第7話 綿花の準備も順調です

「それがセムト兄さんにソルが頼んだ、綿ができる植物の利用法か。確かに、その綿というものがあれば新しい生地ができるし、欲しがる人も多いだろう。交易品としても人気になるかもしれない。でもソルはどこでそのことを知ったんだい」


「それは、まあ夢というかなんというか……」


 口ごもってしまう。


「ソルは昔からそういうとこあるよな、突拍子もないことを言ったかと思うとそれがうまくいったり、誰も知らなかった薬草を見つけだしたり。今回のだっておじさんがその植物を知っている人を見つけている。もしかしたらソルには何かの力があるのかもな」


 ジュト兄に言われ、なんだか恥ずかしくなって顔が赤くなる。地球の知識を持っているだけなんだけど、それが力と言ったら力なのかな。


「そういうことなら、その綿花というものを早く手に入れた方がいいみたいだね。それを知っている商人は、普段はカルトゥにいると言っていたから、そちらに行ってみるよ」


 カルトゥはコルカのさらに西にある大きな町だったはずだ。


「カルトゥの方は盗賊の心配はないのですか」


「行ってみないとわからないね、危なくなったら逃げるよ。あのあたりは知り合いも多いから何とかなるだろう」


「おじさん無理しないでね」


「ああ、命あっての物種だからね」


 おじさんはそういい、安心しろとばかりに胸をたたいた。


「ところでソルは、綿花の育て方は知っているのかい」


「だいたいのところは……」


「ははは、夢見待ちかな。ソルの力に期待だね」




 1週間後、セムトおじさんの隊商が、カルトゥに向かって旅立った。


 カルトゥはカイン村から20日ほどの距離にあり、おじさんは遅くとも2か月で帰れると言っていた。もしその商人に会えない時は言伝ことづてを頼んでおくそうだ。通信手段が限られているここでは、こうした方法しかとることができないのがもどかしい。




 それからまた1週間ほど過ぎたある日、地球では優紀さんからお誘いがきた。今年の綿花の種まきをするから見に来ないかって。自分でも鉢植えで育ててみるつもりだったけど、経験者の作業を実際に見られる絶好の機会だから逃すことはできない。




 次の日曜の朝、約束の場所で待っていると車が迎えに来た。


「今日はよろしくお願いします。あれ、紗知さんも一緒ですか」


 運転席には優紀さん、後ろの席には紗知さんが乗っている。


「樹君よろしく」


「樹君よろしく、2人きりじゃなくてごめんなさいね」


 紗知さんはこんな感じで茶化しながら言ってくれるから、前から話しかけやすかったんだよね。


「いえ、そういうわけじゃないんですが、お店の方はいいのかなと思って」


「今日は大事な種まきだから臨時休業なの」


「その大事な作業にお邪魔して大丈夫でした?」


「樹君は貴重な男手だから期待しています」


 優紀さん、ありがたいです。話すことはできないけど、こちらの事情でお願いしたいくらいなのに……精一杯頑張りますね。



 車での移動の間、お店のこととか、母さんが来てくれてうれしかったことなどを聞いて、畑のことについて尋ねてみた。


 綿花畑は、農家さんから使わなくなった倉庫付きの畑を借りているらしい。広さは10メートル×20メートルぐらいで、その一部に倉庫があって、そこを改造して作業小屋にしていると言っていた。

 ここでは、Tシャツなら50~60枚ほど作れる量の綿が取れるみたい。ただ、お店をやるにはこの量では全然足りないので、不足分はほかの農家さんから買っているそうだ。ほんの少しでも綿花を育てているのは、今後希望するお客さんに栽培体験や糸紡ぎ体験をしてもらうためだって。



 20分ほどで畑がある農村地帯についた。そこからさらに山に少し入ったところが今日の目的地。

 到着した綿花畑にはうっすらと白いものが見える。なんだろうと思っていると、酸性の土壌を、綿花が好むアルカリ性にするために石灰をまいているって説明してくれた。確か石灰の代わりはかまどの灰でもよかったはずだ、帰ったら調べておこう。


