第3章

第38話 リュザールという少年1

 バズラン家に戻るとすごいことになっていた。


「これはいったいどういうことかな」


 家の台所の横には多くの女性が集まっていた。もしかしたら村中の女の人が集まっているのかもしれない。


「あらあなた、お帰りなさい。ごめんなさいね、騒がしくしちゃって。ユティがプロフを作るって言うから、せっかくだから村の女性を集めて作り方を習っていたのよ」


 なるほど、やっぱり村中の女性を集めて料理教室をやったみたいだ。


 コルカから帰った後、カインに持ち帰った米を使ってプロフの炊き出しをやったことがある。米に限りがあるのでやったのは一回きりだったけど、ユティ姉はその時に作り方を覚えたのだろう。


「米はあったのですか?」


「ああ、セムトさんから聞いていたから集めていたんだ。一度作ってもらおうとは思っていたけどまさか今日とは思ってもいなかったよ」


 セムトおじさんは、バーシでも米を作ってもらうためにプロフの話をしていたみたいだ。バズランさんも、味がわからないと村人が作ってみようという気がしないかもしれないから、試食会をするつもりだったらしいけど、いきなり始まるとは女性の行動力には目を見張るものがある。


「ここでみんなで食べるのかい?」


「いえ、皆さんの分はそれぞれ持ち帰って食べてもらいますよ。その方が旦那衆もやる気になってくれますからね」


「ほぉ、それほどのものなのかい?」


「味見をしましたが間違いないです。種籾の数が足りないかもしれませんよ」


 気に入ってもらえそうだ。ユティ姉も大変だったろう。


「ユティ姉、お疲れさまでした」


 ユティ姉は疲れた表情ながらもやり遂げたって感じに見える。


「ごめんね。ソルに断りもなしにみんなに教えることになっちゃて」


「いえ、私に聞かなくても大丈夫ですよ。みんなが美味しく食べてもらったらそれだけで嬉しいから」


 美味しいものが食べられると、みんな幸せな気持ちになると思う。何が作れるかわからないけど、他にもテラで作れそうなものがあったら作ってみようかな。


「ねえ、ユティ。ソルさんに断りがいるってどうして」


「母さん、このプロフはソルが考え付いたのよ」


 ユティ姉、私が考え付いたとかではなくて、知っている人が私しかいなかったというだけで、そんなに大したことしてないです。


「すごいわソルさん。おかげでみんな米作りを頑張ってくれそうよ」


 バーシでたくさんの米が作られるようになったら、もしカインで米が作れなくてもプロフを食べることができそうだ。



 村の女性たちがそれぞれに家にプロフを持ち帰ったあと、バズラン家でも夕食が始まった。


 料理はプロフだけではなくて、羊肉の串焼きや砂糖を使った甘いお団子など、結婚式に出てもおかしくないものまであった。バズランさん、よほどユティ姉が帰って来るのを楽しみにしていたんだと思う。

 ユティ姉が作ったプロフも、もちろんおいしくてみんなお代わりして食べている。


 ユーリルなんかは「ユティさんが作ったプロフは美味しくて、僕いくらでも食べることができます」って言っている。

 ほんとお前が言うとなんか危なっかしいんだよ。

 大丈夫かな……

 睨み付けていると


「妬かない妬かない。ソルの作った物もおいしいから安心して」


 腹が立ったのでゲンコツを落としておいた。


 するとジュト兄が、


「お前たち仲がいいな。まるで本当の兄弟みたいにみえる」


 ユーリルとはつい最近だけど、竹下とは幼稚園に行く前からの友達だ。一緒にいる時間は地球の実の兄よりも長いかもしれない。お互い気心が知れているからそう見えることもあるのだろう。


 ふふ、ユティ姉もバズランさんたちと楽しそうに食事をしている。カインでは頼み事ばかりしているから、いい息抜きになってくれたらいいな。





 翌朝は早朝から出発することになった。次の村は休憩だけにして、今日のうちにその先の村まで行くためだ。


 出発の時、バズランさんはいつでも泊りに来てくれて構わないと言ってくれた。橋の話以外にもいろいろと話をしてみたいって。こちらもお話したいことがあるから、是非寄らせてもらいますね。






 旅は順調に進み、翌々日には桑の林のあるマルトの近くまで来た。

 マルトに入る前に、ジュト兄とユティ姉にも協力してもらって桑の林の調査を行う。


「繭を見つけたら取ってきていいの?」


「いえ、今はまだ連れて帰っても育てることができないので、いるかどうかの確認だけしたいと思います」


 四人で手分けして桑の林の中を探索していく……



 結果から言うと、いました!

