第37話 出発の日

 出発の朝、家の前では家族だけでなく工房の人たちも揃って見送ってくれるそうだ。


 言い出しっぺの私が、今回の旅のリーダーということになったので、みんなを前に挨拶することになった。


「今から私たちはコルカまで出発します。帰って来るまで半月足らずかかると思いますが、皆さんよろしくお願いします」


 昨日のうちに工房はニサンに、薬草畑はテムスにお願いしているのでここで言う必要もないだろう。


「え、ソルそれだけ。なんか行くぞーって感じの挨拶しなくていいの」


「ユーリル、そんなこと言ったって、今までこんなことしたことないからよくわかんないよ」


「なんでもいいから、思ってること言っちゃえばいいじゃん」


 うーんどうしよう。ユーリルがそんなこと言うからみんな期待した目で見てる気がするよ。


「何を言ったらいいのかわからないけど、この工房に新しい人を迎え入れることになりました。1人は体の大きな男の子で力仕事は任せてくれって言っています。もう1人は鍛冶師の女の子で鉄を打つこともできます。来てもらうのが楽しみな2人です。そして、今回私のわがままでジュト兄さん、ユティ姉さん、それにユーリルを連れて行くことになりました。工房のみんなや家族には迷惑をかけますが、全員元気で帰ってきますので、留守の間皆さんよろしくお願いします」


 こんな感じでいいのだろうか。


「心配しなくていいから、行っといで」


 ラーレだ。いつも真っ先に声かけてくれる。


「工房のことは任しといて」


 ニサンありがとうよろしく頼むね。


「姉ちゃん僕も頑張るからね」


 テムスも頼もしくなった。


「とにかく、道中気を付けて行ってくるんだよ。こちらことは心配しなくていいからね」


 ありがとう父さん。



 みんなに見送られて私たち4人はカイン村を後にした。


「あんな挨拶でよかったのかな」


 ユーリルに聞いてみた。


「いいんじゃない。ソルっぽかったよ。まあ、建国宣言の時は僕も考えるから」


「建国宣言って……」


「冗談、冗談気にしないで」


 気にしないでと言われても、ユーリルはどこまで考えているんだろうか。


 経済が発展していって、まとまりが必要になって、結果国を作らないといけなくなったとしても、その中心にいるのは少なくとも私ではないはずだ、適任者は他にもいるはずだし、そこまで求められても困ってしまう。


「私には無理だからね」


「冗談だってば。それよりも今日はバーシに泊まるんでしょ。川に架かってる橋のことも聞いておこうよ」


 上手くはぐらかされた気がする。


「ユティ姉の家に泊めてもらうから、村長むらおさのバズランさんに聞いてみるね」



 今回の旅は4人とも馬に乗っての移動だ。家からは鹿毛のセトと栗毛のリンの2頭を出し、残りの2頭はラーレの家から借りている。馬での移動の時は歩く時より2倍近く進むことができるから、本当ならバーシ村は素通りして次の村に泊まることもできる。

