第62話 開演

 二学期最後のホームルームが終わった後、武研のみんなで中学校近くの老人施設に向かう。


 武研の部員は現在11名。ここ最近入部してきた3人の子たちには裏方の仕事をお願いし、僕たちを含めた残りの8人に、由紀ちゃんを加えた9名で劇を行うことになっている。



 準備が終わり、時間になったので開演。


 劇の内容は、異世界に転生した主人公が自分の知識を利用して、生活をよくしようとしていくというラノベではありがちな設定。でも、おじいちゃんおばあちゃんたちには、このあたりのことはよくわかんないんじゃないかなって思っているので、そのあたりはさらっと流し、糸車を作るところから始める。



 初めて糸車をセムトおじさんたちに見せた場面。


「これは糸車といって、糸を紡ぐことができる道具です」


 優紀さんから借りてきた糸車を出して、ソル役の僕が話す。


「それは見ていたらわかったわよ。どうしたら手に入るの? 私でも使えるの?」


「これはすごいわ! 簡単!」


 武研の下級生の子たちがサチェおばさんやチャムさんを演じてくれている。



「若い頃糸車を使っていたけど、本当に便利だったわね」「そうそう」


 おばあちゃんたちの若い頃はまだ使っていたんだ、劇に興味を持ってくれたかな。



 それにしてもソル役を僕がやるって無理があるはずなんだけど、身長も175センチぐらいあるし、声変わりも当然している。あちらの服を模したものを着ているけど、馬に乗るから女でも下はズボンだし、上着もそこまで違いが無いから、服だけでは女の子には見えないと思う。一応、話し方はソルのように話しているけど、それだけでは違和感あるんじゃないのかな?


「樹先輩かわいいー!」


 袖にいる下級生から声が上がっているけどなんで?


 一幕終わり、袖に引っ込んだ時に竹下に聞いてみた。


「お前って、中性的な感じが魅力で女子に人気なんだぜ」


 中性的って……僕は男らしくないってこと? ソルの時は女の子ぽいのがわからなくて苦労したのに……



 場面は変わって、ユーリルとコペルがソルの家に来た時。


「僕はユーリルといいます。14歳です。父さん母さんが亡くなった後、コルカの北の町の隊商宿で働いていましたが、水が干上がり仕事を失いました。頑張って働きますので、ここに置いてください」


 竹下は自分ユーリルが言った言葉とはいえ、一言一句違ってないし抑揚まで同じだ、さすが。


「私はコペル。13歳。コルカの西の村にいた。村が襲われて、父さんと母さんはいなくなった。行商のおじさんからここに来たら大丈夫だからと言われてここに来た」


 まだ出番のない風花はコペル役だ。ぶっきらぼうな感じとかよく特徴をよくつかんでいる。リュザールはカインにいるときは工房を手伝ってくれているから、コペルのこともよくわかっている。


「そうか2人とも苦労したね。もう心配しなくていいよ。今日からここが君たちの家だ。みんな家族になるから安心しなさい」


 タリュフ父さん役は一年の男子が演じてくれている。うんうん、上手にできてるよ。



「ユーリル君にコペルちゃん苦労したのね」「ワシのところに来い。飯くらいいくらでも食べさせてやる」


 おお、おじいちゃんおばあちゃんたちも、感情移入してくれているみたいだ。




 さらに場面は変わって、ソルとリュザールが出会う問題のところ……


「やあソル。会えてよかったよ。コルカで待っていたんだけど来ないから、今回無理かと思ってた」


 カスム兄さん役は竹下。あの時いなかったけど、なかなかうまく演じている。


「ごめんなさい。いろいろあって遅れちゃいました」


「いや、来られたのならよかった。せっかくだからうちのかしら紹介していいかな」


「君がソルさん。僕はリュザールよろしくね」


 下級生から歓声が上がる。

 男の恰好で出てきた風花は立ち振る舞いがまさに男で、僕よりも背が低いけどそれを感じされることもなかった。


「え、リュザールさん? 隊商の?」


「リュザールでいいよ。びっくりした? よく言われるんだ。こんな子供が隊商のかしらやっているのっておかしいよね。僕もソルって呼んでいい」


「はい、ソルって呼んでください。私が工房やっているんだから、リュザールがかしらしていても全然おかしくないよ。でももっとおじさんだと思ってた」


「あまり子供だってことは、言わないでもらっているんだ。商売しにくくなるからね」


「ソル。改めましてよろしくね」


 ソル風花リュザールから出された手を握る。


「リュザール。よろしくお願いします」


 これまでの練習ではこの場面はここまでで終わり、次の場面に行くんだけど、この劇が始まる前に風花には風花の好きなようにしていいよって言っている。

 手を繋いだまま、動かない僕たちに武研のみんなはざわついているけど、当然風花はセリフをここで終えるつもりはなく、握手した手にもう片方の手も添え、ソルは両手を握られ……


