第70話 温泉合宿4

 夜、部屋でテレビを見たりゲームをしたりして、時計を見ると午後9時を回っている。よし。


「寝る前にもう一回お風呂入りたいけど、二人は?」


「パス」「ごゆっくりどうぞ」


「わかった。海渡は絶対に寝ないでね。先に寝られていたら今日は無理になるから」


「殴ってでも寝かせないから大丈夫」


「ふっ、そう簡単には殴られませんよ」


 二人がそういうので、財布を持って二階の浴場まで向かった。到着したときに、一階の売店にアイスクリームの販売機が見えたから、お風呂あがりに食べようと思っていたのだ。




 浴場の暖簾のれんをくぐり脱衣場に入ると、先ほどと同じ硫黄のにおいが漂ってくる。籠を見てみると、先客が数人いるようだ。


 財布を貴重品入れに預け、浴衣を脱いで裸になる。鏡の前に立ち、改めて自分の体を見てみる。


 風花の武術には力は必要ないけど、高校になり筋力トレーニングも始めていた。テラで襲われて以来、できることがあったらやっておかないと不安なのだ。


 トレーニングを始めてまだ一か月かそこらだけど、少し引き締まった体になった気がする。


「樹先輩まだ入ってなかったんですか?」


 思わずボディビルダーの真似をしようとしていたら、声を掛けられた。あぶな、恥ずかしいところを見られるところだった。


「海渡も来たんだ」


「はい、よく考えたらこのお風呂、明日は入れないじゃないですか、次はいつ来られるかわからないから」


「そうだね、それじゃあ先行っているね」


 鏡の前で、何やっていたか突っ込まれないうちに逃げておかないと。



 浴場の中には武研の下級生の姿はなく、おじいちゃんが数人入っているだけみたい。


 夕方入り損ねた露天風呂の方に行き、掛け湯して湯船につかる。


「ふうー、やっぱり気持ちがいい。日本人には温泉だよね」


 ふふ、テラで温泉に入ってもそう言うんだろうな。


 空を見上げると、満点の星空が見える。こことテラのカインとでは緯度が違うので、多少見える星の位置が違う。もしかしたら見えない星もあるのかもしれない。


 下の階から女の子たちの声が聞こえてきた。真下が一階の大浴場のはずだから、武研の下級生の女の子たちかな、僕たちと同じように寝る前のお風呂を堪能しに来たんだろう。さてと、そろそろのぼせそうだからあがろうか。


