第9話 糸車の評判は

 空が白みだしてきた。木窓から漏れている日の光は、今日も暑くなることを予感させる。


 この時期このあたりでは、ほとんど雨が降ることがない。空気が乾燥しているので、暑くてもそこまで苦にならない。

 中間試験が終わり一週間ほど過ぎている地球では、すでに梅雨入りしていて蒸し蒸ししているのとは大違いだ。



 隣を見ると、テムスもすでに起きだしているみたい。


「おはようテムス」


 最近のテムスは率先していろいろと手伝ってくれるようになった。可愛い弟から頼もしい弟になってくれるのかな。


「おはようソル姉」


 いつものように馬の世話を終え、食事をしたあと、薬草畑に向かう。今日はユティ姉が、村の羊の毛の下処理に行っているので、テムスと2人での作業することになっている。


 畑に到着し、様子を見る。

 うん、綿花も順調だ問題ない。薬草畑はこの辺りでも少し標高が高いので、もしかしたら栽培できないかもと思っていたけど、今のところ大丈夫なように見える。水やりも乾燥させない程度でいいらしいので、しばらくは虫に注意していけばいいみたい。


「ソル姉、これって花が咲くの?」


 川から汲んできた水をまきながら、テムスが聞いてきた。


「うん、白っぽい花が咲くらしいよ」


「花が咲いたらどうなるの?」


「花がしぼんだ後に実ができて、そこから綿のかたまりが出てくるみたい」


「そうなんだ、綿ってこの前見せてくれたやつだよね。楽しみだね」


 テムスも興味があるのかな。これからも手が空いているときは手伝ってもらおう。



 昼前には薬草畑での作業が終わり、その足で森の薬草を採集して、家に戻ると夕方近くになっていた。

 家にはセムトおじさん、サチェおばさんにチャムさんが来ていて、女性陣は台所に集まっていた。


「ただいまー。おじさんいらっしゃい。コルカから戻ってたんですね」


 居間に顔を出し、テムスと2人で挨拶をする。確かおじさんはコルカまで行っていたはずだ。


「お帰り、ソル、テムス。今日戻ったとこだよ。家に帰ったら、落ち着く間もなくサチェとチャムに連れてこられてね」


 おばさんもチャムさんも、今日来る予定ではなかったはずだけど、何かあったのかな。


「ちょっと台所で聞いてくる。テムスは薬草を診療室まで運んでいて」


「わかった」


 居間の隣の台所に行くと、母さんとおばさんが料理をし、その様子をユティ姉とチャムさんが熱心に見ていた。


「ただいまー。おばさん、チャムさんいらっしゃい」


「お帰りソル。遅かったね」


「お帰り。お邪魔してるよ」


「今日おばさんたち来る予定でした?」


 その問いに答えてくれたのはユティ姉だ。


「今日ね、羊の毛の処理で村の女性が集まったでしょ」


 春に刈った羊の毛は、夏になる前に一度きれいに洗ったり干したりして、糸を紡げる状態まで下処理をする。この村ではこの下処理をそれぞれの家庭でやらずに、村全体で行う。その後所有している羊の頭数に応じて、処理された羊毛は分配される。

 そしてその分配された羊毛は、冬に外での作業ができないときに、糸として紡いで衣服や絨毯などに加工しているのだ。

 私の家でも十数頭の羊を飼っていて、普段は父さんの弟のグラムおじさんに頼んでいるので世話をする必要はないけど、羊毛の処理のためには人を出さないといけない。母さんは、今年はこの村に来たばかりのユティ姉に、「交流のために行っといで」と任せたようだ。


「その時に、隣にいたチャムさんが今度お嫁さんに行くっていうから、お互い料理の勉強をしたいねって話してたのよ。それをミサフィ母さんに話してみたら、早速サチェさんと話し合って、料理の勉強会することになったの」


「だから、ソルも早く片付けてきて、一緒に見てなさい」


「はーい」


 母さんにはこれまでも教えてもらっていたけど、確かサチェおばさんも料理が上手だと聞いたことがある。せっかくだから勉強させてもらおう。


 薬草を片付け、残りはテムスにお願いし、急いで台所に向かった。



 普段でも6人で食べている食事が今日は9人だ。食卓に並んだ料理の種類も量も半端ない。見ているだけでなく、手伝いもさせられたから、生徒側の3人も少しはうまくなったんじゃないかと思う。


