第55話 修行の成果

 父さんもセムトおじさんもユーリルたちのために、今回のコルカでの滞在日数は1日余分にとってくれている。



 パルフィには昨日の夕方、今日ユーリルが行くことを伝えに行ったんだけど、


「おう、ソル。親父達の仕事手伝って気付いたことあっからよ、戻ったら本格的に仕事やりてえんだ。少し人手を増やしてもらえねえか?」


「……明日の事、心配していないの?」


「ユーリルのことかい? あはは、心配なんてしねえよ。あいつと会ってもう一年だろ。ずっと見てたけど、ふざけているようでもやるべきことはちゃんとやるし、できねえことはできねえっていう。それがやれるって言うんならやれるはずさ。それよりも人手の件の方を頼むぜ」


 と言われて帰ってきた。


 人手の件もあったから、そのことをおじさんとリュザールに話したんだけど、「わかった。いい人がいないか聞いといてあげるね」って、心配しているの私だけなのかなあ……


 ユーリルも、子供のころから付き合いのある竹下も、できないことはできないって最初からいうし、引き受けたからには全うしようとする責任感があるのというのもわかる。

 ただ、今回の場合は最初からできる可能性があったわけではなく、一生懸命できるように努力してきただけであって、ましてや一度も戦ったことのない人と戦うことになるから。心配しないってことに無理があると思うんだけど…………


 うん、ユーリル、竹下の親友として、私がこんな事じゃいけないな。よし、明日は目一杯応援するぞ!



 そういうことで、むかえた今日の対戦。

 場所は鍛冶工房横の木陰の下。観戦者はユーリルを除いたコルカに来た隊商の全員と、ファームさんを除いたパルフィ一家、それに近所の人達らしい人多数。


「おい、ユーリル。てめえが一年間パルフィに手を出さなかったのは褒めてやる。だからと言っておいそれと大事な娘はやるわけにはいけねえ。第一、なんて格好だ! やる気はあんのか! てめえに根性があるのなら俺を倒して、てめえの力を俺に見せてみやがれ!」


 やる気満々のファームさんは上半身裸の戦闘モード。一方のユーリルは普段着で立ち合っているから、ファームさんにしては気に入らないのかもしれない。


「ファームさん。僕は、パルフィに見合う男になるために必死で鍛えてきました。負けるつもりはありません。ケガしないように気を付けてください」


「ぬかせ!」


 その言葉とともにファームさんはユーリルに飛び掛かる。

 ユーリルはそれをかわし、一旦距離を取る。うん、掴む訓練の成果が出ているようだ。


「ユーリル頑張れー!」「ファーム! こんなガキに舐められるんじゃねえぞー」「わはは、二人ともケガだけはすんなよ」


 様々な声援の元、二人の戦いも熱を帯びてくる。


「ユーリルてめえ! 俺にかかって来る度胸はねえのか!」


「それではファームさん、行きますよ! 後悔しないでくださいね」


 そう言いユーリルは、ファームさんに向かってゆっくりと近づく。


 リュザールの流派は受け身を主体とした武術なので、基本的に攻撃の技は存在しない。かといって相手の攻撃だけを待ち続けていては膠着状態になることもあるので、疑似攻撃というか相手の攻撃を誘発するための動きもある。

 それに、武研には柔道の段持ちの教頭先生もいるので、競技用でない実戦的な技も教えてもらっている。

 うーん、ファームさん服着てないからなー、絞め技にはいきにくいし、投げに行ってもここはタタミと違って地面なので、受け身を取れない相手には危険すぎる。ユーリルは何を狙っているのだろう。


 ユーリルはファームさんとの距離がある程度になった時、一瞬で間合いを詰め、腕を取る。

 腕を取られてしまったファームさんは、投げられまいと足を踏ん張り、逆の腕でユーリルの首を掴みにかかる。その瞬間ファームさんはコロンと転び、仰向けになって両腕はユーリルにめられてしまった。