「ソルの話を聞いた時、同じ子供なのに頑張っているなって思っていた。カスムさんからコルカで会えるって聞いて、楽しみにしていたんだけど、会えなくて諦めていたら今日やっと会うことができた。そして分かった。ボクはソルをお嫁さんにしたい!」


 下級生からも観客からの歓声が上がる。


「キャー、素敵!」「若い頃のことを思い出すのお」「初々しくて羨ましいわ」



 一旦幕を下ろし、袖に引っ込む。


 言われることは分かっていたのに、僕の顔は今きっと真っ赤だ。


「結局言うことにしたんだね、風花はどさくさに紛れて樹を嫁に貰うって、よかったじゃん」


 竹下の野郎、ニヤニヤしやがって。




 場面は変わり、パルフィの工房での出来事。


「おい、お前、確かユーリルって言ったな。さっき手を握りこんでいたな。あれは何でだ?」


 由紀ちゃん、パルフィ役なかなかうまい!


「い、いえ、パルフィさんがお相手を探しているんだ。よかったと思って」


 おー、竹下が由紀ちゃんの圧にタジタジしてる。


「てーことは、ユーリル、てめえはあたいのお相手候補ってことでいいんだよな!」


「は、はい」


「わかった。今はひょろっちいからだめだけど、親父、1年後あたいはこいつと結婚する! これでいいだろう!」


 由紀ちゃん竹下のこと一度振っているからなあ。苦笑いしているよ。



「それでおめえ、こいつが1年後、俺に勝てるとでも思ってんのかい?」


 パルフィの親父さんのファームさん役は僕だ。


「ああ、1年もあれば大丈夫だ。あたいが仕込んで親父を叩きのめしてやっからよ!」




 場面は進み。コルカを出発するとき。


「親父本当にいいのか」


「いいから持っていきな。ソルさんたちにご迷惑かけるんじゃねえぞ」


「ありがとう。大好きだぜ親父」


「ユーリルおめえ、ちょっとこっちへ来い」


 竹下は俺? って感じてこっち見ているけど、そうお前こっちへ来い。

 練習ではこのまま出発の場面になるところなんだけど、ここから先はアドリブだ。


「てめえは1年で俺を倒すと言ったな、にわかに信じられねえが、かわいいパルフィの頼みだ待ってやる。ただし、おめえ、万一パルフィに手を出してみろ。てめえのものちょん切るからな覚悟しやがれ!」


 そう言い、手ではハサミで切るような仕草をした。


「ちょ、樹なんでそれを」


 竹下は内股になり股間を押さえている。それを見た観客席からは笑い起こる。



 場面が変わり袖に引っ込む。


「樹、ファームさんに言われたこと。ほぼそのまんまなんだけど、もしかして聞いてたの?」


 竹下の奴、まだ股間押さえて縮こまっている。さっきのお返しと思って、あの親父さんが言いそうなこと口にしただけなんだけど、怖い事思い出させちゃったかな。



 さらに一年が過ぎ、ユーリルとパルフィの親父さん決闘の場面。


「おい、ユーリル。てめえが一年間パルフィに手を出さなかったのは褒めてやる。だからと言っておいそれと大事な娘はやるわけにはいけねえ。第一、なんて格好だ! やる気はあんのか! てめえに根性があるのなら俺を倒して、てめえの力を俺に見せてみやがれ!」


