第56話 リュザールへの返事

 父さんとファームさんとの話し合いが済み、私たちは工房の奥へと呼ばれた。


「ファームさんと話し合ったんだが、ユーリルとパルフィの結婚の予定は1年後。住むのはカイン村。結婚の前にパルフィは一度ここに戻って準備をする。その時に結納金が必要になるんだけど、カイン村は遠いから前もって明日渡すことになっている」


「タリュフさん。僕、結納金が用意できません……」


 ユーリルは申し訳なさそうに話している。でも安心して。


「ユーリル、君はこれまで工房で働いてきた給金をもらっていないだろう。その分だけでも十分おつりがくるからね、心配しなくていいよ」


 工房で働いてくれている人には毎月決まった給金を支払っている。でも、住み込みで働いているユーリルにコペル、パルフィにアラルクは貰っても使うところがないし、置く場所もないということで受け取ってもらっていない。

 そうかと言って、渡さないわけにはいかないから、父さんに頼んで、それぞれに払った分から食事代、部屋代を引いてさらに家のことを手伝ってくれたお礼を足して、その残りはその人の貯えとして控えてもらっているのだ。

 だから、その人に必要があれば残っている範囲で渡すことができるんだけど、特にユーリルとコペルは避難民の出で、食べさせて貰う代わりに働いていると自分たちは思っているので、貯えがあること自体わかってないと思う。

 ユーリルの働きで工房の経営も順調なんだから、遠慮なんてしないでほしい。


「あ、ありがとうございます。一生懸命働きますね」


「ユーリルよ。お前はパルフィの見込んだ通りの男だった。これからはパルフィのことをよろしく頼む。ただ、結婚はまだ先だ、それまでに手を出したら承知しないからな」


「わ、わかっています。肝に銘じます」


「ただ、俺も早く孫の顔は見たいからな、工房の職人は何人か声かけてやる」


「ほんとか親父! 大好きだぜ」


 これで、パルフィの工房の職人の件も何とかなりそうだ。




 コルカからの出発は明後日。明日は結納金の支払いとカインに持ち帰る品々を集めることになっている。パルフィは明後日まで実家にいるということなので、少しでも鍛冶の技をものにしようと思っているのだろう。



 翌日結納金として麦をファームさんに渡した後、いつものように診察で集めた麦を塩などの必需品に変える作業を行う。

 去年はセムトおじさんが付き合ってくれたけど、今年はリュザールが付き合ってくれることになった。


「ねえねえ、ソル。米があったけど買ってみる?」


 去年までは、できるだけ嵩を減らすために塩などに代えていたけど、今年は荷馬車があるから少しくらいは運んでもいいと思う。それにカインでは米ができるのはバーシよりも遅く一か月以上先だから、何度かプロフが作れるくらいの量はあってもいいかもしれない。


「たくさんはいらないけど、何回か食べられるくらいはあってもいいかも」


「わかった、じゃあ案内するね。付いて来て」


 リュザールに連れられ、米を買い求めてみたけど、やっぱり去年よりも麦との交換比率が、ずいぶんと上がっている気がする。きっとプロフが普及して米が人気なんだ。本格的に収穫できるようになったら少しは落ち着くのかな。


 新しい何かがはやれば、需要も変わる。糸車もまだみんなに行き渡ってはいないけど、想定していた通りカルトゥ辺りでは同じような製品が作られているとも聞いている。

 荷馬車にしてもそうだ、今は私たちしか作ることができないけど、あまりに需要に対して供給が少ないと、耐久の足りない粗悪品も出てくるかもしれない。うちの商品が売れなくても、それでみんなが納得してくれるのならいいんだけど……

 パルフィの工房もそうだけど、糸車や荷馬車を作る工房ももっと人を増やさないといけないかもしれない。



 翌日、帰る準備を終えた私たちは、パルフィと合流してカインに向けて出発した。普通なら7日後には到着なんだけど、今回はマルトの村で用事があるから1泊余分に泊まることになっている。



 2日後マルトの村の隊商宿に到着した私は、食事の用意をする前にリュザールに声をかけることにした。


「リュザールちょっと来てもらっていいかな」


 宿の外の井戸の側にはちょうどいい木陰があったので、そこに二人で座って話をする。


「あのね、リュザールと会ったのって、ここだったじゃない。あれからもうすぐ一年になるし、そろそろはっきりとさせないといけないと思って……」


 リュザールは黙って聞いてくれている。


「あの日からテラと地球でほとんど毎日のように会って、一緒にいるのが当たり前で、きっとこれからもそうなんだと思う。もう離れることなんて想像できない。だから、リュザール、そして風花がよかったら、私、樹の一番近くにずっといてほしい。お願いできるかな」


