第21話 コルカの市場と鍛冶屋さん

 市場が見えてきた。市場と言っても建物があるわけではなく、広場にそれぞれ持ち寄った商品を並べているいわゆる青空市場のようだ。野菜や麦などの穀物、絨毯や毛織物、ナイフや鎌に器類などの日用品、それに馬や羊などの家畜もいて、見た目も鮮やかでそしてかなり騒々しい。

 ちなみにこの世界には貨幣がないので、物の取引は物々交換で行う。そのため金額が記載された値札はついてなく、欲しいものに見合う何かを渡すことで取引が成立する。一見難しそうだけど、大体麦一袋が大人10日分の食料になるのでそれを基準に考えていくんだ。


 市場を西の端まで行ったとき、おじさんたちの隊商が商品を並べているのが見えた。コルカに到着したのが昼過ぎだったから、いい場所が取れなかったみたい。あとから聞いたら、今日は下見の意味合いが濃いらしく別にどこでもよかったらしい。


 おじさんたちが並べている商品は絨毯や毛織物が中心で、他の行商人の人たちとそう変わった物は置いてないけど、次からは糸車が並ぶのかもしれない。


「おじさん、ここだったんだ。父さんが準備できたって」


「やあ、ソル、わかった、町の人に伝えとくよ。アラルクもすまないね。ソルの護衛かい」


「ええ、まだ町が落ち着いてないので、女の子を一人にするわけにはいかないので」


「それはありがたいが、ソルはうちの大事な姪だからくれぐれも頼むよ」


「わ、わかっていますセムトさん」


 アラルクは大きな体を小さくしてる。おじさん心配性なのかな、こんな男っぽい女を誰も気にしないって……うぅ、なんか言ってて悲しくなってきたかも。





 おじさんへの伝言も済んだので、アラルクに鍛冶屋さんまで連れて行ってもらう。鍛冶屋さんは市場からほんとに近くて、数分歩いたところにあった。


 開け放たれた入り口から中に入ると、すごい熱気が押し寄せてきた。中では一人の小柄な男性が、ん、もしかしたら女性かな。真っ赤になった金属を一心不乱に叩いていた。


「パルフィ! じいさんは!」


「!!」


 び、びっくりしたー。アラルクったら隣でいきなり大きな声を出すんだもん。


「ん? なんだアラルクか。じいちゃんなら兄貴と一緒に東の村まで行ってるぜ。明日には帰るよ。って、かわいいお客さんを連れてるじゃねえか。ちょっと待っててくれ、もうすぐ終わるからよ!」


 パルフィさんか、話し方があれだけどやっぱり女性っていうか女の子だ。というか、話している間も金づちで叩いているよ、私なら間違って手をたたきそう。


「見させてもらっていいですか!」


 私も二人に負けないように大きな声で。聞こえたかな?


「お、元気いいな。いいぜ、近くに来たら危ないから気をつけてな!」


 カキン! カキン!


 パルフィさんはねっせられ赤くなった状態の金属を叩いている。たぶん日本刀とかで聞く金属をきたえるって作業だと思う。


 カキン! カキン!


 パルフィさんが叩くたびに金属の形が変わっていく……

 もう少し鈍い音がするのかと思ったけど、結構澄んだ音がするんだね。


 それから何度か金属を叩いた後『一丁上がり!』と声を上げ、パルフィさんはこちらにやって来た。


「お待たせ、あたいはパルフィそちらは?」


「ソルです。初めまして」


 握手した手は少しごつごつとした感じがする。

 パルフィさんってカインではあまり見ない感じなんだよね。背は私より少し高くて黒い髪を後ろで束ねている。特に珍しいのは目の色だ。黒いのは日本ではよく見るけどこちらではあまり見かけない。肌も少し濃い色で、目鼻立ちもくっきりとしているからエキゾチックな美女という表現が似合いそう。


