第40話 果たしてリュザールは
「やってしまった……」
目が覚めると地球だった。誰もいない部屋で一人呟く。
「あのまま寝ちゃったのかな」
リュザールと手を繋いだところまでは覚えている。でも、その後の記憶が定かではない。
「まさかこちらと繋がってないよね」
繋がってしまったのか、繋がったのならだれなのか、今の段階でこちらで調べることはできない。わざわざ拡声器を使って言いふらす人もいないだろうし、第一この町にいるとは限らない。
仕方がない、それならばこちらの生活を普通にやるだけだ。
それに今日は始業式なので、あの後どうなったかは通学途中に竹下が教えてくれるだろう。
……うー、この心配もだけど、ソルを嫁に貰いたいだなんて、リュザールの奴本気なのかな。いろいろと頭が痛いよ。
何事もなければ、起きたらすぐにコルカに向けて出発だ。そしたらしばらくは会うことはないだろう。リュザールも何かの間違いだって気付くかもしれない。
うん、きっとそうなる。
さてと、一通り現実逃避も済んだので、気晴らしに散歩に行こう。
夏休みの間、朝から暑いのでほとんど散歩には行っていない。9月になっても暑さはあまり変わらないのだけど、昨日あんなことがあったから、黙っていたら余計なことまで考えてしまいそうなのだ。
いつもの川沿いのコースを歩く。散歩してる人がいないわけではないけど、いつもより少ないように思う。まだ、暑いからかな。
川の両岸のいつものコースを歩き、そろそろ家に帰ろうとしたときに、橋のたもとの石造りの椅子から立ち上がろうとする女の子の姿が見えた。
あれ、何か落とした。
慌てて駆け寄り、可愛らしいハンカチを拾い上げ立ち去ろうとする女の子に声をかける。
「あのー、ハンカチ落とされましたよ」
振り返った女の子はこちらをじっと見てきた。
あれ、違ったかな? それにしても可愛い子だな。このあたりでは見かけないけど観光客かな……
「すみません。このハンカチ違いました?」
「ソル?」
「え?」
ソルってあのソルのこと? いや、たとえそうだとしても僕がソルってわからないはずだ。容姿も違うし、性別からして違う。
「あ、ごめんなさい。ぼーっとしていて。私のハンカチです。ありがとうございます」
「え、あ、暑いので気を付けてくださいね」
そのまま別れ、家へと向かう。
まさかね。日本語だったし、聞き違いか、ぼーっとしたって言ってたので何か考え事をしていたのだろう。
学校に向かう途中、いつものように竹下が合流してくる。
「おっはよーソル。手を握ったまま一緒に寝ちゃうなんて、よっぽど相性いいんじゃないの」
やっぱり、そのまま寝ちゃってたみたいだ。
「おはよう竹下。ただ疲れていただけだよ。それよりもあの後どうなったの」
「あー、昨日ね。いつまでたってもソルが戻ってこないじゃん。見に行ったら2人とも寝てるだろう。切り替わっていたらいけないから起こすこともできないし、ただそのままにもできないからさ、ジュトさんに言って運んでもらったんだ。俺と話さないなら万一の時も大丈夫かと思ってね。まあ、そんな心配はいらないほどぐっすり寝てたみたいだよ。俺が寝るまで寝っぱなしだったから、朝までそのままじゃないかな」
「うー。それでリュザールの方はどうだった」
「しばらくしたら顔色もよくなってきていたから、朝には熱下がっていると思うよ。繋がっているかどうかは聞いてみないとわからないけどね」
「熱が下がっているのならよかった。実はちょっと気になることがあったんだけど」
散歩のときに会った女の子のことを竹下に伝えた。
「その子に『ソル』って言われたって? そのあとは何かあったの」
「いや、ぼうっとしていてごめんなさい。って言われてそのまま別れたよ」
「それだけでは何とも言えないね、それでどんな子だったの」
「この辺では見かけない可愛い子だったよ。年も一緒ぐらいじゃないかな」
「この辺の子じゃないのか……何かきっかけがあればいいけど、いきなりその子を捕まえてリュザールですかって聞くわけにもいかないから、テラでリュザールに聞くしかないんじゃないの」
確かにそうだ。その子を探し出そうにも名前も知らないし、もう会わないかもしれない。
学校に着くとクラスの違う竹下とは別れ、クラスメイトと夏休みの宿題やどこに遊びに行ったかなど始業式特有の話をして先生の到着を待つ。先生が来ると、宿題を提出し2学期の注意事項を聞いて、始業式に出るために体育館へと向かう。それが終わったら、掃除をして帰りのホームルームをやって今日のところは終わりだ。
とまあ、何の変哲もない始業式だった。
帰りがけ校門を出ると、竹下がクラスメイトと話していた。
「お先に」
「あ、立花ちょっと待ってて」
