第2話 女の子が集まるとそう言う話になるのは仕方のないことで

 東の山を背にして歩いている。後ろの方がだんだんと明るくなってきているから、そろそろ日の出だろう。


 私の家は村の東側の端にあり、パン窯は村の中央の広場の近くにある。

 パン窯には大きな窯がいくつかあって、一度にたくさんのパンが焼けるようになっている。もちろんそれぞれの家でもパンを焼くことはできるけど、多くのパンが必要な時や一度に焼いて作り置きする時とかにはここを使う。そして、披露宴の時にパンを焼くのは未婚の若い女性の役割と決まっているのだ。


「おはようございます。遅くなりました」


 先に来ていた女の子たちに声をかける。


「おはようソル。大丈夫よ、私たちも今来たところだから」


 そう話してくれたのは、サチェおばさんの娘のチャムさん。四つ年上の私のいとこだ。今度、東の山を越えた先にあるタルブク村に嫁ぐ事が決まっている。


「チャムさん、おじさんまだ帰ってないんでしょう」


「うーん、まだだけど。予定通りに帰って来ることの方が珍しいからね。心配しなくてもいつものようにヒョイと現れるわよ」


 確かに、移動手段が馬か歩きに限られるここでは、ちょっとしたことで予定が狂うって聞いたことがある。おじさんもそうなっているのかもしれない。


「おはよう、ソル。ジュトさんたちはいつ着くの?」


 今やってきたこの子は同い年のラーレ。よく気が付くかわいい幼馴染。


「お昼過ぎくらいになりそうだよ」


「お昼過ぎか……時間はまだあるけど、数が数だから大変だね」


 カインには100人ぐらいの人が住んでいる。披露宴にはほとんどの村人が参加してくれるし、近くにいる人には村人じゃなくても参加してもらうので、通常でも多めに準備するのが当たり前。さらに父さんはこの村の村長であり、ジュト兄はその跡取りということなので、他の村からの参加者も来るはずだ。だから、いつもより多めに料理を準備する必要があるんだよね。






「ねえ、ソルとラーレはもうお婿さん見つかったの? もう14歳でしょう」


 パン窯には村中の未婚の女性が集まって来ることになるんだけど、そうなると、当然黙って作業をするはずもなく、さらに今日が披露宴の当日となればそういう話になるのは仕方のないことで……


「お父さんに頼んでいるよ。馬がたくさんいる家がいいって」


「ラーレは馬好きだもんね。で、ソルは」


「私はまだ……」


 チャムさん、私に振らないでほしかった。


「だって、ジュトさんにお嫁さんが来るんだよ。ソルも早くお婿さんを見つけないといけないじゃん。いつまでも家にいられないよ。邪魔だよ」


「じ、邪魔って……ラーレの言う通りなんだけど、まだ踏ん切りがつかないっていうか、抵抗があるというか……」


「早く決めちゃいなさいよ。私だって泣く泣く結婚を決めたんだから」


「泣く泣くって、チャムさん。このあいだ旦那さんのこと、すっごく楽しそうに話してたじゃないですか」


 確かに楽しそうにやっと結婚できるって話していたな。チャムさんの旦那になる人は早くから決まっていたんだけど、お相手の方が今年14歳になるのを待って結婚することになっていたんだよね。女の子の方はいいんだけど、男の子の方はあんまり若いと子作りが……。チャムさん、きっと、待ち遠しかったんだと思う。


「いや、エキムはまだ旦那でないっていうか……」


「チャムさん赤くなってかわいいー」


 旦那さんはエキムというのか。14才、私と一緒だ。もうそういうことも大丈夫と言うことなんだね。まあ、僕(樹)も大丈夫だと思う。相手はいないけど……

 でも、ようやく話がそれてくれてよかったよ。


 こんな感じで、この世界では男も女も14、5歳で結婚してもおかしくない。特に女の子は19歳を過ぎると行き遅れと言われるから、私に相手が決まっていても不思議ではないというか、決まってない方が珍しい。

