第24話 竹下剛とユーリル
「ソル! 俺、ユーリルだった!」
思考停止とはこのことだ、竹下は行けなかったものだと思って、行けた時のことを考えてなかった。
「ソル、じゃない立花、何固まってんの。俺ちゃんとテラに行けて、あちらではユーリルだったよ。ソルのことも分かったよ。僕と同じくらいの背で、茶色い瞳で茶色の髪を後ろで束ねているでしょ」
「ご、ごめん。ちょっと待って頭整理するから」
昨日テラのこと話したときに、工房に新しい人を雇った話はしたけど、ユーリルの名前は言ってないはずだ。ソルの容姿にしても伝えていないと思う。本当なのだろうか。
「びっくりして、急には信じられなくて。僕が証明できないって言っててあれだけど、何か証明できるものってあるかな」
「仕方ないか。ソルと会えてたならよかったんだけど、コルカに行っていたからね。……これならどうだろ。紙とペン貸して」
竹下に紙とペンを渡すと、あちらの言葉で話しながらそれを紙に書いていった。
『僕はユーリルです。ソル、こちらでもよろしく』
僕も嬉しくなって向こうの言葉で答える。
『うん、よろしく! ユーリル』
「それで、どんな感じだったの」
いつもより早めに朝食を終え、部屋に戻ってテラので様子を聞くことにした。
「朝、目が覚めたらレンガ造りの部屋の中に1人でいて、その瞬間、あ、竹下剛だってことを思い出した感じだった」
「思い出した?」
「何といえばいいんだろう、別に忘れていたわけではないんだけど、ユーリルの中で地球での記憶が蘇っていったって言えばいいのかな。見えなかったものが急に見えるようになったとか。知らなかったことがわかるとか」
「気分が悪くなるようなことはなかったの」
「うーん、それはなかった。ただ、ソルが言ってた荷馬車は、テレビで見たことのある荷物を積む馬車のことかって思った」
「ははは、そうそれ、荷物を運ぶのに便利になると思って」
「そうだよね、隊商も馬やラクダに荷物をくくり付けて運ぶから、あまり運べないんだよね。でも荷馬車では川は渡れないよ」
「バーシの所の川は橋が架かっていたから大丈夫だけど、そのほかは迂回するか乗せ換えるかしないと難しいみたい」
「カイン村に行くときにバーシの橋通ったけど、あんなの見たことないよ。僕が住んでたところにも昔は川が流れていたけど、橋なんてなかったよ」
「途中から僕になってるのわかってる?」
「あっ!」
本当は僕って話すのが地で、俺って話すのはかっこよく思われると思って言ってたらしい。急に変えるのおかしいからこちらでは俺で通すそうだ。
「話を戻すとソルが今やってるのは、糸車作って、綿花を育てて、荷馬車作って、それから生糸も作りたいってことだよね。桑の林の繭はそういうことだろ」
「うん、交易が発達すれば生活水準も上がると思って。それよりも生糸ってよくわかったね、ってお前の家呉服屋だった」
「そうだよ、この前
「うん、記憶しか持っていけないから覚えておこうと思って」
「記憶だけか……。物を持っていけないのはきついよな。それで、記憶を頼りにいろいろな交易品を作ろうとしてるんだ。でも、交易するなら物々交換は厳しいんじゃないの?」
「そう思うんだけど、ちゃんとしたお金がないよ。国があれば発行してもらえばいいんだろうけど」
おじさんにも聞いたことあるけど、時折作られる貨幣も価値や品質が一定じゃないらしく危なくて使えないようだ。
「それじゃあ自分たちで作るしかないじゃん」
「セムトおじさんが言っていたんだけど、物々交換が不便で誰かが貨幣を作ることがあっても、結局それの価値が信用できないから誰も使わなくなる。だから、僕は国が作って貨幣の価値の保証をしないといけないと思っているんだけど」
「国が作らなくても、価値が一定ならいいんでしょ」
そういえばそうだ、その貨幣の価値が確保できるなら国である必要はない。
「そうなると貨幣、お金の価値を担保しないといけないけど、金とかは無理だよ」
貨幣について図書館で見たことがある。確か金本位制とかは貨幣と金の価値を保証して発行してたはずだ。ただ、テラにも金はあると思うけど、あまり見ないから集めるのに苦労すると思う。
「金は今じゃなくてもいいと思う、まずは麦でいいじゃん」
「麦……そうか! 麦なら物々交換の時も基本に考えてるからみんな分かりやすい」
確かに、いきなり金に変えられるから安心して使ってと言っても必要ないと言われて終わりだ。それよりも麦と確実に交換できますって言った方が安心してもらえるかもしれない。
「そう、麦と交換できるお金の素材の質と量を変えずに作ればいいと思う。ケチったらだめ」
なるほど、そうなると麦に見合うものになるけど。
「後は素材だよな。使いやすい形は硬貨、コインだと思う。……日本の硬貨は銅に亜鉛、スズ、ニッケルの合金か、この中で俺が隊商宿で見たことあるのは銅とスズかな。ニッケルはわからない、似たような色の金属は見たことある気がするけど、あちらでなんて言うんだろう」
竹下はスマホで検索しながら話している。隊商宿では隊商が運んでいた商品も見せてもらっていたのだろう。
