第10話 村人への説明会

 翌日、みんなで手分けして、村中むらじゅうの人たちに中央の広場に集まってくれるように頼んだ。


 村人はお昼前ぐらいから、絨毯や飲み物を持って思い思いに集まって来てくれた。


 テラには、地球でいうところの国というものはないみたいなので、上からの命令というものはない。村長である父さんも、この村を治めているわけではなく、みんなの意見を取りまとめる村の顔役という立場だ。そのため重要なことを決めるときは、みんなを集め話し合いをする。ただ、いつもは各家の長だけでやるので、今回のようにできるだけ多くの人を集めて話すのは、めったにない事のようだ。



 大体揃った頃を見計らって、父さんが話しだした。


「皆すまない。意見を聞かせてもらいたいことがあって、集まってもらった」


「タリュフさん。私たちまでってどういうことだい。何か面白いものでも見せてくれるのかい」


 村の奥様方もめったにないことに興味津々といった様子だ。


「まあ、まずはこれを見てほしい。ソル、皆に見せてやってくれ」


 私はそういわれ、糸車を持ってみんなに前に立った。


「これは糸車といって毛を紡ぐための道具です。今からやってみますので見ていてください」


 私は紡ぐ前の羊毛を糸車にからめ、糸車を回していく。するとみるみる羊毛にりがかかり、紡錘車ぼうすいしゃに巻き取られ、糸が出来上がる。


 当然それを見た女たちが、黙っているわけがない。


「ちょっと、ソル! それすごいじゃない。どうしたの!」


 みんな血相を変えて、前に集まってきた。

 え、ちょっと、あ、圧がすごい!


「ちょっと静かに! これはソルが考えて、ジュトが作ったものだ!」


 父さんが大きな声で答える。


「ジュト。私にも作って!」


「私も欲しい!」


 女たちから声が上がる。これは収拾がつかなくなりそう……


「みんな聞いてくれ! 申し訳ないが、ジュトも薬師の仕事があるから皆の分を作ることはできない!」


「「「あーあぁ」」」


 女たちから落胆の言葉がこぼれ、辺りは静かになる。


「そこで皆に聞いてもらいたい。コルカの北でひどい干ばつがあったのを知っている者もいると思う。そこの者たちは村を捨て、このあたりにも流れてきている。コルカには多くの者が押し寄せており、一部をうちの村でも引き受けてくれということだ。私はこの者たちに糸車を作ってもらえないかと考えている。もちろんお前たちの中でも作りたいものがいれば大歓迎だ」


「なあ、タリュフさん。その人たちを受けいれたら、この糸車というものを手に入れられるのかい」


「ああ、知っての通り村の者はすでに仕事を持っているから、仕事を頼んでも難しいだろう。でもその者たちは仕事を探している。それにこの糸車はみんなが欲しがるようなものだ。その者たちもきっと喜んで働いてくれるだろう。そこで皆に問いたい。村に新たな住人を受け入れても構わないだろうか」


 方々で話し合いの声が聞こえる。いくつかの質問も出る。


「糸車は助かるが、この村はそんなに大きくないからすぐに行き渡るんじゃないか。そのあとはどうするんだい」


「この糸車は、この村だけじゃなくて他の村でも欲しがる人が多いと思う。そこへ売りに行くこともできるはずだ。また、糸車以外にもその糸で織物を作る予定にもなっているようだ」


 糸車を作った後のことも、父さんたちに話していたのだ。


「どこに住まわせるつもりだい」


「できれば皆の家の近くに住まわせてもらいたい。遠くの地から来て心細いと思うから、近くの者で手助けして欲しい」


 そのほかいろいろな質問が出たが、最終的に10人ほど新しい村人の受け入れてみて、様子を見たいということで話し合いがついた。


「最後に糸車を作る工房の責任者を伝えようと思う。この工房はさっき話したように、糸車だけではなく織物なども作っていくようだ。このようだというのは、今後の計画について考えているのは私ではなくソルだ。だから私は、この工房の責任者をソルに任せたいと思っている」


「ふぇ」


 いきなりの父さんの発言に、思わず変な声が出てしまった。昨日そんな話は一言も出てなかったはずだ。


「確かに糸車をソルが考えたんだよな、きっと先のことも考えているんだろ」


「ソルならいろいろと気も付くからいいんじゃないか」


「ソルは文字も書けるし、計算もできるからいいと思う」


 なんだか反対意見が出ない。


「いや、父さ」


「というわけだ、ソル、頼んだよ」


 有無を言わさず決められてしまった。




 話し合いが済んだ翌日、セムトおじさんの隊商の人たちは、新しい住民を迎えるためにコルカへと向かった。おじさんは最短で半月ほどで帰ってくると言っていた。


 予想以上の展開についていけてはないけど、人が来ることが決まったからには、出来るだけ早く受け入れの準備をしなくてはならない。ユティ姉とテムスに薬草畑の世話をお願いし、私も工房の設置を始めることにした。何より村の奥様方からの期待がすごくて、あまり遅くなるのも悪い気がしたのだ。


 工房は村で一番東端の私の家のさらに東側に作ることにした。ここなら家の井戸が使えるのでわざわざ新しく井戸を掘る必要がない。

 工房はレンガ造りで、作業部屋2部屋と寝泊りできる部屋を1つの合計3部屋の予定だ。人が増えたら増築しなければならないけど、増築は場所さえあれば難しい事ではないので、今のところは最低限でということだ。

 建設するための人手は村人にお願いしており、手伝ってくれた人には優先的に糸車を渡すことになっている。


 ちなみにこのあたりの建物は、日干しレンガで作られている。日干しレンガは土に砂と藁を混ぜそれに消石灰を加えて粘土状にし、それを型枠で固めて数日干すことで出来上がる。出来た日干しレンガを組み上げ、消石灰に砂と水を混ぜた漆喰しっくいで塗り固めることで、雨が降っても大丈夫な建物になる。

 消石灰以外は村にあるし、消石灰は村に用意しているもので足りると言っていた。ただ、新しい住民が家を建てるときには、村にある残りの消石灰では足りなくなる。人が増えるということは必要な物資も増えるんだよね。

 村で揃えられるものはいいけど、村にないものは他のところから買わないといけない。そのためには行商人が必要で、行商人が運べる量にも限りがある。だから、村に人が増えたら行商人を増やさないといけないってセムトおじさんは言っていた。


 また、こちらには決まった貨幣というものがなく、原則物々交換だ。ただ、物々交換と言っても、基準になるものは決まっている。テラではそれが麦で、麦1袋(大人が10日食べる量)を基準として考えているみたい。

 麦が基準となっているので行商人は麦を運ぶことが多い。似たような価値の物を取引するときはいいんだけど、あまりにも違う価値の物の時は、馬で運べなくなるので工夫が必要だっておじさんは言っていた。どういう工夫かは教えてもらえなかったけど、苦労しているのは間違いないようだ。


 麦に代わる貨幣や、馬やラクダに代わる輸送手段があれば、おじさんたち行商の人たちも楽になると思うんだよね。

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