 ただ、ユティ姉が一緒なので、結婚式以来帰ってない実家に寄って、顔を見せてあげようということになったのだ。


 ユーリルの熱が下がった後出発の日が決まった時に、バーシに向かう人に頼んでバズランさんには伝えてもらっているので、今日行くことは知っているはずだ。



 昼過ぎ頃バーシ村に到着した。

 ユティ姉の実家、バズランさんの家に行くと、物音を聞きつけたのかみんなが出迎えてくれた。


「婿殿よくおいでくださった」


「お義父さん、お邪魔いたします。今日はよろしくお願いします」


 ジュト兄はさすがに緊張している。お嫁さんの実家に行くときはこうなるんだ。


「お父さん、お母さんただいま。今日はよろしくお願いします」


「ユティお帰り。さあ、皆さんお疲れでしょう、まずは荷をほどいて家にお上がりください」


 バズランさんの家は私の家よりかなり大きい。2階建てだし部屋数も倍くらいありそうだ。

 私たちは今日泊まる部屋に案内される。ジュト兄とユティ姉は同じ部屋で、私とユーリルはそれぞれ別の部屋だ。


 荷物を置いてしばらくすると、お茶の用意ができたので居間にお越しくださいと知らせが入る。居間にはカルミルとお茶が用意され、好きなものを飲んでいいようになっていた。


「いやー、隣村と言ってもなかなか行くこともできないし、ユティがご迷惑かけてないか心配していたのですよ」


 バズランさんはお嫁に出した後、一度もユティ姉に会ってないからどんな様子か気にしていたみたいだ。テラでは文字の読み書きできる人が少ないから、手紙を出すこともあまりない。連絡するときは私たちのように、人に頼んで直接伝えてもらうことが一般的だ。


「ユティ姉さんはすごいですよ。家事はもちろん、薬の調合や薬草の世話までやってもらっています」


 ジュト兄がまだカチコチ状態なので私が答える。


「ソルには教えてもらってばっかりで頼りっきりなの」


「とんでもない。ユティ姉がいるから工房もやることができている。本当にジュト兄と結婚してくれてよかったよ」


「そう言ってもらえると私も嬉しいよ。ソルさんありがとう。皆さんこれからもユティのことよろしく頼みます」


「はい、お義父さん。ユティは僕には出来たお嫁さんです。これから2人で頑張っていきますのでよろしくお願いします」


 うわー、ジュト兄緊張しすぎだよ。これを言おうとしてずっと考えていたのかな。でもこの言葉って、


「わはは、ジュト君、その言葉は結婚式の時に聞いているよ。別に取って食おうとしているわけじゃないから気楽にしてくれていいよ」


 そういいバズランさんは、すでに空になっているジュト兄の器にカルミルを継ぎ足している。


「ごめんなさいお義父さん。緊張してしまって」


「私も妻の実家に行くときは緊張したもんだよ。親父さんいつも機嫌悪そうに見えてさ。でも俺はそんなことないだろ」


 そういいバズランさんはウインクして見せている。結構お茶目さんなのだろうか。


 そのあとはジュト兄の緊張もほぐれてきたのか、普通に話せるようになったみたいだ。


「君はユーリル君というのか、そうか北の方の干ばつで……それは苦労したね。私の村でも何人か来てもらったが、中には着の身着のままの人もいてね、かわいそうだったよ」


「その人たちはどうなりましたか」


「村の備蓄を貸し与えて当座をしのいでもらっているが、早く独り立ちしてもらいたいね」


 やはりどこの村も余裕はあまりないみたいだ。何かいい方法があったらいいんだけど。



 しばらく話をした後、川に架かる橋について聞いてみることにした。


「あの、父さんから、バーシの先の川に架かる橋は、カイン村のうちのご先祖様が作ったって聞いたんですが本当ですか」


「そうらしいね。私が聞いているのは、そこの川は雪解けの時は水かさが増えるんだが、その時期になると渡る方法がなくてね、物資の調達にも苦労していたそうなんだよ。

 その頃カイン村を作ったソルさんのご先祖の方がこの村に来てね、橋を作る方法教えてくれたということだよ。それ以来バーシでは橋の作り方と修繕の方法をなくさないようにみんなで守っているのさ」


「バズランさんは、ソルたちのご先祖様がどこからカイン村に来たのかをご存じではないですか?」


「さあ、詳しくは知らないね。タリュフさんの方が知っているんじゃないかな。ただ、早くに亡くなったって伝えられているよ。だからこの橋を守るのは私たちしかいないということで、みんな誇りを持ってやっているのさ」


 そういうことなんだ。父さんには聞かないといけないと思っているんだけど、なかなかその機会がなくてまだ聞けてない。


「バズランさんも橋の作り方とかわかるんですか」


「村には村長の家と他に3軒ほど橋の修繕をやる家があるね。それぞれの家は次の代に代わるときに、技術を継承することになっているから私もわかるよ。興味があるのかい」


「はい、さっき話した僕が働いていた隊商宿のある町の近くには川があったんですが、橋とか架かっていませんでした。あっても木を渡しただけとかで馬やラグダがやっと通れるくらいの物です。カインに来るときそこの川を渡ったんですが、あんなに立派な橋は見たことがありません」


