第25話 コルカ3日目

 翌朝、コルカで目覚めた私は朝食をみんなで食べた後、診察の準備を始める。


 昨日までは準備中にも関わらず多くの人が来ていたが、今日はまばらだ。父さんが言った通り、途中で外に出ることができるかもしれない。

 昨日父さんとセムトおじさんとの話し合いで、診察は今日までで終え、明日は休憩とカイン村に帰る支度をする日にあて、そして明後日にコルカを出発することが決まった。




 数人の診察が終わったところで、父さんが出かけるなら出かけてもいいよと言ってくれた。それならしばらく出かけたいと父さん達に伝え、アラルクを探しに行くと、初日と同じように外で薪を割っていた。


「ねえ、アラルク。父さんが出かけてもいいっていうからパルフィのところ行きたいんだけど」


「ちょっと待ってて、ここにある薪割ってしまうから。女の子1人だと危ないから一緒に行こうね」


 積んである薪が手ごろな大きさに割られていく、斧でたたき割るのではなくて鉈をあてコンコンと地面に叩いていくように割る方法だ。たくさんあった薪もすぐになくなってしまった。なかなかのもんだ。


「アラルク手際がいいね」


「いや、力が強いだけが取り柄だから」


 カイン村では私も薪を割るから、力任せではだめなことぐらい知っている。アラルクは力だけでなく要領もいいのかもしれない。


 割り終えた薪は二人でかまど近くの薪置き場まで運び、そのままパルフィの工房まで向かった。





 この前と同じように入り口が開けてある工房の中に入ると、パルフィとおじいさんは作業中のようだ。


 ガキン! ガキン!


「パルフィ、ちょっといい!」


「お、ソルじゃん! じいちゃんを診てくれたんだろありがとな!」


 パルフィは手元の部品を調整する途中のようで、私たちの顔を見た後もそのまま作業を続けている。


 ガキン! ガキン!


「診たのは父さんで、私は薬を出してあげただけだよ! おじいさん、その後はいかがですか!」


「おー、ソルさんか、薬があるからもう安心だよ!」


「よかった、今度は切らさないように気を付けてくださいね!」


 ガキン! ガキン!


「えーと、これをこうして……よし、終わった。それじゃ、じいちゃんちょっと話してくるけど構わないか!」


「ああ、行っといで!」


 ガキン! ガキン!