 露天風呂のドアを開けると、海渡がこちらのほうに歩いて来ていた。


「あ、海渡。僕もう上がるけど、部屋に戻る前に下の売店に寄ってみて、僕がいるうちに来たらアイスおごってあげる」


「やったー。ここの露天試したらすぐ行きます!」


 体を拭いて脱衣場に行き、汗を引かせ、浴衣を着る。海渡はまだ来ないようなので、先に売店まで行くことにした。



 階段を降りるとちょうど売店の前だったけど、周りにはロープが張られ中に入れないようになっていた。でも、目的のアイスクリーム自動販売機の前には行けるので問題ない。

 自販機へと向かおうとしたら人の気配がしたのでそちらの方を見ると、向こうから風花が来るのが見えた。


「風花もお風呂だったの? 今からアイス食べるから一緒にどう」


「あ、私お金持ってきてない」


「いいよいいよ、出してあげる」



 自動販売機で一緒にアイスクリームを買い、売店横のソファーに座る。


 浴衣を着て濡れた髪。風呂上がりで赤く色づいた肌。思わずアイスを食べるのを忘れて風花を見つめてしまっていた。


「どうしたの?」


「い、いや、何でもないよ。アイスクリームおいしいね」


「樹先輩どこですかー」


 おっと、海渡が来た。


「海渡こっち」


 海渡はこっちに来て、僕たちを見たとたん


「ご、ごめんなさい。お邪魔しました」


「気にしなくていいから、はい、これでそこの自販機から……」


「先輩たちずるい。私も食べたい」


 凪まで来た。


「はい海渡。これ二人分」



「ごめんね樹、凪ちゃんの分まで」


「大丈夫大丈夫。それよりも今晩うまく行くかなあ」


「海渡君のほうは大丈夫だと思うけど、凪ちゃんの方はどうかな。ボクはカインにいないから、樹フォローお願いね」


 リュザールは隊商の仕事でカルトゥまで行っている。明日の朝、どうなっているか気になるのだろう。


「先輩すみません。姉ちゃんがどうしても一緒に食べるって聞かなくて」


「樹先輩アイスクリーム美味しいです。ありがとうございます」


 海渡と凪は、僕たちの向かいに座って食べ始めた。


「二人とも、もし行けなかったときにはどうするの」


「その時は仕方がないと諦めます。でも、夢を見続けるのはつらいです」


 そうなんだ、この二人はすでに夢で見ているっていうのが問題なんだよな。出来るだけ早く、自分たちで動けるようにさせてあげないといけないんだけど……


「今日もしだめでも、諦めずにいろいろと試してみよう」


 アイスクリームを食べ終わった僕たちは、部屋へと戻ることにした。



 部屋に帰ると、竹下はテーブルのところで仰向けに寝ていた。

 殴っても寝せないとか言っていた気がするけど……


「樹先輩、起こします?」


「いや、起こすのはまずい。あちらに行っていたら大変なことになる」


 でも、このままにしておくわけにもいけないな。


「海渡、起こさないように布団に運ぶから手伝って」


 二人で竹下を抱え、布団が敷いてある部屋まで運ぼうとしたら、


「あ、おはよう」


 竹下起きちゃった。


「行っていたの?」


「え、何……」


 竹下は周りをきょろきょろして


「行ってない。海渡がお風呂に行くっていう記憶が最新」


「ふう、よかった」


「どういうことですか?」


 そう尋ねる海渡に、僕たちが決めた4箇条について話すことにした。



「そうなんですか。確かに寝る時間をずらして、向こうのこととかこちらのこととかがわかったら大変なことになりますね。世界征服もできちゃうかも」


 世界征服はともかく、自分たちがいる時空が消える可能性だってあるんだから、危険を冒したくない。


「ふああ、俺もう寝る」


 そう言って竹下は布団に潜り込んでしまった。


「僕たちも寝ようか」


「はい」


 そうして海渡と手を繋ぎ、眠ることにした。





 翌朝、いつもの石造りの部屋の中で目が覚める。

 見回すとみんなまだ寝ているようだ。あ、ルーミンが動き出した。


 起きだしてきょろきょろと周りを見ている。こちらを向いて……


「あ、ソルさんだ! ソルさんソルさん本物だ!」


 来られたみたい。よかった。


「しー、ルーミンみんなまだ寝ているから」


 そう言って表に連れ出し、話をしてみる。


「えっと、海渡で間違いない」


「はい。樹先輩!」


「気分は悪くない?」


「悪くはないけど、なんだか変な感じがします」


「どんなところが変なの?」


「えっと、おっぱいとか。あ、トイレ行きたかったんだ。行ってきます!」


 ああ、行っちゃった。おっぱいって大丈夫かな……


 しばらくして戻ってきたルーミンは少し元気がなさそう。


「どうしたの?」


「そうでした。トイレがあれでした」


「穴が空いているだけだもんね。うまくできた?」