 僕たち以外、見ている人には何が起こったかわからなかったと思う。


「何が起こったんだ……」


「ユーリルてめえ! どきやがれ!」


「ファームさんが参ったするまでどきません!」


「おい、ファームふざけてんのか。さっさとこんなの外しちまえよ」


「それが動かせねえんだ……畜生! この!」


「力任せじゃ無理ですよ」


「う、…………ま、参った」


「やったぜ! さすがはユーリル。あたいが見込んだだけのことはある」


 一番に飛び出していったのはパルフィで、ファームさんからユーリルを引きはがし抱き着き喜んでいる。


「ぱ、パルフィ。ちょっと待って。まだ駄目だから」


 ユーリルはパルフィを離れさせ、ファームさんに向かい合った。


「ファームさん。パルフィのことは僕が守りますので、パルフィを僕にください」


「ちっ、仕方がねえな。この俺に勝ったんだ。代わりに一生パルフィを守りやがれよ」


 その瞬間。周りから大歓声が上がり。二人を祝福する声で溢れた。


 ユーリル、パルフィよかったね。




 ここから先は大人の仕事だ。結婚に際してのいろいろな条件を詰めることになる。例えば結納金の額とか、結婚の時期とか、花嫁は何を持ってくるのかとかいろいろだ。

 パルフィ側はファームさんだし、ユーリル側はうちの家族同然になっているからもちろんタリュフ父さん。


 地面に転ばされて泥だらけになったファームさんが水浴びをする間、ユーリルとパルフィは父さんに自分たちの希望を伝えている。どうしたいのか前もって二人で話し合っていたんだと思う。



 ファームさんの準備が整い、父さんがファームさんの家で話し合いを始める頃には、セムトおじさんの隊商の人たちも、近所の人たちも帰ってしまっていた。


 パルフィは、おじいさん、お母さん、お兄さんと話をしていて、ユーリルは私とリュザールのところにいる。


「ユーリル、本当によかったね。それで父さんにはなんてお願いしていたの?」


「うん、パルフィがしばらく鍛冶に打ち込みたいって言うから、結婚の時期を遅らせてほしいって頼んできたんだ」


「え、どれくらい? ユーリルはそれでよかったの?」


「1年か2年か。僕もその方が都合がよかったから…………ねえ、覚えてる? まだユーリルと繋がっていなかったころ、樹に二つの人生楽しめるって言ったこと。いくら別々と言っても、地球の剛はまだ中学生でしょう。影響がないとは思えなくて……」


 その気持ちはわかる。体はつながっていなくても、心というか精神はつながっている。片方が病気の時はもう片方も調子が悪いし、調子がいいときはどちらも調子がいい。

 もしテラで結婚して子供ができてしまったら、地球では高校生になったばかりの頃に親になって、その気持ちを持ったまま高校生活を送る。なってみないとわからないこともあるけど、考え方に影響が出るのは間違いないと思う。


「なあなあ、何話してんだ」


 パルフィがおじいさんたちと別れ、こちらに合流してきた。


「パルフィ。結婚の時期、遅らせるように頼んだんだって?」


「おう。ユーリルとの子供はすぐにでも欲しいけど、子供育てながら鍛冶の仕事に打ち込むことは出来ねえからな。職人が育つまでの間はお預けだ」


 パルフィもそういう考えで、二人が納得しているのなら仕方がないか……ん、職人が育つまで?

 今は鍛冶工房はパルフィだけ、育てる職人はこれから探す。その職人を探すのは昨日私が頼まれた。ということは、早く職人を探さないと、ユーリルとパルフィの結婚ができないってこと……が、頑張ってすぐに見つけるからね。


「おっと、おふくろが呼んでるから、ちょっと行ってくるわ」


 そういうとパルフィはお母さんの所に行ってしまった。



「ねえねえ、ところでファームさんとの勝負どうだった? うまくできたでしょう」


「うん、ファームさんの重心が動いたところを見計らって、うまく転ばせていた。修行の成果が出ていたよね。リュザールはどう思った?」


 ん、そういえば、リュザールさっきから一言も話してない。なんでだろう。


「0点」


「れ、0点……なんでえー。ちゃんとケガさせずに倒したじゃない」


「ケガさせないのは当たり前。それよりも、なんで最初に飛び掛かられたときに仕留めなかった。実戦なら死んでいたかも」


「だ、だって、最初からやっつけちゃったら、ファームさん激怒しそうだったんだもん。ソルもそう思うでしょ」


「え、え、まあ、そうかもしれないけど。最初の時も倒せそうだったの?」


「うん。行けるとは思ったけど、ファームさんの顔見たらあとの方がいいような気がして」


 そうなんだ、私なら半々かなって感じだけど、私より腕がいいユーリルなら出来たんだ。


「相手を下に見て手を抜いた。やっぱり0点。明日の武研では覚悟しておくように」


「そ、そんなぁー」


 リュザールが一言も話さなかったのは、ユーリルの勝負の内容に怒っていたのね。怒った風花って怖いんだよなー。竹下ご愁傷様。

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