第2章

第23話 お泊り会

 翌朝、こちらでは夏休みに入って数日が過ぎていた。


 屋上の鉢植えの綿花も花を咲かせているので、テラでもそろそろ咲いているかもしれない。


 今日はお昼に竹下がやって来る事になっている。

 この間頼まれた食事を食べさせる件が、うやむやにならずに竹下のたっての希望で実現してしまったのだ。自称グルメの口を唸らせることができるかどうかはさておき、誰かに食べてもらった方が張り合いはあるのは確かなので、いい経験になるだろう。


 何を食べさせるか悩んだけど、つい先日テラで作ったプロフの日本版を作ることにした。


 材料の肉は、こちらで新鮮な羊肉が手に入らないので牛肉で代用。

 野菜類の玉ねぎと人参はあるので問題ない。

 米はインディカ米ではなくてジャポニカ米だけど何とかなるだろう。

 日本の焼きめしやチャーハンは炊きあがった米、いわゆるご飯を具材と炒めて作るが、プロフは生の米と炒めた材料を一緒に煮て炊き込むので時間がかかる。

 竹下はお昼前に来ると言っていたから、少し早めに出来上がっても大丈夫だろう。



 1時間ちょっとの調理時間を見越して10時半から準備を始めた。


「お邪魔しまーす。お、ちゃんと料理してるね」


 時計を見ると時間はまだ11時。


「早いけど、どうしたの?」


「立花がほんとに料理できるのか確かめに来た。ほら、そこの野菜は一緒に炒めなくていいの?」


 今は肉を炒めた油で玉ねぎ、にんじんを炒めているところだ。横に切って置いてある野菜を見て聞いているのだろう。


「これは後から野菜炒めに使うから取ってるんだ」


「へえ、じゃあ、今はなに作っているの?」


「今はプロフというピラフの一種と野菜スープを作っている」


「プロフ? ……なんか本格的なんだけど、どっかで習ったの?」


「ううん、ネットとかで調べてかな」


「……ふーん、すげえな」


 地球でしっかりと料理するのは初めてかもしれない。やってみて思うけど、こちらで料理するのはほんとに楽だ。


 まずは水は蛇口を捻れば出てきて、火はガスコンロをつければ事足りる。井戸水を汲み上げる必要も、火打石でカチカチすることもない。調味料もスーパーに行けばいろんなものが並んでいて、食材も変わった物じゃなければ大抵は揃う。(羊肉がジンギスカン用の味付け肉しかなかったのが残念!)


 このことは当たり前のように思うけど、そうじゃないんだよな。感謝しないと。


 テラではほとんど決まった食材しかないし調味料も限られていて、大体は同じ料理に同じ味。それでもみんなは美味しいと言ってたくさん食べてくれるから、それはそれでうれしいんだけどね。



 お昼前に予定の料理が出来上がった。

 味付けはあえてあちらに合わせて薄味にしてみた。竹下はどう反応するかな。


「うわー、いい匂い。量もかなりあるんだけど、これで何人分なの?」


「お昼にお父さんとお母さんも食べるから4人分かな」


 といい、父と母の2人分をとりわけ、僕たちが食べる分を食卓に並べた。


「……これが2人分? それぞれ量が全然違うんだけど」


「こっちはたくさん食べると思うから倍の量にしている」


「まじ! 食べきれるかな……」


「余ったら余ったで夜食べるから、心配しなくていいよ。あ、もう食べても大丈夫だよ」


「え、おじさんたちを待たなくていいの?」


「今日は診察日で、父さんたちは午前の診療が終わってからしか食べないからね。患者さん次第でいつになるかわからないし」


「そっか、それじゃあ、いただきます!」


「いただきます!」


 お昼を前に二人で食事を始めた。


「うっわ、美味しい! マジでびっくりしてんだけど」


「ありがとう。普通にうれしい」


「味は薄いと思うけど、そのままでも全然いけるよ!」


 僕と竹下は、用意した料理を次々に食べていく。さすがは男子中学生が2人いると、普通なら4人分はあったはずの料理も30分ほどでなくなってしまった。


「作ってるの待っている間にネットで調べたんだけどさ、この料理って中央アジアあたりの料理だよね」


「そうだよ」


「さっき立花は、この料理の作り方はネットで調べたって言っていたけど、もしかしてかなり昔お前が言ってた、朝起きたら違うところにいるっていうのと関係あったりする?」


「えっ! そんなことあったっけ?」


 うっわー、竹下覚えていたのか……


「うん、俺は小さい頃お前の話を楽しく聞いてたんだけど、他の奴らが変なこと言ってるってバカにしたから、お前話すのやめちゃったじゃないか。でも、それ以降もたまに挙動はおかしいし、最近は特に他のことに気が行ってるのがわかるくらいになってたから、もしかしたら何か困ったことがあってるんじゃないかと思って心配してたんだ」


