第69話 温泉合宿3
練習は夕方までで終わり、食事の前に待ちに待った温泉に入れることになった。
宿に来た時から、温泉独特の硫黄の匂いがしてたまらなかったんだよね。特にここは源泉かけ流しらしいから楽しみ。
「俺、この温泉街のほかの宿に泊まったことあるけど、いいお湯だったからここの温泉も期待している」
竹下はお店の旅行であっちこっちの温泉に行っているようで、なかなかの温泉通みたい。大浴場に向かうまでにいろいろと教えてくれた。
「僕、実はみんなと大きなお風呂に入るの初めてなんです。いろいろと教えてください」
海渡は小学校と中学校の修学旅行の時は、不運にもどちらも熱を出して休んだらしく、こうしてみんなとお風呂に入ることが初めてなんだって。
二階にある浴場に向かう。今日は一階が女性用、二階が男性用で、明日には入れ替わって入れるらしい。
湯と大きく書いてある暖簾をくぐると、硫黄泉独特の濃い匂いが嗅覚を刺激する。これは、期待の高まりを押さえきれない。
脱衣場に入ると置いてある籠はすべて裏返っていた。他の宿泊客は来てないのかな。
「どこ使ったらいいんですか?」
「どこでもいいよ。海渡はこういうところも初めてなの?」
「はい」
「ならば教えて進ぜよう」
ここからは竹下の独壇場だった。
脱衣場の鏡の前に立った竹下の前には、服を脱いだ武研の男子が集まり講義を受けている。
「まずは男なら隠さない。堂々とするべし」
「「「はい!」」」
いやそこは個人の自由だから。今は僕たちだけだからいいけど、中には隠しておかないと危ない人たちもいるから。
あー、みんな隠さずに中に入っちゃった。仕方がない僕もそのまま行こう。
浴場の中は、うっすらと白く濁ったお湯を湛えた大きな湯船が二つ並んでいる。その片方の湯船にはお湯がとめどなく流れているから、これが源泉からのお湯なのだろう。
硫黄のにおいがいい感じだ。すぐにでも入りたいけど、そういうわけにはいかない。
洗い場の方を見ると竹下が演説を続けている。
「お湯に入る前に体の汚れを落とさなければならない」
そうそう、特に僕たちは汗かいているからきれいにしとかないとね。
「お湯にはタオルや髪をつけてはならない」
などなど、温泉に入る時のマナーを下級生に教授し、
「では隊員の諸君。各々ぬかりなく」
「「「はい! 隊長!」」」
大変だ。ここに厨二病の患者がいる。……そうかまだ高校に入ったばかりだからセーフかな?
バカなことやってないで、温泉につかろう。
体を洗っている竹下の隣に行き、僕も体を洗いながら話す。
「適当なこと言ってよかったの?」
「適当な事じゃないよ、れっきとしたマナーだよ」
「別に隠すのはマナー違反じゃないと思うけどな」
「ああ、あれね、堂々とした方がいじられないかと思って」
まあ、あまりに隠されると気になるっていうのはあると思うけど、
「危ないからちゃんとフォローしておいてよ」
「了解了解。あとで言っておく。今日はうちらだけみたいだったからさ」
準備万端、ちゃんとかけ湯して入った温泉は、程よい熱さで気持ちがいい。
「ふーう、生き返るー」
「どこの爺さんだよ」
そう言って竹下は湯船の中を歩き、僕の隣へとやってきた。
「いろいろあったからさ。こうのんびりできるのもいいと思って。……温泉かあ、テラにもあったらいいのに」
「あるよ」
「え! どこに?」
「コルカとその北の水が枯れたところの間くらい、地球のタシケント辺りかな。温泉が出ている場所があった」
あの辺りならコルカから10~12日くらいだろうか。
「うう、遠そうだ。まだ湧いているかなあ」
「まだあるんじゃない。あの辺りは水が枯れてないみたいだったし、あと、タルブクの先のイル湖の方に行ったらあるよ」
イル湖とはキルギスにあるイシク=クル湖のことだから、カイン村から片道1か月以上かかる。
「そっちの方が遠い。お風呂何とかならないかな」
「パルフィに頼んで五右衛門風呂なら作ってもらうことは可能だけど、よくできて一人用だろうね。人が持てない重さは無理だから」
一人用でも家に一つと寮に男用と女用の二つがあれば何とかならないかな。お風呂に入れるのなら、水汲みくらいみんなで交代でやったらいいような気がする。
「先輩たち、こっちのお湯が熱いですよ」
