


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あとがきです。

「凪です」

「海渡です」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「ねえ、海渡。朝はどうして遅れてきたの?」

「え、いや。ちょっと用事ができて」

「先輩たちも一緒に?」

「う、うん」

「なんか怪しい」

「まあ、いいじゃない。それよりも、明日は樹先輩たち来るからさ色々と準備しないといけないね」

「そうね。風花先輩も来るから適当なことはできないわ。海渡、料理はお願いね」

「わかった。それで凪はどうするの」

「私は風花先輩をお招きするためのシミュレーションを……というのは冗談で、部屋の掃除をしておくわ」

「ここまでしているのだから、きっと凪もあちらの世界に行けるよ」

「うん、早くみんなと一緒にいたい」


「さあ、それでは次回のご案内です」

「次回は私が行くことができたかのお話になります」


「「皆さん次回もよろしくお願いしまーす」」


「凪もリムンと繋がったらわかるよ」

「えっ」

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