 そこに前もって水につけておいた種をまく。深く埋めるといけないらしく、浅く土がかかるくらいがベストということだ。

 他に注意点はと聞くと、寒さには弱いらしく、霜が降りる頃は避けること。水は、最初のころはあまり乾かない程度に与え、花が咲くころにはたっぷりとやる。農薬を使わないのなら、虫がつくので気を付けなければいけない。など、種まきしながらいろいろと教えてもらった。


 お昼になったので種まきは一時中断して、作業小屋の中を見せてもらう。


 作業小屋の扉を開けると土間があり、そこにはすきくわかまといった農作業に使う道具が置いてあった。土間の先は畳を敷いた部屋となっていて、窓からも明かりが差し込むようにしてあるから、太陽光でも作業ができるようにしているのだろう。


 あれ、これはもしかしたら……


「優紀さん、これってもしかして糸車じゃないですか?」


 作業台の上には最近では全く見かけることのない、昔の道具が乗っていた。


「よく知っているわね。綿花を紡ぐために使うんだけど、興味があるの?」


「はい、探していました。現実に見ることができて興奮しています」


 僕がどうしてこの糸車を知っていたかというと理由があるんだよね。


 綿花とか羊毛とかを生地にするには、まずは繊維をからめて糸にする必要がある。

 テラではこの作業を紡錘車ぼうすいしゃと呼ばれる道具を使ってやるんだけど、これがもう本当に大変な作業で、女の人は毎日夜遅くまでかかって、家族が使う服や絨毯のための糸を紡いでいるのだ。

 それに対して糸車は、手で回していた紡錘車を車輪の回転力を使って回すので、非常に効率がいい。もしテラで再現出来たら、女の人の作業がかなり楽になるはずで、きっと喜ばれるに違いない。


 ところがこの糸車、地球ではほとんど見ることが無い。というのも、この繊維を糸にする作業のことを紡績というんだけど、これは地球ではかなり昔から機械化されていて、もう糸車を使う必要がないのだ。そのため今もまだ糸車を使っているのは、おそらく自給自足で生活している山奥の人たちかレトロな愛好家ぐらいしかいないんじゃないかと思う。


 だから、ネットで画像を探して何とかならないかと調べては見たんだけど、細かいところがわからなくて再現できそうになかったし、実物を買おうと探してみたら、中学生のお小遣いでは到底買えないほどのお値段だった……つまりお手上げ状態だったのだ。

 それが今、目の前にある! ……興奮しないわけがないでしょう。


 というわけで、畳の上の作業台の上に置かれた糸車を、一心不乱にスマホで写真を撮っていたんだけど「ほんと樹君は謎だわ」と、また紗知さんに言われてしまった。



「それは後でゆっくり見ていいから、まずはお弁当にしましょう」


 そういえば、お昼だった。突然の出来事で、お腹がすいていたのも忘れていたよ。


 紗知さんたちはお弁当を用意してくれていて、テーブルを出してそこに並べてくれた。海苔巻きおにぎりに卵焼き、ソーセージに唐揚げ、まさに運動会の時のお弁当だ。量もたくさん!


「中学生にはこういうのがいいかと思って」


 ばっちりです!


「好きな物ばかり! 本当に頂いていいんですか?」


「手伝ってくれたおかげで今日の種まきも早く済みそうだからね。遠慮なんてしちゃだめよ」


 おにぎりには味付けの海苔が巻いてあり、塩気も十分だ。体を動かした後ということもあってたくさん食べてしまった。

 美味しかったです。ごちそうさまでした!


 食事が終わると、優紀さんに糸車での綿花の紡ぎ方を教わった。テラでは紡錘車を使って羊毛を紡いでいたので、コツをすぐに覚えることができた。

 紗知さんたちにセンスがいい、収穫したらお金払うからぜひ手伝ってほしいと言われてしまった。お金はともかく手伝いはさせてもらいたい。ここでの知識はテラに持っていきたいものばかりだから。


 午後は残りの種まきを終わらせて、今日の作業は終わり。帰りの車の中でも、芽が出てからの注意点とかいろいろ聞いてしまった。紗知さん、優紀さんありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る