 僕もファームさんのように上半身裸ってわけにはいかないので、シャツ一枚の気合十分な体勢。


「ファームさん。僕は、パルフィに見合う男になるために必死で鍛えてきました。負けるつもりはありません! ケガしないように気を付けてください」


「ぬかせ!」


 ここからはガチの勝負。とはいえ僕が負けないと劇が進まないので負けることにはなっているけど、簡単には負けてあげない。というか適当にやっていたら風花から怒られる。


 竹下に向かってで突きを繰り出す。


 竹下は軽い動きでそれをかわし、


「おま、本気で」


「本気じゃないと風花が怖い」


 竹下にだけ聞こえる声で言うと


「違いない」


 そのまま足を払いにいくもかわされ、袖を取りにいってもかわされる。さすが竹下。全力の攻防に観客のおじいちゃんおばあちゃんも固唾の飲んで見守ってくれている。

 それなら、教頭先生直伝の一本背負いで……

 まあ、当然こんな大技がうまくいくわけはないので、いつものようにコロンと転ばされ、腕を極められる。


「ユーリルてめえ! どきやがれ!」


「ファームさんが参ったするまでどきません!」


「う、動かせねえ……畜生! この!」


「力任せじゃ無理ですよ」


「…………ま、参った」


「やったぜ! さすがはユーリル。あたいが見込んだだけのことはある」


 由紀ちゃんが竹下の所へ行き、手を握って喜んでいる。あのときはパルフィが抱き着いたんだけど、さすがに先生が生徒にそうするわけにはいかないからね。


「ファームさん。パルフィのことは僕が守りますので、パルフィを僕にください」


「ちっ、仕方がねえな。この俺に勝ったんだ。代わりに一生パルフィを守りやがれよ」


 大歓声! おじいちゃんおばあちゃん喜んでもらえたみたいだ。


 僕達は袖に引っ込み、ナレーションが入る。


「ソルは心から信頼できる仲間を得て、テラの生活をよくするための闘いは続くのであった。終わり」


 終わったー。



 あれ、会場がざわついている……アンコールってわけでもなさそう。


「ねえ、ソルちゃんリュザール君にお返事してないわよ」


「そうそう、はっきりしてくれないと夜も眠れないわ」


 いや、それはさすがに恥ずかしいから勘弁してほしい……


「はやく!」「はやく!」「はやく!」


「「「はやく!」」」


 おじいちゃんおばあちゃんたち、なんでこんなに息ぴったりなの?


「樹、風花。早く行って締めてこい!」


 由紀ちゃんに袖から追い出させてしまった。


 僕達が出てきたことで騒がしかった会場も静かになって、僕ら二人のことを期待を込めた目で見つめられて……


 ああーもうー!


「あのね、リュザールと会ったのって、ここだったじゃない。あれからもうすぐ一年になるし、そろそろはっきりとさせないといけないと思って……」


「うん」


「あの日からほとんど毎日のように会って、一緒にいるのが当たり前で、きっとこれからもそうなんだと思う。もう離れることなんて想像できない。だから、リュザール、そして風花がよかったら、私、僕の一番近くにずっといてほしい。お願いできるかな」


「もちろん。その言葉、樹の口から言ってくれるのをずっと待っていたよ」


 そういって風花は僕を抱きしめてきた。

「よかった、地球では抱きしめられる」って、え、いや、地球でもダメだって。


 会場は割れんばかりの拍手。ようやく風花を引き離し、みんなを呼び集める。


「これで武術研究会の劇は終わります。ありがとうございました!」


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あとがきです。

「ソル役の樹です」

「ユーリル役の竹下です」

「「皆さんいつもお読みいただきありがとうございます」」


「今日はソルたちのお芝居の話でした。場面がどこの話か分からないと思いますので、その時の話数をお知らせしますね」

「糸車を見せる場面は第9話、ユーリルとコペルがソルの家に行くのは第11話」

ソルとリュザールが出会う場面は第38話、パルフィが爆弾発言するのは第41話、ユーリルがちょん切られるのは第42話」

「いや、ちょん切られてないからちゃんと使えるから。なんなら試してみる?」

「絶対ヤダ。最後の、ユーリルとパルフィの親父さんの決闘の場面は第55話です」

「樹、まだ残っているよ。樹が風花に愛の告白をするのが第56話」

「え、いやあれは、ソルがリュザールに一緒にいてほしいって言っただけで、愛の告白とかでは……」

「同じじゃない。それにやっと樹からも言ってもらえたって風花喜んでいたよ」

「あれは劇のセリフで……」

「え、違うの?」

「……違わない」

「相変わらずお熱いことで、さあ、締めの時間です」


「まだまだ、僕たちの物語はこれからも続いていきます。どうなっていくのか楽しんでください」

「「皆さんお楽しみにー」」

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