第22話 診察開始

 宿に戻ると、すでに診察が始まっていた。

 受付には隊商からコルトが来ていて、名前と住んでいる場所を控えている。こうして次来た時に薬を渡すのに役立てるのだろう。


 父さんは、おそらく最初の患者さんのおばあさんの腰の様子を見ているようだ。


「おばあちゃん、こんにちは。父さんごめんなさい。遅くなりました。手伝うことはない?」


「お帰り、腰の貼り薬を出すから3か月分用意してくれないか」


「こんにちは。かわいいお嬢さんだね。娘さんかい」


「ええ、今回はこの子を手伝いに来させました」


 腰用の貼り薬は、薬草を粉末にして練り固めて乾燥させたもので、使うときは適量を水でゆるめて、布に塗り込み腰に当てて使う。地球で言うところのシップだ。

 3か月分ならおじさんたちの隊商が、一か月半から二か月に一度はコルカに来ているから、万一隊商の到着が遅れても多少の余裕がある量だ。

 言われた量を準備し、父さんに渡す。


「腰は前とあまり変わらんようだけど、骨がもろくなっているから無理しないように。薬は3か月分出しときますが、足りなくなったらセムトの隊商から買ってください」


「いつもすまないね。今度は薬を切らしてしまって大変だったよ。お代はいくらだい」


「3か月分だから麦1袋半です」


「腰が痛くて持ってきてないんだが、あとから家の者に持たせても構わないかい」


「構いませんよ、4、5日はいるからその間にお願いしますね」


 おばあさんは礼を言い帰っていき、受付では話を聞いていたコルトが控えているようだ。麦を持って来なかったときは貰いに行くのかもしれない。


 おばあさんが帰った後も次々に患者さんがやって来る。

 バーシの村では、村人自体が少なくてここまで忙しくなかったから、ユティ姉と遊ぶこともできたけど、ここはそれどころではなかった。並んでいる人を見て明日また来ると言って帰る人もいるし、本当に全員診るためには数日はかかりそうだ。



 昼過ぎから始まった今日の診察は、夕方ごろようやく終わった。

 最後の方は、コルトが明日以降来てくださいと言って、帰ってもらっていたのだ。



 私は夕食の準備をするためにかまどまで行くと、アラルクもそこにいた。


「あ、ソル。食事の準備? セムトさんたちが食材そこに置いていっているよ。今日は、大変そうだったけど大丈夫?」


「うん、大変だった。こんなに来るとは思って無かったよ。食事の方は何とか頑張る」


「俺が手伝えればいいんだけど、作ってもあまりおいしくないからごめんね」


「ん? じゃあ、なんでかまどにいるの」


「今日の食事当番は俺なんで、親父と2人分作ろうと思って」


 なんでもアラルクのところはお母さんを早くに亡くしているらしく、食事は兄弟と親父さんとの交代でやっているらしい。


「2人分なら一緒に作るよ。そこの材料使っていいの?」


「ほんと! 助かる。いくらやってもうまくならなくて食事の時が億劫で」


 ここでの料理は調味料があまり使えないから、野菜の切り方とか火の入れ方とかが重要な気がする。どうやればおいしくなるかとかは経験で覚えていくんだろうけど、センスがない人は難しいのかもしれない。私の場合はミサフィ母さんがしっかりと教えてくれたから、みんながおいしいと言ってくれるんだと思う。


 おじさんたちは今日は市場で食材を調達してきたんだろう、いつもより新鮮で目新しいものが置いてあった。


 あ、米がある。


 それなら地球で調べた時に出てきたプロフという料理を作ってみよう。地球のこの地方の料理だから、同じ食材が多いここでも合うはず。1時間ぐらいかかるけど、おじさんたちは食材だけ置いて行っているみたいで、まだ帰ってきてないようだし大丈夫だろう。


 ・玉ねぎはみじん切り、にんじんは千切り、羊肉は一口大より小さめにし、たっぷりの油で炒める。

 ・米は洗って水に浸しておく。

 ・野菜と肉が炒めあがったら水を入れしばらく煮る。

 ・煮あがったら米の水を切り、米を加えさらに煮る。

 ・米が煮えた後も弱火にしてさらに煮る。

 ・最後に混ぜて盛り付ければ出来上がり。


 味も問題ないようだ、肉と野菜のうまみも出ている。鍋さえ大きければ、大人数分も一気にできるから結構いいかもしれない。

 他の料理は、いつもの肉野菜炒めと肉と野菜のスープ。


 調理の間アラルクは感心しながら眺めていて、特にプロフは初めて見るらしくしきりに作り方を聞いていた。味見をさせたらおいしいと言って、みんなに教えていいかと聞かれたから構わないと伝えている。