「もちろん。その言葉ずっと待っていたよ」


 そう言って、リュザールは私を引き寄せようとして思いとどまった。


「……そうだった。テラでは抱きしめられなかった」


 ものすごく悔しそうにしている。気持ちはわかる、樹でもそうしたいはずだ。でもごめんね、結婚前の男女が密会しているだけでも問題だからね。抱きあっているところでも見られたら、それだけで引き離されることだってあるから。


「リュザール。父さんのところに行こうか」


 立ち上がって振り向いたら、ニヤニヤしているユーリルと目が合ってしまった。


「見てた? 聞いてた?」


「うん、最初から。全部」


 この野郎。相変わらずいい性格してやがる。


「よかったなリュザール。でも冷や冷やしたよ。抱き着くんじゃないかと思って。もしそうなったら、嫌われても止めに入らないといけないと思っていたんだ」


 ユーリルはユーリルなりに心配してくれていたみたいだけど……幼馴染に見られるとか、無茶苦茶恥ずかしいじゃないか。多分顔真っ赤だよ。


「それで二人はすぐに結婚するの?」


「すぐにはできないと思うけど……」


 赤くなった顔を押さえながら答える。


「そのあたりも話し合ってから、タリュフさんのところに行った方がいいよ」


 確かにそうだ、地球での影響も考えて行動しないと、変な事になってしまうかもしれない。


 その後「僕はいいよ」と言ったユーリルも巻き込んで3人で話をすることにした。


 その結果、結婚するのは3年後18になる年。これなら地球でも結婚できる年になるし、影響は少ないと思われるから。


 そのことを父さんに二人で話すと


「本当に3年後でいいのかい。なんならすぐでもいいのだが……」


 父さんの言ってくれることは嬉しいけど、こちらにも事情があるのです。


「まあ、わかった。帰りにバーシに寄るからバズランとも話しておこう。その時は二人とも一緒に来るように」




 今日の食事の当番は私とパルフィだったんだけど、準備の間ずっとからかわれたり喜ばれたりして大変だった。


 リュザールの方も同じようで、ずっと隊商の人たちからからかわれていたみたい。……食事の時には二人一緒にからかわれたけどね。



 翌日は隊商の人隊にも協力してもらって、桑林でまゆの採集をすることになっている。


 去年ここで繭を見つけてから、養殖? 養蚕ようさん? っていうのかな、それができるように、飼育方法を調べ、飛んでいかないように飼育用の木製の小屋を作っていたのだ。場所は薬草畑の近くの桑林の所。

 ここなら必要な分だけ桑の枝を切って小屋の中に入れておけばいいし、越冬の時もそこで済ませることができるはずだ。


 翌日、朝から留守番を残した10人近い人数で桑林まで向かう。桑林までは村から馬で2時間ほど、荷物は宿に置いてあるのでみんなで馬に乗って向かう。


 みんなユーリルから注意事項を聞き、もう繭から羽化しそうなものはそのままにしておき、それ以外のさなぎになったばかりのものを間引いて捕獲することにした。

 2時間ほどで、約100個の繭を集めることができた。これを飼育して、生糸の生産ができるかを調べてみたいと思っている。





 それから4日後、バーシの村の宿についた後、父さんとリュザールと一緒にバズランさんの家まで向かう。


「タリュフさんわかりました。2人が3年後でいいというのならそれに合わせて準備をしましょう。とはいえ、すでにリュザールはカインに行っているので、こちらで用意することはほとんどないのですけどね」


 二人で新しく住む家もカインに作ることになるし、結婚式もカインで行うから、バズランさんが必要となるのは、結納金の支払いの時と結婚披露宴の時くらい。

 その結納金もリュザールが自分の稼ぎから払うことになっている。リュザールはその稼ぎを工房に住んで食事もうちで一緒に取っていることから、父さんに預けているみたい。リュザールも留守がちで、麦を持って回るわけにもいかないからね。

 だから結納金を支払うときは父さんが一度リュザールに戻し、それを持ってバズランさんと一緒に父さんに渡すことになる。

 面倒くさそうだけど、帳面で消して終わりましたって言われても何か嫌なので、ちゃんとしてもらいたいと思っている。一生に一度のことだから。



 話が済んで帰ろうとしたときにバズランさんから呼び止められた。


「ソルさん去年話してくれた橋の件。村の者とも話しあったのですが、試しにやってみようかということになりまして、カスムにも言っているんですが、カインの隊商でも聞いてもらえないでしょうか」


 ちょうどリュザールがいたので詳細を説明し、橋が必要そうなところを探してもらうことにした。


「橋があったら便利なところが、知っているだけでも何箇所かあります。そこの近くの村に行ったときに話してみますね」


 自分たちで費用を出してまで橋を作るところがあるかわからないけど、隊商が寄るようになるだけで、生活が便利になるのは間違いないからね。それを話し合って、可能性があるということを気付いてもらうだけでも意味はあると思う。


 明日はようやくカイン村に帰ることができる。今回の旅もいろいろなことがあった。やることがたくさんあるけど、頑張っていこう。

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