第61話 劇の練習はしっかりと
「ソル。改めましてよろしくね」
「リュザール。よろしくお願いします」
そう、僕たちはクリスマスに行う劇の練習をしている。
ユーリル役は竹下、リュザール役は風花、それでソル役は僕がやることになった……いや、確かに自分だけど、ソルは女の子だし無理があるって、という主張も聞き入れられず、結局押し切られてしまった。
竹下や風花から言われるのは分かるんだけど、なぜか事情を知らないはずの下級生も僕がソル役をやることに対して異議を通さないどころか、猛烈に押してきたんだけどなんでだろう。
劇の内容は、地球との入れ替わりをやっても、おじいちゃんおばあちゃんにはわからないと思うから、テラでの出来事だけを演じるという形にした。
ユーリルとの出会い、リュザールとの出会い、そしてユーリルとパルフィの親父さんとの決闘の場面を中心に少し話を盛ったり、カットしたりしている。
特にリュザールからソルへの結婚の申し込みのところとかはカット案件だ……だって恥ずかしいじゃないか。
劇には僕たちの他に武研のみんなと由紀ちゃんも参加している。それでも人数が少ないから一人二役以上とかやってもらわないといけない。
由紀ちゃんにはユティ姉役とパルフィ役、海渡にはセムトおじさん役とテムス役という感じでね。
僕たちの方も風花にはコペル役、竹下はカスム兄さん役、僕もパルフィの親父さん役をやるからなかなかハードな劇になりそうな予感がしている。
今日の練習が終わり、いつものように三人で学校を出る。
「クリスマスまであと一か月切ったけど、劇の方は何とかなりそうだね」
「こっちの方はいいけど、二人とも受験の方は準備できているの?」
僕たちは年が明けたら高校受験が始まる。一応三人で話し合って近くにある公立の高校に進むように決めているけど、勉強しないで入れるほど簡単な学校ではないので、僕は夏休み過ぎてから本格的に勉強を始めている。
「僕は何とかなりそうだよ」
「私は少し不安かな」
「ならさあ、今度の木曜日お店休みだから、商談室で一緒に勉強してみない」
次の木曜日、武研の活動は休みなので、ホームルーム終了後三人で竹下のお店まで向かった。
「お邪魔しまーす」
竹下が開けてくれたお店の扉をくぐり中に入って行く。お休みで誰もいないのは分かっているけど、黙って入るのは気が引けるよね。
「先に商談室に行っていて、電気点けてくるから」
店内は薄暗いけど、誘導灯が付いているようで歩くのに苦労するということはない。
商談室に入ったのを見計らうかのように照明が
「お待たせ。コーヒーでよかったよね。この前お客さんから自信作っていうのをもらったんだ。今から取って来るからゆっくりしてて」
竹下はそういうと2階の自宅へと上がっていく。
「風花はさあ、劇やるの恥ずかしくないの? 自分でシナリオ書いといていうのもなんだけど、恥ずかしくてたまらないんだよね」
「ボクはソルへの結婚の申し込みのところがカットされていて、不満」
おっと、今日はいきなりのリュザールモードだ。これは本当に不満に思っているみたいだけど、
「いや、だってあそこを入れられたら、僕、まともに劇を続けられる自信ないよ」
たぶんドキドキして何も言えなくなってしまうに違いない。
「ボクのソルへの思いを伝えられないと面白さが半減しちゃうから、いれた方がいいと思うんだけど……」
「なに、風花もうリュザールになってんの?」
コーヒーの袋を提げて竹下が商談室に入ってきた。
「ボクはいつだって風花だし、リュザールだよ。いまさら何を言っているの」
この劇の練習をやり始めてからの風花は、普段でも自分のことをボクということが多くなって、それがまた下級生の女子を中心に人気になっているようで、武研に入りたいという子たちも増えている。
竹下はコーヒーメーカーに持ってきた豆を投入しながら、
「ソルとリュザールが初めて会った時のところでしょう。俺も入れた方がいいと思うけどね。おじいちゃんおばあちゃんたちも喜ぶはずだよ」
そうは言っても、劇とはいえ当の本人から言われるんだよ。平静でいられるはずないじゃないか。
「それよりもさ、勉強しに来たんだから勉強するよ。風花はどの教科の自信がないの?」
いつもの通り流された。
「ボクは英語が少し苦手」
「英語は樹が得意だったよね、風花に教えてあげて。そして風花は数学がよかったよね、俺に教えて。その代わり国語は俺が教えてあげるからさ」
というわけで、それぞれの得意分野を教えながら勉強を進めていって、
「風花の数学、凄くわかりやすいんだけど、こっち来る前は塾とか行っていたの?」
「塾には行っていたけど、数学は得意ではなかったよ。リュザールと一緒になってから急に分かるようになった」
リュザールは小さい頃から隊商の仕事をしていて計算には強いみたい。なんせ、テラには計算機はないし、間違ったら損することもあるから必死で覚えたんだと思う。
「樹と竹下君はどうだったの?」
「僕は最初からソルと一緒だったからわからないけど、ユーリルは最初に会った時に多分頭いいんだろうなって思っていたよ」
「俺はこちらでは、店継ぐためにできることをやろうとして勉強していたけど、ユーリルは生きるために覚えられることは覚えておこうとしていた感じかな。一緒になった時は違和感なかったよ」
「そうかぁ? 僕はあんなにまじめだったユーリルが、急に胡散臭くなってがっかりしたんだけど」
「樹! 胡散臭いとか言うな!」
「あはは、本当に二人とも仲がいいよね。嫉妬しちゃいそう」
胡散臭いはともかく、本当に信頼できる仲間ができたと感じたのは確かだ。
「剛ー。そろそろご飯だけど、みんなも食べていく?」
竹下のお母さんだ。もうそんな時間なんだ。
「だってよ。どうする?」
「私は帰る。お母さん多分ご飯用意してくれているはずだから」
あ、風花に戻った。
「僕は風花を送って帰るよ。おばさんによろしく伝えてね」
「うわ、寒む!」
今は夕方の6時を回ったぐらいだけど、そろそろ12月に入るから辺りも暗くなってきている。
「樹君送ってもらわなくても大丈夫だよ」
「もう暗くなっているからね。一緒に行こう」
夕方の帰宅時間と重なっているからね。一人で帰すわけにはいかない。まあ、痴漢とかは風花に触ることすらできないと思うけど、車は怖いからね。
「やっぱり風花はあのセリフ入れた方がいいと思うの?」
風花の家に向かう途中、坂を登りながら聞いてみた。
「うん、私は入れてほしいし、お話し的にも面白くなると思うのだけど」
確かにあの一文を入れないと、少し話の流れがおかしくなるから修正したのだけど、それで、話の流れが途切れている感じがするのも事実なんだよな。
諦めて入れないといけないかな。うわー、考えただけで顔が赤くなっていうのがわかるよ。どうしよう。
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