 ユーリルが以前見ていた記憶と呉服屋の息子としての記憶をもとに、どのあたりに繭を作るかを教えていてくれたので、結構あっけなく見つかった。

 数はそこまで多くはなかったけど、少ないってこともなかったので、多少連れて帰っても問題ないと思う。あとはこの蛾は飛んで行ってしまうので逃げられないように囲いを作ったり、飼育方法を調べてから捕まえに来ないといけない。




 夕方近くに到着したマルトの隊商宿では、「相部屋となりますがいいでしょうか」と尋ねられた。

 ダメと言っても、この村の隊商宿はここだけ。野宿が嫌なら元々選択肢はないのだ。ということで、構いませんと伝え、そのまま部屋に案内してもらうと見知った顔がいた。


「コルト?」


「お! ソルじゃん。今からアラルク達の迎えに行くの? アラルク待っていたぜ」


 アラルク遅れてごめんね。明日には行けるから待っていてね。


「コルトは何でここに?」


「俺はセムトさんから、リュザールの所にも行った方がいいって言われて、しばらく厄介になる予定なんだ」


「今、リュザールさんって言った? それならカスム兄さんもいるの」


 そう話す途中で、話を聞き付けたのかカスム兄さんが近づいてきた。


「やあソル。会えてよかった。コルカで待っていたんだけど来ないから、今回は無理かと諦めていたよ」


「カスム兄さんごめんなさい。いろいろあって遅れちゃいました」


「いや、来られたのならいいんだ。せっかくだからうちのかしらを紹介するよ」


 そう言って横に避けたカスム兄さんの後ろには、1人の少年が立っていた。


 その子がリュザールさんところまで案内してくれるのかと思っていたら


「君がソルさん。ボクはリュザールよろしくね」


 リュザールと名乗った少年は、短く切った黒い髪に黒い瞳、背は私よりも少し高くて、年はたぶん一緒ぐらいかな。こちらでは珍しいけど、私とユーリルは見慣れている、日本人のようにも見える。


「え、リュザールさん? 隊商の?」


「リュザールでいいよ。びっくりしたよね。よく言われるんだ、こんな子供が隊商のかしらをやるのはおかしいってね」


 リュザールは頭というより駆け出しの行商人という感じがする。でも、頭を任されるにはそれなりの理由があるはずだ。


「ねえ、ボクもソルって呼んでいい?」


「はい、ソルって呼んでください。私が工房やっているんだから、リュザールがかしらしていても全然おかしくないよ。でももっとおじさんだと思ってた」


 カスム兄さんもセムトおじさんも、子供だって言ってくれないんだもん。


「あまり子供だってことは、言わないでもらっているんだ。商売しにくくなるからね」


 子供というだけで足元見られたり、襲ってくる輩とかがいるのかな。


「ソル。改めましてよろしくね」


「はいリュザール。よろしくお願いします」


 私は差し出されたリュザールの手を握った。


 挨拶も済んだので、手を放そうとするともう片方の手でさらに握りしめられてしまった。


「?」


 なんか、リュザールがじっと私を見つめてくるんだけど…………


「ソルの話を聞いた時、同じ子供なのに頑張っているな、すごいなって思っていた。カスムさんからコルカで会えるって聞いて、楽しみにしていたのに会えなくて悲しかった……。でも今日やっと会えて、そして分かった! ボクはソルをお嫁さんにしたい!」


 生まれて初めて受けた告白は、結婚の申し込みだった。

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