第3話 おじさんからの返事

「おじさん! よかった、来てくれたんだ。遅れたんでしょう? 心配していたんだ」


 おじさんはセムトさんと言って、サチェおばさんの旦那さん。冬の初めに私がお願いをした隊商の隊長さんだ。

 主な商品はうちで作った薬や村で作った絨毯などの毛織物で、それを西にあるコルカやカルトゥといった大きな町に運んで商売をしている。

 なんでも家で作った薬は評判がいいらしくて、お客さんがあちらこちらにたくさんいるって言っていた。


「心配かけてすまなかったね。さっきようやく着いて、サチェとも話したよ。中日ちゅうにち前には着く予定だったのだが、途中足止めを食らってしまってね。なんとか間に合った」


「よかった。ジュト兄も喜びます。それでおじさん、お願いしていた物はどうでしたか?」


 ベテランの隊商の隊長であるおじさんは、どこの誰よりもこのあたりのことを知っている。

 だから私はこれまでも、おじさんにこの世界のことを尋ねたりしていたのだ。それをおじさんは嫌な顔をせずに教えてくれた。本当にありがたかった。だって、おかげで私がいる場所を知ることができたんだからね。

 そこで私は考えた。私がやるべきことが何なのかはまだわからないけど、せっかくなら便利に暮らしていきたいって。そう思っておじさんに頼み事をしていたのだ。


「見つかったよ。綿わたのできる植物だろう。コルカで会った商人が知っていてね。次会うときに、仕入れてくれるように頼んでおいたよ」


 やった! やっぱりあった。……でも、育てられないと意味がない。


「おじさん! それで種は?」


「ははは、抜かりないよ。少し高くついたけどお願いしてきた」


 おじさんは本当に頼りになる。これで計画を進めることができる。


「ありがとうおじさん!」


「ソルが何をしたいかわからないが、必要なものなのだろう。かわいい姪っ子の頼みだからね。できるだけのことはしてあげるよ」





 このあたりで作られている生地の素材は、羊毛とか麻とかだ。羊毛は主に服や絨毯に、麻は袋などに使われている。治療の時に使う包帯やガーゼもこれらの素材で作られているんだけど、多分綿めんの素材の方が使いやすいと思う。羊毛だと水洗いがしにくいし、麻の素材は伸びにくい。


 以前おじさんに綿めんの生地を探してもらった時に、あるにはあるがほとんど出回らないと言われた。きっと本格的に栽培していないのだと思う。それならここで作っちゃおうと考えて、おじさんに綿花の種を探してもらっていたのだ。


 綿花の栽培がうまくいったら、包帯やガーゼだけでなく、衣類の生地や絨毯の素材にも使うことができる。きっと、人々の生活の幅も広がるはずだ。


「セムト兄さん、今日はありがとうございます」


 あ、父さんだ。挨拶に回っているのかな。


「やあ、タリュフ。今日は盛況だね」


「おかげさまで、たくさんの人に祝ってもらっております。ジュト、ユティともども、今後もよろしくお願いします。ところであちらの状況はどうでした」


「ああ、こちらこそよろしく頼むよ。……あちらの方かい、少し気になることを聞いたよ。ここではなんだから、明日時間をくれないか」


 気になることって何だろう……


「わかりました。明日は……披露宴の片づけがありますので、夜にお願いできますか?」


「ああ、構わないよ。いつもくらいの時間に寄らせてもらおうかな」


「ご足労おかけします。それでは引き続きお楽しみください。さあ、ソルも。あちらのカルミルが少なくなっているよ」


 おっと、仕事をしなくちゃ。


「それでは、おじさん。楽しんでいってくださいね」




 日が傾くころには新たな客はいなくなってくるので、これまで手伝ってくれていた女性達で、花嫁を囲んでの食事が始まる。ここでようやく花嫁はこの村の女性たちとゆっくりと話すことができ、親交を深めることができる。逆にこれまでもてなされていた側の男たちは、余った絨毯やお皿などを片付け始め、女性陣の邪魔はしない。


「ユティさん疲れたでしょう」


 カインの奥様方との話も途切れたようだったので、カルミルを持ってユティさんのところに行ってみた。


「ううん、大丈夫よ。ジュトが気遣ってくれたから。それとソル、今日から家族なんだからユティさんでは寂しい。ユティと呼んでね」


「はい、ユティ姉さん」


「ユティと呼んでくれないの?」


「それでは、ユティ姉で」


「ふふ、仕方がないわね。よろしくねソル」


「はい、ユティ姉」


 今日我が家に新しい家族が増えたのだ。





 日没前に披露宴は終わった。村人の協力である程度は片付いてはいるが、電気がないこの世界では日が暮れると外での作業ができなくなるので、夜露に濡れて困るもの以外はそのままにしておく。本格的に片づけるのは明日以降だ。


