第60話 寮完成

 数日してから、工房と鍛冶工房の間から北側にあるシリル川の方に少し行ったところで、寮を作り始める。

 どうしてここかって、なんでもこのあたりに水の層があるみたいで井戸を掘ることができるからだって。


 水脈の探し方や井戸の掘り方などは、それぞれの村で受け継がれていて、カイン村でも副長のマユスさんの家がそれを担っていた。


「マユスさん急なお願いでごめんなさい」


「なあに、井戸掘りの技術を伝える機会はなかなかないからね、ちょうどよかったんだよ」


 テラでは、文字の読み書きをできる人がほとんどいない。だから技術の伝承は実践でやることがほとんどだ。バーシではそのためにわざわざ橋を架けかえるというし、マユスさんも井戸掘りの実践のタイミングが欲しかったのかもしれない。



 私達工房組は井戸掘りをマユスさんたちに任せて、寮の建設を行うことにした。

 だって、ビントの村長のトールさん、すぐにでも職人さん派遣してきそうだったんだもん。とにかく寝る場所を作っておいてあげないと、せっかく来てくれて人たちにテント暮らしさせるわけにはいけない。


 今回は男性寮と女性寮を並べて作り、その間に食事を一緒にとれる居間を作ろうかと思っている。

 そしてその料理を作る台所は女子寮の中に作り、寮生が交代で作ってくれたらいいなとは思うけど、最初のうちは私が作らないといけないだろうな。

 うーん、工房で働いた後に寮生全員分の料理を作らせるのも酷かな。誰か料理を作ってくれる人でも雇わないといけないかもしれない。



 日干しレンガを形作る作業をしながら、気づいたことを聞いてみる。


「ねえ、ユーリル。あそこの井戸掘りの人たちって、穴に潜って掘っていっているよね。テレビで江戸時代にやっていた簡単に井戸が掘れる工法? をやっていた気がするけど、教えた方がいいのかな」


「それって上総掘りかずさぼりのことだよね。僕もそう思ってマユスさんに言ってみたら知っていたよ。でも、ここは水圧が足りないから、それではだめで、水が出るところまで人の手で掘り進めないといけないんだって」


「その上総掘りって有名なの?」


「僕が知っているのは、名前の通り江戸時代に上総の国で生まれた技術だったんだけど、マユスさんが知っている掘り方がこっちで生まれた技術かどうかはわからないよ。やっぱりソルのご先祖様が教えているんじゃないの」


 やっぱりそうなのかな。カイン村を作って、バーシに橋の作り方を伝えて、井戸の掘り方も教えているかもしれないご先祖様。一体どんな人だったんだろう。



 10日後マユスさんの井戸が完成。


「マユスさんありがとうございました。思いのほか早くておかげで助かりました」


「このあたりはそこまで掘らなくても水が出るし、面倒な岩盤もないし、なにより鍛冶工房で作ってもらった道具が使えたからね。作業もはかどったよ」


 パルフィの工房ができてから、集めてもらった鉄で道具もできるだけ替えていたんだ。




 さらにそれから4日後、男女それぞれの寮が完成した。


 寮を作ってくれたのは、それぞれの工房で作業をしているパルフィとコペルを除いた工房組の人間とリュザールにテムス。

 リュザールは途中でセムトおじさんと隊商に戻っていったけど、他のメンバーは最後まで頑張ってくれた。もちろん村の人たちも時間がある時には手伝ってくれたから、こんなに早くできたんだと思う。


 そして部屋数は男子寮の方が4つ、女子寮の方が3つに台所、それぞれの寮に水浴びできる部屋があって、真ん中に食事をするための居間というか広間が1つ。

 この広さなら1部屋で3~4人が眠ることができるから、男子寮には最大で16名、女子寮は12名が暮らせることになる。広間は一度に20人ぐらいなら一緒に食事をとることができるので、寮を満員にしない限りは大丈夫だろう。


 よし、これでどちらの工房でも職人がいつ増えても問題ない。



 翌日ビント村のトールさんが、8人の村人を連れてやってきた。ギリギリだ、危ないところだったよ。


「ソルさんよろしくお願いします。8人のうちビントに戻るのは5人で、3人はここで働きたいということで連れてきています」


 トールさんには荷馬車の技術を伝える人以外にも、カインに移り住んで工房を手伝ってくれる人を探してくださいとお願いしていたのだ。


「ありがとうございます。トールさん、父さんが話があるとことなので居間へお越しください。他の方は工房に案内しますから付いて来てください」


 トールさんが連れてきた職人さんのうち、荷馬車の技術を覚えて帰るのは男性ばかりの5人。予定ではだいたい2か月。冬が来て、雪で動けなくなる前に戻るみたい。

 そしてこの人たちはビントに家庭があるようで、糸車のおかげで奥さんの仕事の時間が空いたので、畑を任せてその間に荷馬車を作ることにしたらしい。


 後の3人は私と同じ年の男の子が1人と1歳年下の男女の双子の兄妹。

 同い年の男の子の方の名前はジャム。結婚が決まっていて、家庭を築くために仕事を探していたところ工房の募集を知ったそうだ。仕事に慣れたら結婚式を挙げてカイン村に新居を構えたいって言ってた。