 途中アラルクに聞いてみた。


「父さんたちに、アラルクとパルフィを雇うこと伝えても大丈夫」


「俺は大丈夫。でも、パルフィは親父さんに話してからじゃないとまずいはずだから待っててあげて」


「うん、わかった。アラルクのことだけ聞いてみる」


「頼むね」



 出来上がった料理はみんなが泊まる大部屋へと運ぶ。

 今日の夕食はいつもの隊商の面々と、クトゥさんにアラルクも一緒だ。おじさんたちは少し前に帰ってきていて、ちょうど荷解きが終わったところだった。アラルクに連れてこられてクトゥさんは恐縮していたけど、作る手間はそんなに変わらないから気にしないでくださいね。


 やはりプロフは初めて見るらしく、みんな興味津々だ。

 おじさんによると米はこのあたりには最近出回ってきたらしいが、炊いて食べる方法しか知らないのであまり普及してないみたい。こちらの米は地球ではインディカ米と言われる物に似ているから、炊いただけならぱさぱさした感じがするのだろう。



 みんなに食べてもらったプロフの評判はなかなかのものだった。


 みんながみんな、美味しかった、また作ってくれって言ってくれたし、特にクトゥさんはこんなおいしい物は久しぶりだと言って大絶賛していた。


 うわー、それにしてもアラルクたくさん食べるなー。体が大きいから食べるだろうとは思っていたけど、なかなかの食べっぷり。足りるかどうか冷や冷やしてしまったよ。食事も大体終わり、あとはアラルクとコルトで残りを食べてしまいそうだ。


 父さんとおじさんのところに行ってアラルクについて聞いてみる。


「父さん、アラルクのことだけど、工房で働きたいと言われた。アラルクの準備ができたら来てもらっていいかな」


「ソルがいいと思うならそうすればいいと思うが、兄さんはどう思います」


「アラルクか、仕事先を探さなくてはならないとは聞いていたけど、北の難民が来てるからなかなか見つからないんだろうね。彼は剣の練習もしていてね、この前の盗賊退治の時も功績をあげたらしいよ。来てもらってもいいんじゃないかな」


「ほお、剣を。これからはアラルクのような人材が必要かもしれないね。父さんも賛成だよ」


「うん、ありがとう、アラルクに伝えてくるね」


 アラルクは剣を使えるのか、父さんは私が剣を使う必要が出てくると思っているのかな。そんなことない方がいいけど、ここには警察とかもないからな、自分の身は自分で守らないといけない。でも女の私では太刀打ちできないから、誰かそばにいた方がいいということなんだろう。