「はい。私は海渡だけどルーミンなんで問題ないです。ソルさん、リムンが心配なんで……」


「ちょっと待って、もしかしたらリムンは来られてないかもしれないから注意してね。それと、私のことはソルって呼んでいたでしょう」


「そうでした。ソルさん、ちょっと行ってきます!」


 ありゃー、これはもう呼び捨てで呼んでもらえないかもしれないな。




 ルーミンを待つ間、井戸で顔を洗っているとユーリルがやってきた。


「おはよう。どうだった?」


「おはよう。ルーミンは海渡だった。リムンの方は今ルーミンが行っているよ」


「ルーミンが行っているのか……リムン、すぐにこっちに来なかったってことは、繋がらなかったのかもね」


 確かに、もし来られていたらすぐにでも飛んでくるはず、それが来てないってことはそう言うことなのかもしれない。


「ソル姉ちゃんおはよう」


「おはようテムスよく眠れた」


「うん」


「テムス、準備できているなら馬小屋に行くよ」


「はーい」


 ユーリルとテムスの二人は馬の世話に向かい、私は寮の朝ごはんを作るためにルーミンが行っている寮に向かっていく。


 途中ルーミンがうなだれてこちらに歩いてくるのが見えた。


「うう、ソルさん」


「ダメだったんだ」


「はい、どうしましょう?」


「まずは朝の仕事をすませてから、ユーリルと相談しよう。さあ、寮に行くよ」


「え?」


「料理当番でしょ」




 寮の台所で朝の食事の準備をする。

 あれ、ルーミンの手際が良くなっている。


「ねえ、ルーミン。もしかして海渡って料理できるの?」


「海渡の実家は総菜屋さんなんですよ。言っていませんでしたっけ」


「知らなかった。それで料理もするんだ」


「しますよ。跡継ぎですからね勉強しておかないと」


「知っている料理でこちらでも作れるものがあったら、作ってもらえる?」


「もちろん、みんなに食べてもらいたいですよね」




 食事の準備ができ、食堂に用意して寮のみんなと朝食をいただく。


「「「いただきます」」」


 寮にはリムン、ジャムの他に数名の職人とシリル川向こうの村々から来た研修生が数名住んでいる。残念ながら女性はルーミン一人なので、いまだ女子寮には誰も住んでいない。



 うーん、ルーミンの隣で食べているリムンの様子を見ているけど、今までと全く変わらないな。ルーミンがなんだか寂しそうだ。早く何とかしてあげないと……。




 食事が終わり、私とユーリルとルーミンの三人で打ち合わせをすることにした。


「リムンが凪と繋がらなかったということは、いくら風花と手を繋いでもだめだということだと思うんだよね。多分それなら僕がやっても一緒だと思う。そうなると、樹かソルがしないといけないんだけど、ソルはリムンと手を繋いで寝ることはできないと思うから、地球で何とかしないといけないと思うよ」


 そうなんだ、こちらでは結婚してない男女が一夜を共にするとはご法度。リュザールの時みたいに大部屋でみんなと一緒とかならできるかもしれないけど、それでも手を繋いで寝るとかよっぽどの理由がないと難しい。


「そうですね。ありがとうございます、ユーリルさん。明日、凪姉ちゃんとも相談してみます」


 そういうとルーミンは機織りをしに織物工房へと向かって行った。


「ねえ、さん付で呼ばれたんだけど、どうして?」


「たぶん私たち、地球と一緒で先輩扱いになっているんだと思う」


「あーなるほど。それじゃあ、仕方がないか。僕も仕事に行くね」


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「ルーミンです」

「「皆さんいつもご覧いただきありがとうございます」」


「ルーミンも私たちの仲間になれたね」

「はい! でも兄ちゃん、ん? 姉ちゃん? がまだなので複雑な心境です」

「なんだかまだ、慣れないみたいね」

「ううー、どう話したらいいかわかりません。ソルさんは樹先輩と話し方違うじゃないですか間違えちゃったりしませんか?」

「間違えるというかその時に応じて話しているけど、今はソルだから女の子っぽくって思っている」

「それって女装男子みたいにですか」

「女装男子って……みんなからそう思われて、それであんな反応が……」

「ソルさん、ソルさん、大丈夫ですか?」

「え、ああ、ルーミンは今まで女の子だったんだから、その話し方でいいんじゃないの、海渡の時は海渡の話し方で」

「そうですね。なんだかよくわからなくなりそうだけど頑張ります!」


「次回のご案内です」

「来られなかった凪姉ちゃんに対して、樹先輩たちはどうするのでしょうか」


「「皆さん次回もお楽しみにー」」

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