第一章 日常編

第八話 私の友達だから

2056年。七月九日。


早瀬高校の昼休み。

にやにやと笑みを浮かべる一人の男子高校生がいた。

名前は澄野隆也というらしい。変なやつ。


笑みを浮かべる理由。俺がニヤニヤするのは主に2つのパターンがある。

 ・幸せと実感する時。

 ・妹関係


「ふふふ。―――フハハハハぁ…」


これはもちろん―――後者である。


***


 皆さん。今週の土曜はどう過ごしたのかな。彼女と短冊を飾った?リア充爆発しろよくそがと、いつもなら思うけど、あいにく俺もその日はたまらなく嬉しいことがあたんだよね。


『暇ならですが、一緒に、短冊でも飾りませんか?』


控えめに俺を見る上目遣い、両手で短冊を握りしめる、可愛い可愛い妹。


「ふ、ふふふ」


北校舎に有る、日本研究部への道を歩く、一人の男子高校生がいた。

そう、家族想いの兄だ。世間一般でのシスコンだ。


「失礼しまーす」


 さてと、今日も迷惑がる瀬奈さんに一方的に話しかけ、その反応を楽しんでいくか。

迷惑野郎?悪いけど、俺はそんな瀬奈さんの姿が好きなんだよ。


事件は唐突に起こった。

さっきまでのウハウハ気分をどん底に突き落とすような―――事件が。

あるいは、早瀬高校の七不思議の一つが、ようやくその灰色のベールを脱ぐように。


「待ってたよ―――隆也くん」


 待ちくたびれたように笑い、俺を出迎えた。

丸五日間、一度も声をはさなかったコミュ症の瀬奈さんが。


***


 俺は何をしたかというと、何もしなかったというのが正解に当たる。


というか、何もできなかった。

完全なフリーズ状態だ。


頭の中は混乱状態で、まともに思考できない。


「どうしたの?入ってきていいよ」


言われるがままに俺は足を動かした。

思えば俺が見ていないだけで、瀬奈さんは喋れるのだ。きっと。完全なコミュニュケーション障害者ではない可能性だって、ほとんど親しくない中では分かるはずもない。


「ささ。座って」


瀬奈さんはポンポンと漆黒の座り心地の良さそうなソファアを叩く。

座れと?瀬奈さんの隣に?

俺も一応思春期の男子高校生だ。流石に肌と肌―――ではなくとも、ふれあいそうな距離というのには若干抵抗が有る。


「さっさと座ってよ」

「…俺は反対側に座るので」

「こんなことでボクの時間を取らせる気?わがままにもほどが有るんじゃない?」

「………」


急に強めな口調にシフトチェンジする瀬奈さん。


中々に鋭い眼光である。


「それじゃあ遠慮なく」

「うんうん。それでこそ従順な下僕である隆也くんだね」

「なんか新たな属性が追加されてる気がするんですが」

「気にするな、ボクの親愛なる友達奴隷。君はボクのいうことを聞いておけばそれでいいんだ」

「今人生で一番、言ってることと意味が一致してないセリフ聞きました…」

「大丈夫大丈夫…ボクは君を捨てたりしないよ」


駄目だ。

この人は、聞く耳というものを母親のお腹に忘れてきたらしい。

全く話が通じ合ってない。本当に瀬奈さんだろうか。冷たくて無表情で意思疎通がかなり困難な人だった記憶だけど。


なんかそう思うと、この人はやはり瀬奈さんだ。かなり人格が変わったバージョンだ。


「そろそろ俺の頭離してくれません?」


現在、俺の頭部は瀬奈さんの胸に占領されつつ有る。

優しく頭を撫でられながら。

実は、座ってからたった数秒だったりもする。正直、安心に似た感情を覚えるような手付きだ。


「君が動くとくすぐったいから、おとなしくしてて。でないとちょっとエッチモードに突入しちゃうから」

「それは―――」

「いわゆる、学園せっく―――」

「わかりましたおとなしくするので二度とその単語を学校で言わないでください」

「なるほど。つまり君は、ボクとはホテルでしたいってことだね?まったく。君はわがままだな」

「…無理だ」

「なんかいった?」

「いえなにも」


暫くの間。

夜闇のような少女と、未だに処理が追いついていない少年との間に、奇妙な時間が流れた。

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