 アラルクは最後に残ったスープを器に盛っていて、コルトは満足そうに横たわっている。


「アラルク、どうだった」


「こんな美味しい料理食べたの久しぶりだよ」


「どういたしまして。それでね、もう1つお知らせがあるの。父さんたちの了解が取れたから、そちらの準備ができたらカイン村に来てほしいんだ」


「ほんと! わかった。父さんにも話しておきたいから一緒に来てくれる」


 クトゥさんは食事が終わって、おじさんと話をしていた。


「父さん。俺、兄さんが帰ってきたらカイン村に行くからね」


 クトゥさんたったそれだけの説明でわかるのかなって思ってたら、やっぱり何言ってるんだこいつって顔している。


「すまんねクトゥ。私から説明するよ」


 そういいおじさんがクトゥさんに補足をしてくれた。


「それっていうと、ソルさんが考えたものを作る工房がカインにあって、こいつがそこで働くということですかい」


「私たちはそうしてもらいたいと思っているよ」


「そいつはありがたい話ですが、一体全体こいつに務まるんですか」


「クトゥさん、アラルクは工房に必要です。是非お願いします」


「父さんお願い。俺、頑張るからさ」


「こちらは構わねえんですが、大飯くらいで力が強いだけの木偶でくぼうですぜ」


 アラルクの力が強く、剣も使えるのは魅力だけど、それ以上に人懐っこい性格は武器になると思う。


「アラルクの初対面の人にもすっと入っていける力は魅力的です。きっと工房のこれからにも必要になってくると思います」


「そういうことでしたらうちとしては願ったり叶ったりだ。アラルク、ご迷惑かけるんじゃねえぞ。わかったらすぐ準備しやがれ」


 お、すぐにでもついてきそうな感じになった。


「いやいや、クトゥ、私たちも村での準備があるからすぐではないんだよ。一度戻って、迎えを寄越すからそれまで待ってもらうと助かるよ」


「そうですかい、すぐにでも行けるように準備だけはさせときます。ソルさん、うちのアラルクをよろしくお願いしやす」


「はい、クトゥさん。私も楽しみにしてます」


「それと、ソルさんに1つお願いがあるんですが、ここにいる間、うちらの食事も一緒に作って貰えねえでしょうか」


 どんな条件かと思ったら、そんなことか、おじさんは笑っているし、アラルクもうんうん頷いている。


「2人分ですよね。いいですよ」


「材料の方はこちらでも準備しますんで。ほんと助かりやす、こいつの料理がまずくて困ってたんですよ」


「そういう父さんのも大概だからね」


 体が大きな男が2人で美味しくない食事を囲んでの食卓。ちょっとかわいそう。ここにいる間だけど、できるだけ美味しいのを作ってあげよう。



 翌日は朝からの診察とあって、多くの人が早くから訪れてきた。


 受付は今日も同じコルト。というか、今回コルトは隊商で行商するのではなく診療所の受付として同行している。そのため、コルトの報酬は隊商の分配金ではなく父さんから支払われる。

 コルトに報酬について不満はないか聞いてみると、私のおかげで割のいい仕事ができて助かっていると喜んでいた。

 というのは、受付の仕事は文字を書けることが必要で、誰でもはできない。そのため割高な報酬が払われていて、隊商の分配金よりもいいらしい。


 ちなみに、隊商で文字が書けるのは、おじさんとコルトの2人だけ。


 コルトが文字を書けるのは、私がみんなと遊ぶときに教えていたのを覚えたということだったが、そのころは書くことまでできなかったと思うので、隊商に入ってから覚えたのだろう。私のおかげと言っているけど、書けるように努力したのはコルトなんだから別に気にしなくていいのに。


 それと、父さんと私にコルトの3人の経費に関しては隊商が持つことになっている。それは次の行商の際には父さんの薬を商品にするので、今回はそのための必要経費という扱いなんだと思う。



 昼過ぎごろパルフィのおじいさんが来た。


 背は低いが、鍛冶屋さんらしく上半身はたくましく、見た目悪いところがあるようには見えない。聞いてみるとどうもリウマチらしく、薬を飲んでおかないと痛みが出るそうだ。そのため、薬が切れそうになって慌てていたらしく、間に合ったと喜んでいた。


 帰りがけにパルフィに会ったと伝えると、


「あんたがソルさんかい、パルフィから聞いているよ。あいつは最初のうちは私や息子を見て鍛冶屋の真似事をやってたんだが、それが面白くなって本格的に修行を始めたんだ。そうすると、結婚できないって息子はやめさせたがっているんだが、私は腕はいいから好きにさせたらいいと思ってる。だからあいつがソルさんのところで働くようになったらよろしく頼むよ」


 パルフィはおじいさんに話して、了解は取っているようだ。


「パルフィは私たちに必要です。来てもらえることを心待ちにしています」


 おじいさんは、私も息子の説得に協力するよと言って帰っていった。



 2日目が終わった。途中休みは貰っていたが、患者さんが途切れることはなかったのでかなりの人数を診ることができたと思う。父さんによると明日まではまだこんな感じで、4日目には少し落ち着くらしい。その時には時間をあげるから町を見て回ったらいいと言われている。


 またアラルクに頼んでパルフィのところに連れて行ってもらおう。


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あとがきです。

「ソルです」

「ユーリルです」

「「皆さんいつもご覧いただきありがとうございます」」


「ねえソル。この話でプロフって料理作ったじゃない。僕、隊商宿にいたけどそんなの聞いたことないよ」

「これはね、この物語の舞台になっている地球の中央アジアで有名な料理でね、きっとこっちの食材で作ったら美味しくできると思って作ってみたんだ」

「地球って何だろう……それで美味しくできたの?」

「うん、みんな喜んでくれたよ」

「いいなあ、僕も食べてみたい」

「今度作ってあげるね。あ、ご覧の皆さん、この話で私がお話の中心だった第一章が終わります。次回からはユーリルがお話に絡んできます」

「え、僕。なんで?」

「皆さんお楽しみにー」

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