第8話 中間試験

 セムトおじさんが村に戻ってきたのは、それから40日が過ぎた地球の暦では5月の後半に入った頃だった。


「やあソル、お待ちかねの綿と種を持ってきたよ」


 おじさんはそういって、袋の中から綿と種を取りだした。


「これでよかったかい?」


 地球で見た種と同じようだ。綿も問題ない。


「はい、これで間違いないと思います」


 これで綿花を育てることができる。時期的にも……、もう霜は降りないから大丈夫だろう。


「それでおじさん。これを手に入れるのって、大変だったんでじゃ……」


 口ごもっていると、おじさんが笑いながら答えてくれた。


「費用のことなら心配いらないよ。ソルから預かっていた薬と交換できたしね。それに綿の生地ができて、それをあきなわさせてもらえれば、すぐに元を取れるからね」




 翌日からユティ姉にも手伝ってもらって、綿花を植える準備を行う。


 綿花は弱アルカリ性の土がいいらしいが、こちらで土の成分を分析することなんてできない。その代わりにその土地に生えている植物の状態を見ることで、酸性度がわかるらしい。

 ネットで調べてみると、同じ畑で栽培している利尿用の薬草は酸性の土を好むようだ。ここではなかなか旺盛に育っている。ということは、おそらく土が酸性なので、綿花を植える予定の場所に灰を撒くことにする。

 持ってきた灰はかまどから集めたもので、アルカリ性が強いらしい。撒きすぎに注意しながら、表面にうっすらとかかるようにして二人で土をならしていく。すぐには土の状態は変わらないようなので、種まきはしばらく後にしないといけない。


 1週間の間、綿花の栽培予定地に、水を撒いたり土をならしたりしてきたので、そろそろ種まきをしてもいい頃合いだと思う。


 優紀さんに習った通りに種をまき、そのあと軽く土をかける。私のやり方を見て、手伝いに来てくれたユティ姉とテムスも同じように種をまいていく。肥料は多すぎてもいけないようなので、今回はやらずに様子を見ながら足していけばいいだろう。


 おじさんに用意してもらった種も、念のために少し残してある。失敗したらそれを使って来年もう一度チャレンジしようと思っているけど、できれば成功させて少しでも早く広めたい。

 父さんも栽培に成功したら、村人に収穫した綿と綿生地を見せて、来年から栽培をやってもらうつもりのようだ。栽培が広がったら、それぞれが綿生地を使った服や絨毯を作って、自分たちで使ったり交易に回すようになるから、きっと村の人たちの生活も今よりもよくなると思う。



 綿花は10日ほどで発芽するらしいので、あとは自然に任せることにして、今のうちに糸車を作ってみることにした。


 調べてみると日本の糸車は竹で作ることもあるらしいが、こちらでは竹を見たことがない。木で作るしかないが、私はあまり器用ではないので、木をうまく加工する自信がない。そこで、ジュト兄にお願いしたら、楽しそうだねと快く引き受けてくれた。ジュト兄は手先が器用で、山から切ってきた木を使って、これまでも馬の飼い葉桶や柄杓とかも作ったりしているのは知っていたけど、元々こういう作業自体が好きだとは知らなかった。


 優紀さんたちの畑で見た糸車の構造を、口で伝えようとしてもうまくいかない。地面に書いてもすぐ消えてしまう。仕方がないので、父さんにお願いして羊皮紙を1枚もらい、それに書くことにした。


 テラに地球で見るような紙は無いようで、書く必要があるときは羊皮紙を使う。我が家にある羊皮紙は羊の皮で作られているけど、作るのがかなりめんどくさい。在庫もあまりないと思う。ただ、普通の村では読み書きできる人は村長と一部の商人くらいだから、羊皮紙を使う機会もほとんどない。紙が発達していない理由はこれだと思う。


 とはいえ、実はこの村には読み書きできる人は多い。


 私が知っている中で書くことができるのは、私の周りでは父さんとジュト兄、セムトおじさんと私、それにテムスが少しできるくらい。ユティ姉も教えてほしいみたいなので、今度一緒に勉強しましょうねと言っている。

 そして村の子供たちの中にもラーレやチャムさんなどの、私と一緒に遊びながら文字を覚えた子供たちは読むことはできるし、書くことまで覚えた子供もいる。せっかくなら子供たち全員に、書くことまで覚えてほしい。紙が簡単に手に入るようになったら、みんなも練習しやすいんじゃないかな。


 もらった羊皮紙に大まかな絵を書き、それぞれの部品の大体の大きさを伝える。ジュト兄も私から聞いたことを書き込みながら、なんとか設計図のようなものが完成した。これで糸車が出来上がるかわからないけど、ジュト兄なら何とかしてくれそうな気がする。

 ジュト兄、頼りにしています。


 10日後、綿花の芽が出てきた。問題はなくてよかった。あとは様子を見ながら、優紀さんに相談しながらやっていくつもりだ。優紀さんには鉢植えで綿花を育てているってことにしているから、その相談ってことにしたら聞いてもおかしくないよね。






 いつものように夜明けとともに目が覚める。念のため目覚ましも掛けてはいるが、この時期に鳴ることはほとんどない。


 日課の散歩に行く前に、屋上へと登ってみた。そこには物干し台といくつかの鉢植えが並んでいる。

 1つの鉢植えの前に行き中を覗いてみると、小さな芽が出始めていた。こちらも問題なさそう。生育を合わせるために、ここでもテラと同じ日に綿花を植えてみたのだ。



 散歩を終え朝食も済ませ、通学の準備を行う。今日から中間試験が始まる。


 中学校は歩いて20分ほどのところにあり、坂道が多く自転車通学が難しいこの町では、遠くから通う人はバス通学をすることもできる。僕の家はどちらでも構わないところだが、バスに乗ることはほとんどない。


 学校までのいつもの通学路。いつものように声をかけられる。


「おっはよう立花。勉強してきたか?」


「おはよう。一夜漬けー。そういう竹下はどうなの?」


 竹下剛たけしたつよしは幼馴染で、小さい頃に僕がテラのことを話しても、バカにせず付き合ってくれた親友と言ってもいい存在だ。今年はクラスは違うけどよく一緒につるんでいる。


「まったくしていない」


威張いばんな!」


 いつも通りのやり取り。竹下はこう言いながら成績は悪くないどころか、学年でも上の方だからちゃんと勉強しているんだろう。


「ところでお前さ、市民図書館の前の店で、若いお姉さんと親しげにしてるのを見たって、女子が騒いでだぞ」


 市民図書館前ならあのお店のことかな。


「……紗知さんかな」


「紗知さんって山岡先生とこの?」


「うん、あそこでオーガニックコットンのお店をしてる」


 竹下も同じ町内なので去年の祭りには参加していた。一緒に山岡先生の家にも行ったことがあるので、当然紗知さんのことは知っている。


「コットンって確か綿のことだったよね? そんなのに興味あったっけ」


「ちょっとね」


「紗知さん目当て?」


「違う違う、綿花を育てる方法を聞いてるんだ」


「綿花って……、この前まで薬草を調べていたと思ったら、相変わらず変わってんのな。じゃあ、俺がその店に行ってもかまわない?」


「うん、紗知さんきっと喜ぶよ」


 なんでわざわざ聞くんだろう。


 っと、それよりもまずは試験だ。結果が悪いと勉強しないといけなくなって、調べるための時間が無くなるからね。

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