 パルフィは、私とアラルクを工房の外の木陰のところまで連れて行った。


「あそこじゃうるさくて話せねえからな。それにここは涼しいし」


 確かに工房の中はうるさいし、火を使っているからかなり暑い。


 木陰に腰を下ろし、三人で水を飲みながら話し始める。


「それで、どうなった」


「カイン村で働くこと?」


 パルフィは頷いた。


「ほんとはパルフィがお父さんの了解を取ってから、うちの父さんたちに話すつもりだったんだけど、この前おじいさんが診察に来たでしょ」


 うんとパルフィは頷く。


「その時によろしくって頼まれたから、先に父さんたちに聞いてみたんだ。そしたらパルフィのお父さんの了承があるなら構わないよって」


「くぅー、やっぱ親父を説得しないとだめかー」


「うん、女の子だから勝手には連れて行くことはできないって言われた」


「そうだよパルフィ。おじさんたちに無断で出てきちゃったら、俺おじさんに殺されちゃうよ」


 アラルクは本当に怯えた顔をしている。パルフィのお父さんはそんなに怖いのだろうか。


「パルフィのお父さんって怖い人なの」


「曲がったことをしなければ怒らないぜ。ただ、いつも鉄をたたいてるから力はかなり強くて、怒らせたら負けだな」


 要注意人物のようだ、怒らせないようにしないと。


「説得は大丈夫そう?」


「ああ、じいさんも説得に手伝ってくれるって言ってるから何とかなるだろう。もし、うんって言わなくても勝手に出て行ってやるから問題ないぜ」


 勝手に出てくるとか、それだけはやめてほしい。アラルクが本気で困った顔しているから。


「説得は任せるとして、作って貰いたいものがあるんだけど」


 私はそういい、荷車の車軸受けの部分を作れないか聞いてみた。


「木の棒の回転を妨げないようにすればいいんだな、大きさはどれくらいだ」


 私は竹下から連絡が来ていた大きさを手を使って表現し、パルフィは同じようにまねして大きさを確かめていた。


「中は空洞で厚さはこれくらいで……数はいくつ必要だ」


「4つお願いします」


「わかった。溶かして固めた鉄を叩いてから丸くしないといけないからな、しばらく時間がかかるぜ」


「直接丸い型で作ることはできないの?」


「そのままだと脆いからな。叩いて鍛えないといけないんだ。丸い型で作ると叩けなくなるからな」


 ん、結構面倒くさい作業なのかな。


「もしかして大変なことお願いしてるのかな」


「気にするな。あたいにとっても力試しになるから構わないぜ。迎えに来てくれるまでに作っとけばいいんだろ」


「うん、お願いします。それといくらぐらいかかるの」


「そうだな、1つにつき麦1袋、4つで4袋だな」


「そんなに安くでいいの?」


「構わないぜ、それに安いってわけでもないはず……」


 そういいパルフィは指を折り始めた。


「パルフィ材料費とか考えてる」


 アラルクが聞くと、忘れていたって顔して


「すまねぇ、1つにつき麦1袋半、4つで……アラルクいくらだ」


「6袋」


「6袋で頼むぜ」


「わかった、明日持ってくるね」


「前払いでいいのかい」


「うん、明日の方が都合がいいから」


 パルフィは計算が苦手のようだ。その点アラルクはすらすらと答えていたから計算も問題ないのだろう。


 それから、何か用意しておくものは? と尋ねたら。


「道具は慣れた物がいいからな、今使っているものを持っていくけど、炉はあっちで作らないといけねえな、その材料を頼むぜ」


 そういい、パルフィは炉の素材となるものを言い出した。


「ちょっと待って、よくわからないから書き留めるね」


 念のために持ってきていた羊皮紙と墨でパルフィの言う材料を書いていく。


「へえ、ソルは字が書けるんだ」


「うん、カイン村ではみんなに教えたりしてたよ。パルフィもやってみる」


「気が向いたらな」


「やりたくなったらいつでも言ってね。それでこの素材はこの町で手に入るの」


「ああ、運が良ければ市場で手に入ると思うぜ」


 帰りに市場にいるおじさんに尋ねてみよう。


「あとは何かない?」


「そうだな、親父の説得は何とかするから、いつ頃迎えに来てくれるんだ?」


「うーん、村へ出発するのは明後日だから、ここに来られるのは1か月後ぐらいになると思う」


「わかった、楽しみにしとくぜ」





 宿への帰り道、市場にいるおじさんに、パルフィから言われた材料について聞いてみた。


「この素材は村にあるね。でも、これとこれはここで探さないといけないな。いちに出てるか探しといてあげるよ」


 カインで採れるものについてはパルフィが来るまでに用意できればいいが、そのほかの物はいつも材料が揃うとは限らないので、市場で買えるものは買っておいた方がいいだろう。


 おじさんに、明日も買えるようなら買いに行くけど、今日までしかいないのなら押さえてもらうようにお願いして、宿に戻ることにした。


「アラルクは何か用意しておく物とかないの」


 宿への途中、アラルクに必要な物はないか聞いてみた。


「俺は寝る場所があればいいよ」


「そう、遠慮せずに何でも言ってね」


 元々物が少ないところだし、パルフィみたいに職人の場合は道具とかが必要なんだろうけど、アラルクのように護衛兼力要員の場合だと、体があればそれで充分であるのは間違いない。