 ただ、地球ではこの年齢で結婚することはできないし、ましてや嫁に行くとなると相手は当然男! ……ハードルが高すぎる! もちろん、そういうことに興味はあるお年頃だけど……男に抱かれるとか想像できないよ。ただ、樹として女の子を抱くのもな……ちゃんとやれるのか心配になる。




 パンもだいぶん焼きあがってきた頃、さきれの人がやってきて、新郎新婦がそろそろ着くと教えてくれた。


「さあ、手の空いてるものはできたパンを運ぶよ!」


「チャムさん、これで最後だからってそんなに張り切らなくても」


 ラーレがチャムさんをいつものように茶化す。笑い声が絶えないこの村はほんとにいい村だと思う。


 みんなで出来立てのたくさんのパンを抱え、私の家まで向かう。

 家の周りには絨毯が敷き詰められていて、出来たばかりの料理が並べられていた。

 そこに持ってきたパンを、何か所かに分けて積み重ねていくんだけど、たぶんこれだけじゃ足りないよね。


「私たちが追加のパンを焼いてくるから、ソルはここでジュトを迎えてあげなよ」


 チャムさんたちはそう言うとパン窯へと戻っていった。





 そのまま家の前に残って披露宴の準備を手伝っていると、村の中央の方から馬に乗った父さんたちがやって来るのが見えた。ユティさんが乗った馬は、父さんとジュト兄に挟まれているようだ。


 家の前で馬を降りた三人は、こちらの方にゆっくりと歩いてくる。

 花婿に手を取られこちらに向かってくる花嫁の着ている衣装は、ここから見ても素晴らしいものだとわかるから、準備を手伝ってくれている村の女性から感嘆の声があがるのも、仕方がないことだと思う。

 ユティさんは、この日のためにずいぶんと時間をかけて作ったんじゃないのかな。こちらでは、花嫁衣装を作るのに数年かかるとかよく聞く話だからね。


 すでに、家の周りには今日の日のためにたくさんの人たちが集まってくれていて、父さんはその人たちの前で止まり、そして宣言する。


「さあ、みなさん。本日我が息子ジュトとバーシのバズランが娘ユティの婚姻は相成った。ここに新しく家族となった、かの者たちを祝ってくれい!」


 二人を祝福する声が広がり、それを合図に披露宴が盛大に始まった。






「いやー、めでたい! ほんとにめでたい!」

「ちょっと俺が一曲披露するから手拍子を頼む」

「お、それに合わせて俺が踊るからうまく頼むぜ」


 会場のあちこちで歌と踊りも始まったようだ。みんなも楽しんでもらえているみたい。


 結婚披露宴は花嫁のお披露目を兼ねているので、誰でも参加することができる。そのためこの村の住人だけでなく、近郊の村人はもちろん行商人、狩人、旅人に至るまで近くにいる人には声をかけ祝ってもらっている。

 そして、その人たちに楽しんでもらうには、料理と飲み物の補充をおろそかにはできない。


「ソル、カルミルを足してきておくれ」


 カルミルとはいわゆる馬乳酒で、馬の乳を発酵させてて作られる。酒といってもアルコール度数はほとんどなく、子供でも飲むことができる。酸味が強いがそれがおいしく、馬が多いこのあたりでは普通に飲まれている定番の飲料だ。

 私はこの日のためにたくさん用意したカルミルを、大きな壺から皮の袋に移し、量が減っている壺を見つけては継ぎ足していく。


 台所と会場を何度か往復し、もう一回りしようとしたときに声がかかった。


「やあソル、ご苦労さん」


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あとがきです。

「ソルです」

「樹です」

「「私(僕)たちの物語をご覧いただきありがとうございました」」


「ねえ樹、ユティさんの花嫁衣裳見た?」

「僕は見ることはできないけど、どんな感じだったの?」

「たくさんのいろいろな模様の刺繍がしてあって、とにかく綺麗だった。私もいつか花嫁衣裳を着ることになるのかな……。でも、それって男の人と結婚するってことだよね、気が重いよ」

「僕も同じだから気持ちはわかる。女の人をお嫁さんに貰うって……うまくやれるか心配になっちゃうよ」

「ま、まあ、まだまだ先の話だからその時考えよう」


「「それでは次回もよろしくお願いします!」」

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