「他にはどんな金属を見たことがあったの」
「わかるのは金、銀、鉄、鉛とかかな」
「金もあるの」
「一度だけ見せてもらった。量は少なかったけど、すっごく厳重に運んでたよ」
「金もあるんだ。それはそれとして、麦に見合う素材はやっぱり銅がメインになるのかな」
「うん、銅は結構運んでるようだったから集まると思うし、そこまで高くなかったはず。銅貨何枚かで麦1袋ぐらいになるんじゃないかな。銀も少しはあったから高額なものは銀貨にしたらいいと思う。それよりも銅や銀を集めても加工する人が必要だよ」
「あ、それなら鍛冶屋さんが来てくれる予定になってる」
「本当? 鍛冶屋なら加工もできるか。……やっぱり
「ううん、女の子」
「え! どんな子?」
「パルフィって言って背はソルより少し高くて、黒い瞳に黒い髪を後ろでまとめてる、きれいな人だったよ」
「後ろでまとめてるって、ソルと同じように?」
「うん、同じようにしてた」
「それでいくつぐらい?」
「アラルクと幼馴染と言ってたから2つ上ぐらいかな」
「2つ上!」
竹下のやつ、年齢を聞いてニヤニヤしてる。紗知さんの時も思ったが、もしやこいつ……
「竹下、お前もしかして年上好き?」
「うん、そうだよ。ソルも可愛いんだけどなあ。残念ながら範囲外なんだ、ごめんね」
「なんで振られたようになってんの、地味にショックなんだけど」
「あれー、もしかしてユーリルのこと好きだったりする?」
「いや、そういう感情はよくわからない。男との恋愛はハードルが高い気がする」
「そうだよなー。立花は男だもんな。でも、そのうちソルにいい人があらわれるかもよ」
「それでも男となると躊躇してしまうと思う」
「昨日俺言ったじゃん。2つの人生楽しめるって、お前もこっちとあっちの人生楽しまないと損だよ。せっかくなんだからさ」
目からウロコだった。
地球の僕とテラの私、別々の人間なのに同じようにしないといけないと思っていたのかも、こっちで恋してもあっちで恋してもそれが当たり前なんだ。
「それでさ、そのパルフィさんに彼氏さんいるのかな?」
感傷的になる暇もない。本当にこいつ真面目なユーリルと一緒の人格なのかな。
「うーんどうだろう。アラルクと話してる感じでは、恋人って風にも見えなかったけど」
「さっきから出てくるアラルクって隊商宿の?」
「うん、そう。そしてアラルクもカインに来てくれることになってる」
「確か、体がかなり大きかったよね。宿にいる間、俺とコペルのこと気にかけてくれていたんだよ。来てくれるなら助かる。ユーリルは、力が弱くて困っていたんだ」
ユーリルはソルと変わらない背格好だし、ガタイもいいとは言えない。どちらかと言えば秀才キャラって感じだから、力仕事には向いてない。
「それよりもパルフィさんってどんな感じの人?」
こいつほんとにブレないな。
「一言でいうと姉御って感じ」
「姉御って、『てめーら、あたいについてこい!』って感じ?」
「うん、まさにそんな感じ」
うっわー……竹下のニヤニヤがとまりそうにない。
それからしばらくいろいろと話をして、竹下は家に帰るということなので
「
「わかった、連絡する。それよりも今日寝てちゃんとテラで起きれるかが心配」
あー、今日だけ行けたという可能性もあるのか。でも、そうなるとユーリルの反応はどうなるんだろう。一度繋がったら切り離せないような気がするんだけど。
とりあえず、明日連絡くれるということなのでそれを待つことにした。
夜になると竹下からメールが届いた。
内容は、さっき言い忘れたけど、明日パルフィに会うなら荷車の車軸受けを作れるか聞いといてくれ、もし作れるならカインに来るときにもってきてほしいというものだった。
車軸受けは車軸の木と荷台を支える部分で、木製の場合だと回転しているうちに擦り切れてしまう心配があるらしい。
これからはテラでは数日かかる距離も、地球を介せばあっという間に伝達できるんだな。もちろん、竹下が明日もユーリルに切り替わることが前提だけどね。まあ、大丈夫じゃないかな。
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あとがきです。
「ソルです」
「ユーリルです」
「「皆さんいつもご覧いただきありがとうございます」」
「で、どんな感じ?」
「どんな感じと言われても、ああ、そうなんだって感じ。それよりもソルと樹が一緒だなんてびっくりだよ。そっちこそ男と女ってどうなのよ?」
「どうって、生まれた時からそうだから何とも思わないけど」
「それでか、同級生が持ってきたエッチな本見ても反応薄かったのは見慣れていたせいか」
「見慣れてたって言っても、自分の体見てもエッチな気分にはならないよ」
「他の人ならどうなの?」
「他の人も見てもふーんて感じ……」
「……そんなんで結婚できるの?」
「うう、わかんない」
「ソルにも樹にもいい人現れるよ。さあ最後に締めの挨拶しておかないと」
「「皆さん次回もお楽しみに―!」」
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