「アラルクどうした、彼女かい」


 パルフィさんはアラルクの胸を小突きだした。


「ち、ちがうよ。薬師のお嬢さんだよ」


「薬師ってことは、タリュフさんの?」


 パルフィさんはこちらをじっと見てきた。やっぱり目の色がきれいだ。澄んでいて見ていると引き込まれそうな気がする。


「はい、タリュフの娘です」


「父さんから、じいさんにタリュフさんが着いたと教えてやれって言われて」


「薬切れそうって言ってたもんな。明日帰ってくるから伝えとくよ。しばらくいるんだろ」


「数日はいるかと思います」


「それよりもパルフィ。このソルはカイン村で工房をやっているそうだ」


「へえ、工房ってどんな?」


 何を作るかはまだ詳しくは話せないですけどと断ったうえで工房について話をした。


「なあ、ソル、その工房であたいを雇ってもらうわけにはいかないかい」


「あ、パルフィ抜け駆けは。俺もそう言おうと思っていたのに」


 えっ? と思ったが話を聞いてみると、アラルクは次男ですぐにでも家を出ないといけないけど、北から難民が来た影響で働ける場所の競争が激しくなっていて、いい場所が見つからず。パルフィはパルフィで鍛冶屋をやめて嫁に行けと父親から言われていても、鍛冶屋をやめたくないから、親から離れた場所で鍛冶を続けられる場所がないか探していたようだ。

 ちなみに二人は幼馴染で、たまに会っては働き口の情報交換をしていたみたい。


「パルフィさんは、金属を溶かして固めて思った形にすることはできますか」


「パルフィな。鋳造ちゅうぞうのことだろう、道具と型があれば大丈夫だ。まあ、道具や型はなくても作るから。要は材料さえあれば作れるぜ」


 パルフィがいれば、車軸や荷台の補強ができるかも。


「なあ、ソル、俺は無理かな」


 アラルクが身をよじりながら聞いてきた。上目遣いで可愛いんだけどさ、体が大きくてなんかおかしくなって吹き出しそうになるからやめてほしい。


「お二人とも来てもらえるのなら大歓迎です。でも父さんとセムトおじさんにも相談しないといけないので、少し待って貰えますか」


「あたいは雇ってくれるなら急がなくても構わねえよ。こっちも親を説得しなくちゃいけないからな」


「俺も雇ってくれるなら任せる」


 もう少し話を詰めたいけど、早く帰らないと父さんたちが待っているはずだ。


「ごめんなさい。もう行かなくちゃ。ここにいる間にまた来ますね」


「おう、待ってるからな。それとじいちゃんは、帰ったらすぐ行くと思うからよろしく頼むな」


 パルフィが来てくれると、作ってもらいたいものを作ってくれるかもしれないし、アラルクはユーリルが苦手そうな力仕事を頼めそう。工房に頼りになる人が増えそうというだけでもこの町に来たかいがあった。




「アラルクはいつ頃カインに来れそうなの」


 宿への帰り道、アラルクに尋ねる。


「兄貴が帰ってきてからだな。そうしないと親父が困る。パルフィのところも親父さんがうちの兄貴たちと一緒に北へ行っているから、帰ってきてからじゃないと話もできないはずだぜ」


「お兄さんたちはいつ頃帰って来る予定なの」


「あと半月はかかると思うんだよな。だから一か月後には俺もパルフィもいけるようになると思う」


「わかった、私たちはあと何日かでいったん帰らないといけないけど、またこっちに来れるように父さんたちと話しとくね」


 ここには、あと4、5日いる予定だと聞いている。それから出発してカインまで7日かかり、ここに戻るまで同じだけかかるのを考えると、カインには10日ほどしかいられないかもしれない。


 アラルクたちの迎えには私も一緒に行きたいんだよね。

 コルカに来るときに見かけた桑の林、そこで繭を作る昆虫を探してみたいと思っている。もし、見つけることができたらカインで育ててみたい。

 そしてそのときには、その繭を見たことがあるユーリルも一緒の方がいいと思う。でも、二人だけで泊りがけの旅は無理なので、誰かに来てもらわないといけない。ジュト兄なら父さんの説得がしやすいんだけど、来てくれないかな……

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