第58話 ビントの村長さん

「こちらにソルさんというお方はおられますか?」


 初めてお会いする人だ。この村の方ではないけど、他の村からわざわざ来てくれたのかな。


「はい、私がソルです。どういったご用件でしょうか?」


「ああ、よかった。私はビントの村で村長むらおさをしているトールと申します。バーシのバズランさんから、ソルさんなら相談に乗ってくれるかもと聞きまして、わらにもすがる思いでやってまいりました」


 ビントと言えば、バーシ村の南にある山脈のふもとの村だったはずだ。その村長さんが私に相談って何だろう。




 せっかく遠くから来ていただいたお客様なので、父さんにも話して居間でお話を伺うことにした。


「これはトールさんお久しぶりです。本日はようこそおいでくださりました」


「タリュフさん連絡も寄越さず参りまして申し訳ありません。バズランさんからこちらのソルさんが、バーシ村の避難民の件を解決してくれたと聞きまして、わが村の困りごとを解決してくれるやもと思い、やってまいりました」


 バーシの避難民の件と言ったら、橋を作ることを仕事にしたらどうかと言ったけど、そのことだろうか。


「そうでしたか、それだったらソル。ユーリルも一緒の方がいいんじゃないかな」


 確かにユーリルにも一緒に聞いてもらった方がいいかもしれない。ということで、工房までユーリルを呼びに行った。



「ユーリルも来たね。お待たせしましたトールさん、お話をお聞かせもらえますか」


「はい、ビントのことをどれくらいご存知かわかりませんが、私たちは山に囲まれた狭い土地にひしめき合って暮らしております。これまでは村の畑で麦や野菜を作ったり、ケルシーに向かう隊商に宿を提供するなどして生計を立てておりましたが、このところ村人がプロフの味を知ってしまって困っております」


 え、プロフってどういうことだろう。


「ご存じの通りプロフには米を使います。しかし、村の土地は狭く、新たに米を作るための畑を用意することができませんでした。他のところでは、麦の収穫の後に米を作るところもあると聞きますが、わが村では麦の後は野菜を作っておりまして、同じようにすることができないのです。かといって、他の村から米を買おうにも村の貯えも厳しく、思い通りに集めることもできません。糸車のおかげで仕事の効率は上がっているのに土地がないために米が作れず、買おうにも買うこともできず、それでいて村人から何とかできないかと言われ、ほとほと困っているのです。助けてください。お願いします」


 そういってトールさんは土下座をせんばかりに頭を下げている。


「トールさん頭をお上げください。ソル、ユーリル、何とかしてあげられないだろうか大変お困りのようだが」


 私がプロフを作ったばかりに……こんなことになるなんて思ってもいなかった。


「わかりました。糸車のおかげで、村の人たちも働ける時間は取れるけど、土地がないから米を作ることができずに困っているということですよね」


 思わぬ影響を目の当たりにし、止まってしまった私に代わってユーリルが聞いてくれている。


「ええ、あれは本当によくできたものだった。妻も村の女性も、作業時間が今までの半分以下になったと喜んでおります。だから土地があれば、その時間を使って米を作ることもできるのですが……」


 糸車が普及して女性の糸を紡ぐための時間が減ってきているから、多くの村ではその空いた時間を使って米を作ったり、織物をしたりしているらしい。


「ソル。ビントの人たちに荷馬車を作ってもらったらいいと思うんだけど」


 ユーリルが私に耳打ちしてきた。


「荷馬車を? いいの?」


「うん、僕たちがいくら頑張っても、欲しい人たちの元へは少ししか届けることができないでしょ。そのうちしびれを切らして他のところで作られるようになると思う。でも、それって強度が足りないはずだから、買った人は困ることになると思うんだ。それなら作り方を教えて、しっかりしたものを作ってもらった方がこの世界の人のためになるよ」


 ユーリルがそう思うのなら、その方がうまく行くのだろう。

 私はユーリルに対して頷いた。


「トールさん荷馬車ってご存じでしょうか? もしよろしければビントで、これの製造を手伝っていただけないでしょうか」


「えっ! 荷馬車と言えば、欲しくても手に入らないと行商人の間で話になっている、あの?」


「はい。僕たちの所でも頑張って作っているんですが、皆さんのご希望に答えることができていません。たくさんの人に待っていただいている状態なので、お手伝いしていただけるところが欲しかったのです。そしてその荷馬車を売った代金で、米を買われたらいいかと思います」


「本当に、本当にそうしていただけるのならありがたいことです」


 トールさんは、ユーリルの手を取り、体を使って喜んでいる。



 そのあとの話し合いで、ビントの村から数人の職人を受け入れ、技術を教えること。ビントで作れない部品(パルフィの工房で作られる物とかね)はカイン村から供給することなどを決めた。


「バズランさんの言う通り、ソルさんのところに来てよかった。これからもよろしくお願いします」


 そういってトールさんは、カイン村の隊商宿まで戻っていった。明日村に帰ったら、すぐにでも人を集めこちらに送って来るそうだ。


 これは、職人用の寮をすぐにでも作り始めないと間に合わないかもしれない。


「父さんすぐにでも人来ちゃうかもしれないよ」


「ああ、わかっている。明日にでもみんなに聞くことにしよう」



 翌日父さんが村の人たちを集め話をしてきてくれた。ただ、急に人が増えることに不安を覚える人たちもいるのもの事実なので、その人たちの不安を解消するために、工房の職人が守るべき事柄を決めることになった。


 それは以下の4箇条


 ・殺さない

 ・犯さない

 ・盗まない

 ・村に来たからには村人としてふるまう


 上の3つはこの世界でみんなが守るべきこととして浸透しているもの、いわゆる慣習。これを行おうとしたものは、相手から殺されても仕方がないこととされている。リュザールたちの隊商が、盗賊に襲われたときに反撃することができるのはこれが理由だ。

 最後の4番目は村に来てもらったからには、村に溶け込んで生活してほしい。それこそ村の人たちと結婚して、家族を持ってほしいという気持ちが入っている。テラでも血があまり濃くならないように、同じ地域だけで婚姻を行わず、できるだけ他の村から結婚相手をもらう習慣がある。

 工房でずっと働いてくれる人はカイン村で結婚相手を探してほしいし、ビントの職人さんみたいに修行して帰る人は、カインでお嫁さんかお婿さんを探して帰ってほしいということだろう。


 以上のように当たり前のことを言っているだけかもしれないけど、この条件で納得いく人だけ工房で受け入れていくことにした。


 さあ、村の人たちからの了解も取れたし、早速寮の建設と井戸の掘削くっさくを始めないといけないね。

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