「まだ日が落ちるまで時間があるし、せっかくなら見に行ってみるかい」


 バズランさんに誘われて、私とユーリルとジュト兄はバーシ橋のところまで行ってみることにした。ユティさんは夕食の準備の手伝いをしないといけないらしく、残念ながら居残りだ。明日橋を通るときに教えてあげよう。



 橋に近づき改めて見てみると、本当に立派な橋だと思う。

 河原に下りるところがあるということなので案内してもらい、橋を下の方から眺めてみる。


 横から見ると、橋の中央部分は少し盛り上がっているけど、急って感じにはなってない。中洲には橋脚があって岸側とその間はきれいなアーチを組んでいる。正直ここまでの橋はいらないんじゃないかと思うくらいのものだ。


「この橋は腐ったりしないんですか」


「木製だから傷むことはあるよ。その時はその部分を代えて補修するけど、そうじゃなくても30年に一度は全部架け替えるからね」


「え、全部架け替えるんですか」


「そうだよ。それくらいで寿命になるっていうのもあるんだけど、技術を残すためには必要なことだからね」


 これはすごい。本気で橋の技術を残そうとしているんだ。でもそれなら、この橋だけのためにそれを使うのはもったいない気がする。


「バズランさん、他の場所で橋を作ろうとは思わないんですか」


「俺の村の生活だけでも精いっぱいだから、他の所のために橋作ってやる余裕がないんだよな」


「もちろんただというわけではなくて、それなりの報酬はもらってからだと思います」


「しかしそうなると人手が、って人手はあるのか」


「はい、干ばつで逃れてきた人たちを使ってもいいと思いますし、橋の技術を持っている人たちの仕事を肩代わりしてもらってもいいと思います」


 技術の流出が困るのなら、避難民の人たちに畑仕事や放牧は任せて、橋の建設に力を注ぐこともできると思う。


「うーん、私だけでは決められんな、村の者たちとも話し合わないといけないだろう。しかし、橋を作ってもらいたいところとか、どうやって見つけるんだ」


「行商人の人たちに聞くのがいいと思います」


 行商人なら、ここに橋があったら迂回しなくていいと言う場所を知っているはずだ。


「なるほど、それならリュザールの奴に聞いてみるか」


 リュザールさんは確かバーシを拠点にしていた隊商のリーダーさんで、今度コルカでカスム兄さんに紹介してもらう予定の人だ。そういえば出発が遅れたから会えないかもしれないな。



 そのあとも橋を見せてもらい、そろそろ夕食の時間になるということで帰路につくことになった。


 帰り道の馬の上でユーリルはニヤニヤしている。


「何ニヤニヤしてるの」


「国づくり順調だね」


「そういうんじゃないから」


「僕協力するから、ソルの思い通りにやってみたらいいよ」


「もう」


 協力はしてもらうけど、国づくりまでは責任持てないよ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「ユーリルです」

「「いつもお読みいただきありがとうございます」」


「この章はユーリルがメインでお話が進みました。それで、ユーリル。感想とかはないの?」

「ねえ、この章って本当に僕が主役だったの? 見た人の記憶で残っているのは、僕は年上が好きってことしかないような気がするけど」

「作者の人が言いたかったのはユーリルは頼りになるということと、年上好きってことみたいだよ……」

「うわーん、その二択だったら年上好きしか覚えてもらえないじゃないかー」

「まあまあ、いいじゃない。覚えてもらうのは大事だよ。さてと次の章からリュザールがお話に加わってきます」

「リュザールって隊商の人? カスムさんのいるところのかしらだよね」

「うん、そうだと思う」

「どう物語に絡んでくるんだろう」

「さあ、わからないけど、次章から新展開のようです。皆さんお楽しみに」

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