 ずっと気にかけてくれていたのか、知らなかった。こいつ不真面目なふりしているけど、結構優しいんだよな……


「…………どう話せばいいかわからないけど、とりあえずそろそろ父さんたちが来るかもしれないから、部屋に来てもらってもいいかな」


 僕たちは食事の後片づけをして、僕の部屋へ行くことにした。




「竹下はお茶が良かったよね」


「うん、炭酸はちょっと苦手」


 ペットボトルのお茶とそれぞれコップを持って部屋へと向かう。


 部屋についてしばらくどう話そうかと悩んでいると……


「話しにくかったらさ、無理に話さなくても大丈夫だから……」


 あー、この話題に触れてよかったのかって竹下の顔に書いてある。

 気を使ってくれているんだな……


 よし!


「これから話すことは証明のしようもないことだし、僕の夢や妄想なのかもしれない。それでもよかったら話すけどいいかな」


 竹下は黙って頷いてくれた。


「子供の頃に話したことがある通り、僕が夜寝て朝起きると違う世界にいる。いや違うな、違う世界の人間として目を覚ます」


 僕は竹下にこれまでのことを話し始めた。


 あちらの世界のことをテラと呼んでいて、その世界はおそらく地球と同じ地形をしている。

 テラではソルという女の子になっていて、住んでいるのはカイン村。カインは地球では中央アジアのフェルガナ盆地あたりだと思う。

 テラは文化があまり発達してなく、火をつけたり、水を汲んだり、荷物を運んだりという普通に生活するのがかなり大変。

 そしてソルはカインの医者と薬屋を兼ねた薬師の家に生まれていて、自分でも薬の調合をしていた。

 こちらで中学に入ってからはテラの生活をよくすることができないかと思って、いろいろ調べ、綿花の栽培ができそうだということが分かった。

 今は綿花だけでなく、糸車や荷馬車の製作に取り組んでいる。


 という感じでテラでの出来事を、かいつまんでだけど話してみた。


「小学生の頃、やたら薬草のこと調べてたのはそのせいか。薬局でも始めるつもりかと思ってたらほんとに薬作ってたんだ」


「信じてくれるの?」


「証明することもできないんでしょ、だったら無いことの証明もできないじゃん」


 よくわからない理由で信じてもらえたようだ。


「俺が何か手伝ってあげられることってないかな」


「わからない。でも話聞いてくれたり、相談に乗ってくれるだけでも助かるよ」


 自分一人では、やろうとしていることが正しいことなのかわからなくなる。その時に、話だけでも聞いてくれる人がいたらどんなに心強いだろう。


「なんでも頼ってくれ。……ん、ちょっと思いついたんだけど、寝て起きたらあちらの世界に行っているんでしょう。もし立花と一緒に寝たら、俺もテラに行くことってできないかな」


「え、それは無理だと思う。小学校の修学旅行の時には何人も同じ部屋にいたけど、あちらには僕しか行かなかったと思うよ」


「なるほど、一緒にいるだけじゃだめか……。よし、それじゃあ試しに手を繋いで寝てみよう。昼間寝ても行けるの?」


「昼寝したくらいじゃ行けない、朝まで寝ないと。手を繋いで……そういえば、向こうで弟と繋いで寝たことはあるけど、来てないと思う。確かに地球ではないけど、行けないんじゃないかな。それでも試してみる?」


「うーん、物は試しでやってみよう。今日泊まっても大丈夫?」


「うちは竹下の親の了解があればいいと思うけど、ほんとに泊まるの?」


「うん、泊まる。俺一度戻って母ちゃんに聞いてくる。立花もおじさんたちに聞いといて」


「うん」


 竹下は慌てて家に帰っていった。




 しばらくして竹下がお泊りセットを持ってやってきた。


「新しいパンツ持ってきた、ほら」


 わざわざ見せなくていいから!