 夜、居間には父さん、母さん、ジュト兄、ユティ姉、テムス、それに私の6人が集まっている。それぞれお茶かカルミルを持って父さんの話を待つ。


「今日はみんなありがとう、おかげでいい披露宴ができた」


「父さん、母さん、ありがとうございました。おかげでユティをみんなにお披露目することができました。これからは二人でこの家を盛り立てていくのでお手伝いお願いします」


 父さんもジュト兄も満足そうにしている。披露宴がうまくいって安心したのだろう。


「お父さん、お母さん、今日この家の一員になれたことをうれしく思います。早く仕事にも慣れ、皆さんのお役に立てるように頑張ります。不束者ふつつかものですがよろしくお願いします」


 そう言うとユティ姉は頭を下げ、さらに「ソル、テムスよろしくね」そう続けた。



 それから私たちは、くつろぎながら明日のこと、これからのことなどいろいろと話し合った。


 特にこの家は薬師の家なのだ、いつ何時なんどきケガや病気の患者が運ばれてくるかわからない。ましてや父さんや兄さんがほかの村に往診に行っているときなどは、数日帰ってこないことも当たり前で、その間は残された者たちで対処しなければならない。つまり薬草、薬の知識や病気、ケガの治療法だけでなく患者やその家族への対処の仕方なども知る必要がある。

 ユティ姉も神妙な顔をしながら聞いている。しばらくは父さんやジュト兄についてお勉強だね。それに、家のことも覚えないといけないから大変そうだ、いろいろ手助けしてあげよう。


 しばらくするとテムスが船を漕ぎだしてきた。朝早かったからな。私も眠いし。


「ソル、テムスをお願い」




 私はみんなに挨拶を済ませ、テムスを連れて寝る支度を始める。


「口をすすいで、トイレもしておこうね」


 テムスと一緒にトイレに向かい、用を済ませる。水洗ではないここのトイレは家の外にある。オオカミやクマに襲われることもあるから、夜に子供を一人では行かせることは危険なのだ。

 私も一緒に寝るための準備をする。といってもこちらにはお風呂はないので、テムスと一緒で口をすすいでトイレを済ませるくらいだけどね。

 お風呂かー、お風呂は欲しいけど水を貯めたり沸かしたりするのが大変で、水を浴びるくらいしかできない。それも明るいうちにするので、夜はよくて体を拭くくらい。それもフェルトの生地なので、使いにくくて困っている。綿生地が使えたら少しはましになるんじゃないかな。


 準備を終え、玄関の横にある子供部屋へと向かう。今ここを使っているのは私とテムスの2人。広さは地球でいうところの8畳くらいあるので2人には広すぎる。

 今日は中日(春の彼岸)で春が近いといっても朝晩はまだ寒い。広い部屋なので出来るだけテムスと布団を引っ付け、掛け布団を何枚か用意して寝ることにする。


「テムスおやすみ」


「……」


 テムスはもう寝ていた。


 今日は忙しかったな。明日からの片付けも大変そうだ。薬草も採りに行かないと……。そうだ明日はセムトおじさんが来るんだった。何か気になることあるって言っていたけどなんだろ。


 綿花うまくといいな。栽培方法も調べないといけない、その前にまずは地球でお墓参りをすませて…………


 朝が早かったせいもあってか、すぐに眠りについてしまっていた。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

あとがきです。

「ソルです」

「樹です」

「「いつもご覧いただきありがとうございます」」


「よかったよ、おじさんが綿わたが採れる植物を持ってきてくれそう」

綿わたってあの綿めんになるやつだよね、そっちに無かったんだ」

「無いよ、羊はたくさんいるから羊毛はいくらでも手に入るけどね」

「羊毛じゃダメなの?」

「樹、想像してみて、汗をセーターで拭いた時ってどんな感じがすると思う?」

「ゴワゴワしてチクチクするんじゃないのかな。セーターで拭こうとは思わないけど」

「うん、私たちは羊毛と麻布しかないからセーターの生地で拭くしかないんだよ」

「うっ、それは大変だ。他の人も困っているんじゃないの?」

「村の人は、綿めんの布みたいな便利なものがあるとは知らないから、そんなものだと思っているの」

「ソルは、僕の記憶でそういうものがあることを知っているから、我慢ならないんだね」

「そう。もし綿めんで布が織れたら便利になると思うんだ。みんなも喜ぶはずだよ。だから樹、いつものように調べてきて、お願い」

「わかった。何とかやってみるよ」

「さて、次回は地球でのお話になります」

「ようやく僕の出番です。皆さんお楽しみに―」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る