第4話 立花樹とソル

 いつものように目が覚める。

 もうすぐ夜が明けるのだろう。カーテンの隙間から明かりが漏れている。

 時計の時刻は6時30分。


 ……昨日のジュト兄とユティ姉との結婚披露宴。みんな楽しそうでよかったなぁ。セムトおじさんも綿花を手に入れられそうだって言っていた。


 よし、僕もやれることをやっていこう。


 体を伸ばして周りを見渡す。

 机があって、テレビがあって、タタミが敷いてあり机の上にはパソコンと充電中のスマートフォン。本棚の中には漫画本に交じって、様々な地図帳や野草の本が並んでいる。


 いつも通りの部屋の風景。

 でもここには、かわいい弟はいない。僕一人だけの部屋。


 今日は春分の日で学校は休み。朝からお墓参りに行くけど、朝食まで少し時間があるので、習慣になっている散歩に行ってみる。


 僕の家は、九州のとある地方都市の繁華街近くの古いたたずまいを残した商店街の中で、内科医院をしている。自宅を兼ねている診療所を出て、近くを流れる川へと向かう。

 今日のように天気がいい日は、観光名所になっている橋を眺めながら、30分ほど川沿いの道を歩くことにしている。日の出とともに目が覚めるのが習慣になっていて、毎日、時間を持て余しちゃうんだよね。




 川の周りにはジョギングをしている人たちがいるけど、さすがに観光客はまだいないみたい。


 ……自分が普通ではないと気づいたのは、いつの頃だろう。生まれた時からそうだったのか、突然なのか、はっきりとは分からない。今思うと、他人と違うと感じたのは、幼稚園に通う前ぐらいだったと思う。


 朝、目が覚めると、寝る前とは違う家にいて違う家族がいる。翌朝、目が覚めると、元の家の元の家族のところにいる。毎日がその繰り返しで記憶もきちんとある。


 僕はこちらでは立花たちばないつきとしての日々を過ごし、あちらではソルという女の子として生活している。


 それが当たり前だと思っていたのに、あちらの言葉はこちらでは通じないし、こちらではあちらの言葉は通じない。うまく話すことができない頃は、それを確認することができなかったけど、話せるようになると、誰もこんな体験をしていないということがわかった。

 このことを話すと友達からはからかわれたし、病気じゃないかと親が心配して、その手の病院に連れていかれたこともあった。幸い病気と診断されることはなかったけど、それ以来、誰にもこの話をすることなく過ごしている。


 自分は病気ではないし、これを治そうとは思わない、も自分で間違いないのだから。


 その頃からこちらの世界を地球、あちらの世界をと呼ぶようになっていた。




 いつものように、川沿いの遊歩道にある石造りの椅子で休憩する。ここは川の流れも見えて、ぼんやりするにはちょうどいいんだよね。


 僕である立花樹は、江戸時代から続く医者の家系の次男で今年14歳の中学生二年生だ。背は165センチほどあるのでクラスでも高い方だけど、髪の色も目の色も黒い、一般的な日本人だと思う。家族は父の啓介けいすけ(48)、母の真由美まゆみ(47)とほかに兄のりく(19)がいるが、陸兄は去年県外の大学の医学部に進学して、今は1人暮らしをしている。


 テラの世界での私であるソルは、3人兄弟の真ん中で長女。春の中日に14歳になった。身長は測ったことないけど、たぶん僕より10センチぐらい低そうで、少し濃い目の茶色の髪を長く伸ばして後ろで結んでいる。いわゆるポニーテイルというやつ。目の色は鏡がないのでよくわからないけど、聞いてみると茶色っぽいようだ。あ、肌の色は日本人と似ているかも。


 樹である僕とソルである私、性別は違うけど年齢は一緒、あちらには明確な暦もないし、誕生日を祝う習慣もないからはっきりわからないけど、多分誕生日も一緒だと思う。




 それにしても、今日は天気がいいなぁ。お墓参りも気持ちがよさそうだ。

 立ち上がって、さらに散歩を続ける。


 ……テラがどこなのか最初は分からなかったけど、セムトおじさんや旅人の人たちから聞いた情報で、ようやく最近になって大まかな場所の見当をつけることができた。そこは地球で言えば中央アジアのフェルガナ盆地。ソルが住むカイン村はその東の奥の山脈のふもと付近。

 どうしてわかったかって。実はテラでも地球と同じ月が見える。あのウサギさん模様も同じだ。だから地球のどこかだと思っていたんだけど、テラには地図がないから、おじさんたちに知っている地形を教えてもらって、それを地球の地図帳で調べてを繰り返して、やっとここにたどり着いた。


 ただ、地球で見たその場所の衛星写真には、カインには存在しないきれいな道路が整備され、車が通り、僕たちの知らない家が立ち並んでいた……


 もしかしたら時代が違うのかと思ったけど、地球の予報通りにテラでも流星群を見ることができるから、同じ時代じゃないかと思う。もしそうだとすると、おかしなことが多すぎる。衛星写真もそうだけど、あちらはあまりにも文化の水準が低い、歴史はそこまで詳しくないけど、たぶん中世まで行っていないと思う。テラにはあるべきものが無さすぎるのだ。


 それに、おじさんの話によると、テラにはあまり人が住んでいないらしい。そして理由は分からないけど、海には近づくことができないって言っていた。地球でそういうところを聞いたことが無い。


 そこで僕は仮説を立ててみた。テラは元々地球と同じ時間軸を進んでいたけど、何かの理由で分かれてしまって、その結果がこの文化水準の差なのではないかと。


 僕とソルが同じである理由。それは分からないけど、できることがあるならやっていきたい。そう思い、おじさんに綿花の種を頼んでいたのだ。




 さてと、そろそろ朝ごはんの時間になるな、戻ろうかな。

 いつもの散歩道を歩き、家へと向かう。


 さすがはセムトおじさん。綿花の種を手に入れてくれそうだ。それならお墓参りのあと、改めて栽培方法を調べてみよう。それにしても、おじさんが言っていた足止めって、何があったんだろう……。気になることもあるって言っていた。明日聞かせてくれるかな。

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