「これすごいね、食べきれるのかな」


 テムスが言うのももっともだ。男子中学生の気持ちがわかる私でも、この量はさすがに無理だと思うもん。


「さすがに作りすぎちゃったかしら」


「ミサフィ、何とかなるわよ、若い子たちが頑張ってくれるから」


 頑張るべき若い子は、テムスはまだあまり食べないから、ジュト兄、ユティ姉、チャムさん、そして私か。食べきれるかな。



 ……さすがに無理だった。でも日持ちしないのは食べてしまったから十分だと思う。父さんたちも驚いていたし。


 食事が終わり、そのままみんなと居間でくつろいでいるときに思いついた。


「ねえ、ジュト兄。糸車ができそうだって言ってたけど、どんな感じ?」


「うん、大体はできている。あとは使ってみて、悪いところを調べたい」


「それじゃさ、今からみんなに使ってもらおうよ」


 そうだねと言って、ジュト兄は糸車を取りに行った。



 ジュト兄が作った糸車は、地球で見た糸車に近い形をしていた。私が羊皮紙に書いて説明したものから、よくここまで作り上げたものだと思う。


 早速使い方をみんなに見せてみた。



 紡錘車ぼうすいしゃの部分に羊毛を絡ませりを作っていく。そして大きな車輪に付いたハンドルを回すと、それに伴って紡錘車の部分も回り、さらに羊毛に撚りがかかり糸状になっていく。それを紡錘車の部分で巻き取っていけば、羊毛の糸が出来上がる。



 ほんの少し、この一連の流れを見ただけで、その場の女性たちから声がかかる。


「ちょっとソル、これはいったい何なの」


 私は手を止めずに、糸を紡ぎながら答える。


「これは糸車といって、糸を紡ぐことができる道具です」


「それは見てたらわかったわよ。どうしたら手に入るの、私でもできるの」


「これは私がジュト兄にお願いして作って貰いました。紡錘車で糸を紡いだことがある人なら使えると思います」


 そういって手を止め、おばさんに渡してみた。みんなも興味深く覗き込んでいる。おばさんは使い方を少し教えると、すぐにどんどんと糸を紡いでいく。


「これはすごいわ、簡単だわ」


 次に母さん、ユティ姉、チャムさんと糸車を使ってもらい、評判は上々のようだ。


「ねえソル、これを花嫁道具として持っていきたい。作って貰えないかしら」


 確かにチャムさんにはよくしてもらっていたから、作ってあげたいけど。


「チャムだけでなく私も欲しいわ」


 と、おばさん。


「みんなに作ってあげたいんですけど、私が作れなくて、ジュト兄に聞いてください」


 ジュト兄は、えっ! という表情をし、


「みんなの分は作れないよ。薬師の仕事もしないといけないから」


 この糸車も忙しい仕事の合間を縫って作ってくれているはずだ、これ以上お願いするのは無理かもしれない。


「ふむ、作り手がいればいいようだね。それなら少し考えがあるから聞いてくれるかい」


 これまでみんなの様子を見守っていたおじさんが話し出した。


「今回行商でコルカに行ってきたんだが、そこは、前にも増して北から逃げてきた人でいっぱいになっていてね。コルカの町役から、カイン村あたりでも何とかしてもらえないかって頼まれてきたんだよ。

 この糸車を見て思ったんだが、そんなにみんなが欲しがるのなら作って売ってみたらどうだろうか。そしてその作り手を、その人たちに任せたら一石二鳥になると思うのだがね」


 この前おじさんがコルカの北で水が枯れて、多くの人が難民となって、逃げてきているって言っていた。その人たちをカイン村に連れてきて、仕事をしてもらおうというわけだ。


「ミサフィやサチェさんの反応を見ただけでもわかるが、念のためみんなが欲しがるのか、村の者にも聞いてみることにしよう。そこで、欲しいという者が多いようならこの糸車を作る工房を作って働き手を雇う。その働き手は村の者でもいいし、他の村から来た者でもいい。ただ、他の村から来ることを良しとしない村人もいるかもしれないから、それについても納得してもらわないといけないな」


 父さんの言うことももっともだ、他人が入り込むのを嫌う人もいるはずだから、話をして意見を聞く必要がある。


「では早速、明日の昼に村人を中央の広場に集めて聞くことにしよう。できるだけ多く集まってくれるように頼んでくれ、みんな手伝ってくれるかな」


 急遽、糸車をお披露目することが決まった。



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あとがきです。

 ソルです。いつもお読みいただきありがとうございます。

 今日は一人なのかって? 樹なら忙しいからお休みだそうです。皆さんによろしくって言っていました。


 さて、今回みんなにお披露目した糸車ですが、地球でも登場したときには紡績(糸を紡ぐ)作業の手間がかなり軽減されたんだって、樹はそれを知ってテラに導入しようと思ってくれたんだと思う。

 サチェおばさんも言っていたけど、これを使うと簡単に糸が紡げるんだ、今までの作業が馬鹿らしくなるくらいにね。明日、村のみんなに糸車見せることになるけど、どんな反応するかな? 楽しみ。


 それでは、皆さん引き続き『おはようから始まる国づくり』お楽しみください。

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