 双子の兄妹のほうは男の子の方がリムン、女の子の方がルーミン。2人とも結婚はまだ決まっていないけど、結婚が決まるまでの間ここで働きたいということだ。



「それでは、早速明日から作業をしてもらいますが、荷馬車の製作をされる方はアラルクに、機織り機はたおりきはユーリルに、織物はコペルに、鍛冶工房はパルフィに詳しいことは聞いてください」


 今回来てもらった8人のうち荷馬車の製作にはビントから研修にきた5人、機織り機にはジャム、織物にはルーミン、鍛冶工房にはリムンが向かうことになった。


 それぞれの話が済んだ後、住んでもらう部屋に案内する。男性は新しく作った寮に1部屋2~3人ずつで入ってもらうことしたけど、女の子がルーミンだけなので、私とコペル、パルフィの部屋に来てもらうことにした。さすがに女の子1人で部屋に置いておくわけにはいかないからね。


「ルーミンとリムンは、仕事も部屋も別々の場所になるけどよかったのかな?」


「うん、いずれ結婚したら別々だし」「大丈夫です。それよりもここにはリュザールさんもいるんでしょう。僕、憧れているんです。どこですか?」


 別々になるのは大丈夫みたいだけど、リムンはリュザールが隊商で行ったときに会っていたのかな。


「ごめんね、リュザールは隊商の仕事でコルカまで行っているんだ。戻るまで10日くらいかかると思うよ」



 寮での食事については作ってくれる人が見つかるまでの間、私とパルフィ、ルーミンの三人のうち二人が交代で作ることになった。


 ただ、今日は最初なので、三人で一緒に作り食事も工房のみんなで食べることにして、この前リュザールと一緒に買って来た米を使ってプロフを作ることになった。


「ソルさん、このプロフってすごいですね。ビントでも大人気なのですけど、米が手に入らないからなかなか食べられないんですよ」


「だよな。あたいもここに来るまではなかなか食べることはできなかったけど、さすがはソル、プロフを考え付いただけのことはあるぜ、ここでは結構食べさせてもらえているな」


「え、ソルさんが!? 本当ですか! 糸車だけでなくプロフもだなんて、尊敬しちゃいます!」


 プロフも糸車も考え付いたわけではないし、米を仕入れてくれているのはリュザールのおかげだから、尊敬されても困るのだけど……

 ん、そういえば、リムンはリュザールに会ったことあるみたいだけど、ルーミンは知っているのかな。


「ルーミン達はリュザールに会ったことあるの?」


「リュザールさんですか、最近は来られてないですけど、以前は行商でよく来てくれていましたよ」


 以前ということはバーシの隊商にいるときのことだろうな。その時に何かリュザールに憧れるようなことがあったのかな。リュザール格好いいからな……会いたいな。


「んん、えっと、早く作っちゃいましょう。みんな待っているから」



 その日の食卓はユーリル、アラルク、コペル、パルフィ、ジャム、リムン、ルーミン、テムス、ニサン、ラーレ、アクシャさんにビントからの5人に私を加えた17人での食事だ。


 最初に先日決めた4箇条の約束事など、工房で働く上での注意点を話し食事を始める。


「「「いただきます」」」



 うん、よかった。みんな美味しそうに食べてくれている。特にビントから来た人たちが喜んでくれているようで、頑張った甲斐があるというものだ。


「ねえ、ねえ、ユーリル。ラーレとアラルクいい感じだよね」


 最近あの二人は一緒にいることが多いように思う。今日も隣同士で楽しそうだ。


「アラルクさあ、ラーレに初めて会った時からいいなって思っていたらしくて、ずっと頑張っていたんだよね。でも、ラーレって馬が好きじゃない。ようやくだよあんな感じなったのって」


 確かにラーレ、馬がたくさんいるところにお嫁に行きたいって言っていたよな。アラルクって優しいから次第にかれて行ったのかもしれないな。それに馬ならカインに住んでさえいれば、ラーレの実家にたくさんいるから、好きな時に見せてもらったらいいからね。



 食事も終わり、私たちは寮から家に向かって帰っているときにユーリルから耳打ちされる。


「ところでさ、ちゃんと劇のシナリオ考えている? あれからそろそろひと月だよ。まだ時間あるけど受験勉強もしないといけないから、クリスマスなんてすぐだよ」


 そうだった、すっかり忘れていた。ほんとにどうしよう、どこまで劇にしたらいいんだろうわかんないよ。


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あとがきです。

「ソルです」

「テムスです」

「「皆さんいつもご覧いただきありがとうございます」」


「テムスは、よくお手伝いしてくれるから助かるよ」

「お兄ちゃんたちが教えてくれるから、ぼくも頑張らなくちゃって思って」

「いつもありがとね。それで、テムスは将来何になりたいの?」

「ぼく? ぼくはかじやさん」

「鍛冶屋さんか。パルフィのところで修行しないといけないね。それにしてもテムス、前からぼくって言っていたっけ? 僕だったような……」

「うんとね、お兄ちゃんたちがそう言った方が可愛いって言うからやってるの」

「あいつら何やってんだ」

「ソル姉ちゃん。そろそろ時間だよ」

「「皆さん次回もよろしくお願いします」」


「ソル姉ちゃんに戻ってるし、あいつらはあとでお仕置きだね」

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