別に急ぐ用事もなかったので、竹下を待って一緒に帰ることになった。
「ごめんごめん、お待たせ」
「何か用事あった?」
「いや、今朝ハンカチの女の子のこと話してくれたじゃん。今日俺のクラスに転校生来たんだけど、その子かもしれないよ」
「どんな様子だった?」
「うーん、変わったところはなかったけど、かなりかわいい子でクラスの男子は色めきだってた」
色めきだつって、難しい言い方知っているな。それにしてもクラスの男子は、か、さすがは竹下。
「同じ子かな?」
「さあ、とりあえず今度俺のクラスに来てみろよ」
朝の散歩の習慣があるなら、また会うこともあるかもしれないけど、週明けに竹下のクラスに行く方が確実だな。
翌朝隊商宿で目が覚めると、隣にはユティ姉が寝ている。空も白みだしていて、本当に朝までぐっすり寝ていたようだ。
誰も起こさないように注意して起き、リュザールの方を見るとまだ寝ているみたい。そっと近づき顔色を見てみたけど、もう熱はないように見える。よかった。
朝食を作りにかまどへと向かう。ユティ姉も起きてきた。
「おはよう。ユティ姉」
「おはよう。ソル。ぐっすり眠れたようね」
「えへへ、知らないうちに寝てました。誰が移動させてくれたんですか?」
竹下から聞いてはいるけど、知らないことを話したらおかしいので聞いてみる。
「ジュトがやってくれていたけど、あなたたちがしっかり手を握っているから、離すのに苦労していたわよ」
「ほ、本当ですか!」
竹下からその話は聞いてない。予想外の答えが返って来て、一気に顔が赤くなっていくのがわかる。
あの野郎、わざと言わなかったに違いない。
「私はお似合いだと思うわよ。それじゃ、水汲んでくるわね」
もう、ユティ姉ったら。
1人で野菜を切っていると、後ろから声がかかる。
「あの、ソル。昨日はごめんなさい」
振り向くと、リュザールが申し訳なさそうな顔で後ろに立っていた。
「あ、おはようリュザール。調子はどう?」
あんなことを言われたら意識しない方がおかしい。もしかしたら顔が赤くなっているかもしれないので、ほおを手で押さえながら答える。
「おはよう。もう大丈夫みたい」
「よかった。でも無理しちゃだめだよ」
「ありがとう。無理しないよ」
ユーリルの場合は本人が納得してるかどうかはともかく、父さんが診て知恵熱って診断が出たけど。カスムさんが、リュザールは何度かこんなことがあっているって言っていたから、一度診てもらった方がいいかもしれない。
「あのね、リュザール。カインに来てもらえるかな。一度父さんに診てもらった方がいいよ」
「ボクはいいよ。大丈夫だよ」
「私が心配なんだけど。安心させてくれないの」
「あ、ごめん。わかったよ一度行くね。ソルはいつ頃カインに戻るの?」
「10日後ぐらいかな」
「……その辺りなら隊商も休みだと思う。ソルがバーシに寄ったときに一緒にカインまで行っていい?」
帰りはバーシに寄るはずだから、丁度いいかもしれない。
「うん、一緒に行こう。待っててね」
あのことについても念のために聞いておこう。
「ところでリュザール。寝てるときに何か夢とか見なかった?」
リュザールは少し考えた風で。
「たぶん、夢は見なかったと思う。どうかしたの」
「いや、見てなかったらいいんだ。気にしないで」
よかった。あの女の子の『ソル』って言葉は、何かの聞き間違いだったのだろう。
「あら、リュザール君おはよう。よくなったみたいね」
ユティ姉が水汲みから戻ってきた。
「はい、ユティさん。おはようございます。おかげさまでいいみたいです。それじゃ、ボク行くね。ソル、仕事の邪魔してごめんね」
リュザールがかまどから出て行ったあと、外に薪を取りに行くとユーリルが井戸の方から近づいてきた。
「おっはよーソル。どうだった? リュザール来ていたでしょう」
「おはようユーリル。違うみたい。夢は見なかったって」
「ふーん夢ね……。まあとりあえずは安心していいみたいだね」
念のために週明けに竹下のクラスで、その女の子の顔を見てみることになった。
食事がすむと私たちとリュザールの隊商は、それぞれの目的地に向かって出発した。私たちは一気にコルカまで、リュザールたちは反対側の私たちが素通りした村まで向かう。
途中、馬を休ませているときにユーリルに聞いてみた。
「どうしてジュト兄が手を離すのに苦労してたことを教えてくれなかったの?」
「だって、ソルって大根じゃん。テムスの時のように、全部知ってたら反応が鈍っておかしいって思われるからね」
う、それを言われると……
でも、中途半端に知っている方が、まったく知らないよりダメージが大きいことがあるんだって!
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