 パルフィが剣を打てるなら、作ってあげたらいいんだろうか。もちろん、それが必要ない方がいいと思うけど。




 宿でアラルクにお礼を言い、診察している部屋へと向かった。

 部屋ではすでに診察している人はなく、父さんはのんびりしてるし、コルトは寝ているようだ。


「父さん遅くなりました」


「ソル、お帰り、その鍛冶屋さんとは話せたかい」


「パルフィね。ちゃんと話してきたよ。お父さんの説得は任せとけって言ってた」


「ははは、そうか、カインに来てくれるといいね」


「うん。それで、パルフィの寝る場所だけど、私たちと一緒でいい?」


「そうだな、ソルとコペルと一緒がいいと思うが、そうなるとテムスか。この旅の間は母さんと一緒に寝ているはずだが、帰ったらそうもいかないか」


 本来結婚前の男女が一緒に寝るのは望ましくない。これまでは私がいたからコペルと一緒の部屋でもよかったが、今回の旅の間は2人っきりにならないようにテムスは母さんと一緒に寝ている。

 パルフィが来たとしても、テムスが子供の間は大丈夫かもしれないが、大きくなってくるとそうはいかない。それに、女3人の中にテムス1人というのはかわいそうだと思っている。


「アラルクはユーリルと一緒の工房の部屋でいいと思うけど、家に部屋を作ってテムス1人にさせるのはまだ早いと思う」


 1人で夜トイレに行くのも危険だけど、何より1人で寝るのは寂しがるのではないだろうか。


「よし、帰ったらテムスにユーリルたちと一緒でいいか聞いてみるか」


 テムスはユーリルとも仲がいいから大丈夫だろう。今度竹下にも聞いておこう。


「そして父さん、お願いがあるんだけど、荷車用の部品をパルフィに頼んだんだ、その部品代として麦6袋とパルフィの工房の資材代を貸してもらえるかな。資材は今おじさんに探してもらっている」


「ああ、ちゃんと返すんだよ。そこの診察の報酬から持っていきなさい。いずれにしろこれだけ全部運ぶことはできないからね」


 部屋の片隅にはここ数日の診察で得た、かなりの量の麦が積まれている。到底これだけの量を一度にカインに持ち帰ることはできない。それこそ荷馬車が必要だ。

 そこで明日はこの麦を村で必要な物資に変える作業をする。麦を塩や砂糖、石灰などと交換して嵩を減らし、父さん、私、コルトの馬3頭で運べる量にする。

 そのため、行きは隊商の人たちと違って私たちは馬に乗ってくることができたが、帰りは荷物を目一杯載せるので乗ることができない。カイン村までの7日間は歩きっぱなしになる。

 荷馬車ができて、お金が普及したら、こんな苦労はしなくて済むんだろうけどね。





「おじさんお帰りなさい。それでどうでした?」


 夕方、井戸のところで夕食の準備をしていると、おじさんたちが見えたので尋ねてみた。


「ただいま、ソル。その材料ならあったよ。明日もまだ市にいるそうだから一緒に行ってみよう」


 これとカインにあるという材料があれば、鍛冶で使う炉が作ることができる。パルフィが来ても仕事がないということは避けられそうだ。




 そして今日もプロフを作っている。台所には人数分の米が用意してあった。

 おじさんによると、カインでもこの料理を広めたいらしく、試食用の米はもちろん種籾まで仕入れるらしい。


 ……うーん、カインの気候で米は育つのかな。冬はめちゃくちゃ寒いが、夏はかなり暑い。確か米は北海道でも作られているから、夏が寒くなかったら大丈夫だったっけ、ならいけるのか。そういえば昔、冷害でコメ不足があったって聞いたことがある。天候によってはだめなのかもしれない。


 おじさんにそれとなく言っておこう。


「米は寒さに弱いかもって? あー、それは聞いてるよ。今回はどのあたりまで育つか調べたいからカインとバーシで頼んで作って貰うつもりなんだ。カインがだめでもバーシで大丈夫なら何とかなるからね。

 ソルのプロフがかなり美味しかったから、これからはきっと米が必要になる。今のうちから準備しとかないと、後々困ることになるからね」


 荷馬車がないここでは、穀物などの嵩張かさばって安いものは交易には向かない。普段の食べ物に関してはその地方で賄えるものを使うのが原則。

 だから、米を使ったプロフをいつでも食べたいのなら、自分たちで作れるようになっておきなさいということだね。

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