海渡はお湯が注がれている隣の湯船から声をかけてきた。よく見ると隣の湯船とこの湯船の上の方はつながっていて、あちらのお湯がこちらに流れ込んでいる。源泉のお湯の温度を調整するためにこういう作りになっているらしい。
二人して、湯船の仕切りをまたいで海渡の方へと向かう。
「うお、本当に熱い。何度くらいあるんだろう」
「源泉は100度近くあって、そこからここまで来る間に自然に冷やしているみたいです」
湧き出し口の上にある注意書きを見ながら海渡が教えてくれた。
そういえば、流れ出しているお湯の中に葉っぱが混じっていたりするから、本当にそのままのお湯を使っているみたい。
その後サウナでどれだけ我慢できるか試したり、水風呂に入ったりして温泉を出ることにした。
「うわ、汗止まんね」
「ホントだね、こっちに冷たい水があるから、飲んだ方がいいよ」
竹下と二人、扇風機の前で冷たい水を何杯も飲みながら体を冷やす。
「そろそろ行こうか。もうすぐ夕食の時間になっちゃうよ」
夕食の会場はレストランでビュッフェ形式だった。そこには他の団体さんたちも来ていたけど、浴衣の僕たちと違ってその人たちはまだ洋服だったから、つい今しがた到着したんだと思う。それでお風呂も貸切状態だったんだ。
僕たち三人に海渡と凪を加えた五人でテーブルに着き、各々が好きな料理を取って来る。
「風花たちもお風呂行ったんでしょう。どんな感じだった」
「大きな湯船が一つあって、そのほかに薬草風呂とかジャグジーがついているお風呂とかあったよ」
「あれ、なんか設備が違う気がする。僕たちの方は露天風呂とサウナくらいしかなかったよ」
「それはね、一階の浴場を新しく改修したからなんだよ」
振り返ると、この宿の羽織を着た若い男性がそこにいて、その横には由紀ちゃんが立っていた。
「設備の方は一階の方が新しいのだけど、二階の浴場は源泉をそのまま流しているから、お客さんの中にはそちらを好んで入る人もいるね」
「えーと、こちらは」
僕は由紀ちゃんに聞いてみた。
「この人はこの宿の支配人で、私の大学の先輩。そして許嫁だ」
へえー、由紀ちゃんに許嫁なんていたんだ。ん、ちょっと待てよ。
そっと海渡の方を見ると、ああ、ショック受けている。いや、竹下、なんでお前まで落ち込んでいるんだよ、一度振られているだろうが。
「「「おめでとうございます」」」
僕と風花と凪で祝意を述べる。
「ありがとう。お風呂は朝の掃除が終わったら男女が入れ替わるから、両方試してね」
そういうと支配人は由紀ちゃんを残して奥へと戻っていった。
「ここいいか」
「どうぞ、由紀ちゃんは行かなくてよかったの」
「ああ、あいつはまだ仕事だし、今回私はお客で来ているからな。というか樹、先生と呼べってもう先生じゃないのか」
「そうそう、卒業したから元先生だけど、幼馴染の方が長いから由紀ちゃんでいいでしょう」
「好きにしろ!」
今回はって言っていたけど、普段から行き来しているんだろうな。よかったね由紀ちゃん。
そのあと、僕たちは食事をしながら明日の指導方針なんかを話し合い、それぞれの部屋に戻ることにした。
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あとがきです。
「竹下です」
「樹です」
「「いつもお読みいただきありがとうございます」」
「なあ、樹。ポロリは?」
「え?」
「温泉回必須のポロリはどこにいったのかって聞いてるの!」
「ポロリしてんじゃないの?」
「え、どこに?」
「竹下がタオルで隠すなって言ってたじゃん。下級生みんなそのままだったよ」
「いや、ポロリと言ったら女子でしょう。男風呂の様子描写してどうするのよ!」
「仕方ないでしょう。この物語は、僕かソルの視点で動いていて、今回は僕の視点だから女風呂見ることなんてはできないよ」
「そこは主人公なんだから何とかしなきゃでしょう。読者サービスはどうしたの? 覗きに行くなら付き合うからさ」
「い・や・だ! そんなことしたら風花に殺される」
「あーあ、樹がヘタレてるから次回予告の時間になっちゃったじゃないの」
「何ふてくされてんの、次回は海渡と凪がテラに行けるかの話になるようです」
「「皆さん、次回もよろしくお願いしまーす」」
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