 それから夜寝るまでの間、テラのことやこれからどうすればいいかなどたくさん話した。これまで一人で悩んでいたのがウソのように、心が軽くなった気がする。


 夜の11時を過ぎたので寝ようとすると


「もう寝るの」


「うん、テラでは朝日とともに起きるのが普通だから、こちらでもその習慣がついちゃって」


「確かに立花って朝起きるの早いよね。わかった、じゃあ手を繋いで寝よう」


「もう一度聞くけど、もしあちらに行くことができたなら、毎朝行ったり来たりすることになるけど大丈夫? 後悔しない?」


「まったく問題ない。だって2つの人生、一緒に楽しめるんでしょう」


 そう考えたことなかったけど、そういえばそうなるのか。プラス思考の竹下が一緒ならもっと楽しいかもしれないな。


 僕の部屋はタタミの部屋なので、布団を2つ並べれば手を繋いで寝ることは問題なくできる。ベッドなら段差ができて難しいところだった。


 布団に入り二人で手を繋ぐ。男同士でなんか変な感じだけど、これで竹下が納得するなら仕方がないかな、これからいろいろと相談に乗ってくれそうだしね。




 ……スースーと竹下の寝息が聞こえてきたような気がする。手にぬくもりを感じながら、僕も眠りについていた。





 翌朝、朝日ともに目が覚める。右手を見てみるが当然誰の手も握っていない。


 隊商宿の大部屋の中で、絨毯で区切られたところに父さんと一緒にいる。さすがに父さんが竹下だったということはないだろう。……な、無いよね、もし父さんだったら、これからどう接していったらいいかわからないよ。


 しばらくして起きてきた父さんは、いつもと変わらない様子だった。でも、『おはよう、ソル』という、第一声を聞くまでドキドキだったのは仕方がないことだと思う。


 それにしても竹下はテラに来たんだろうか。コルカの町にいると伝えているので、来られるところにいたら来ると思うけど……




 コルカ3日目の診察も昨日と同様に朝からかなりの人が来ていた。


 コルトの受付も手慣れたもので、診察まで時間がかかりそうならしばらくしてから来るように伝えたり、急病人ならみんなに一言断って優先的に父さんのところに連れて行ったりしている。

 私は私で、父さんから言われた薬を準備したり、足りなくなったらおじさんたちに頼んで市場で仕入れてもらった薬草をすりつぶしたりして薬を作ったりしていたら、あっという間に夕方になってしまった。ただ、夕方頃には少し余裕ができていたので、父さんが言った通り、明日には外に出る時間も取れるのだろう。



 そういえば竹下のことはすっかり忘れていたが、どうだったのかな、やっぱり来ることができなかったのかな。地球で目を覚ましたら慰めてやらなくちゃ。



 夜はいつものようにみんなの分の料理を作る。


 昨日作ったプロフが好評のようで、今日も作ってほしいと米をおじさんもクトゥさんも準備してきた。2回目、いや都合3回目のプロフの調理はうまくいき、時間も少し短縮できたようだ。


 食事の時にアラルクと話したけど、カイン村行きについての話はクトゥさんと進んでいるようで、お兄さんが帰ってきたらいつでもいいということになったらしい。早速迎え入れる準備をしないといけないなと思っていて、ふと馬の余裕がないのを思い出した。アラルクに馬がないけど大丈夫かと聞いたら、歩くから平気だということだった。工房の馬があればいいのだけど、今はまだ余裕がないので、しばらくは辛抱しないといけないだろう。


 その日の夜は、竹下をどうやって慰めようかなと考えているうちに眠っていた。




 翌朝、朝日とともに目が覚める。カーテンの隙間からこぼれる太陽の光は、今日も暑くなりそうだと思わせる。


 右手を見るとすでに手は離されていて、横の竹下はまだ寝ているようだ。


 竹下を起こさないように注意しながら布団を片付けていると、隣の竹下が急に起き上がってきてキョロキョロと辺りを見回している。


そして、僕を見て


「ソル! 俺、ユーリルだった!」


 寝耳に水とはまさにこのことだ。

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