第五話 コミュ症さんと部活

いつもと同じはずの授業が、何故か長く感じた。

そして、いつも眠気が襲うはずの数学の授業も、さっぱりと目が覚めたままだった。


きっと俺は、楽しみに感じているんだろう。

全く持って正体が不明な人物を。


***

「それじゃあがんばれよ。失敗したら、迷わず俺のとこきてな。お前の席は、すでに開いてるから」

「うん。多分その席は三年間埃かぶると思うぞ」


行く前から勧誘してくる、圭吾を適当にあしらい、遠い遠い別校舎まで足を伸ばした。

ウキウキしてる。

一体誰なんだろうか。

そんな疑問が、頭を漂っている。

階段を登り終え、いつの間にかあの部室の扉前につったていた。


躊躇はしない。が、深く深呼吸はした。


「すう。はあ。…失礼します」


思いっきり扉を開け、左のソファアに目をやる。

案の定、そこには、一人の生徒が座っていた。


「こんにちは。澄野隆也、最近転校してきた二年生です。今日は、ノエルさんも来る予定でしたが欠席です」

「…」


無言。

ソファアに座っている少女、長い黒髪で、少し幼さが残る彼女は、何も喋らない。

名札に『咲川』と書かれているのは分かるが、それ以外の情報が皆無だ。


少し気まずくしている時、唐突に一枚の紙を渡された。やはり、メモ帳である。

そこには几帳面そうに


『私の名前は咲川瀬奈。この部活の部長。部員は一人。コミュ症』


と書かれている。

こ、コミュ症?

流石に予想してなかった。コミュ症、か。

それならメモ帳がおいてあったのもうなずける。すべて辻褄が合う。

け、けど、コミュ症?現実であったことも、聞いたこともない。

自閉症の一種だとは思うが。


『活動は基本的に放課後と昼休み。参加は自由。何をするのも、自由。でも、あまり関わらなくていい』


「関わらなくていいって」


変わってる。咲川瀬奈さんは、とことん変わっているのだ。


***

「それでは、時間もたっぷり有るので、とことん関わっていきましょう」


よっこいしょと、石段の上の畳に座り、咲川さんと向かい合う形にする。


「あの死体?人形はもしやあなたが作ったんですか?」


数秒瞬きし、そして素早くシャーペンで紙に書き込んだ。

それを、机に差し出され、俺はことのあらましを知った。


『あれは、私が作った。好きなゲームに出てきた人。暇だったから、作った』


なるほど。ではこの人が製作者様なのか。

尊敬の念がこみ上げてくる。


そして。

何故か楽しい。


「咲川さんって―――」


気が付けば、七時を回っていた。


***

「すみません。こんなに話し込んじゃって。夜道送りますよ」

『大丈夫』

「いやもう真っ暗じゃないですか。ちゃんと送りますよ」

『…ありがとう』

「いえ」


この人の面白いところは、考え込むところまで書いてあることだ。

まあ、もっと有るけども。


二人とも無言で歩く。

瀬奈さんを盗み見ると、やはり無表情で、どう思ってるかわからない。

若干、嬉しそう?…いや、迷惑そう?


うん。全く読めない。

でも、なんとなく信頼関係のようなものが芽生えてきている気がした。

こんな関係も、悪くない。


少し歩いて、瀬奈さんが家の前で立ち止まった。

ここらしい。

かなりお金持ち感が有る。

俺がぽかんと眺めていると、肩を突かれ、一枚の紙を渡された。


『ちょっとまってて』

「はい。まってます」


なにか貰えるのかな。呪いの人形とか、呪殺セットとか…

三分を立たないうちに、瀬奈さんが玄関が飛び出してきた。

方が少し揺れている。急いでくれたのか。


『これ、あげる』


ゆっくりと手を差し出され、中には、キーホルダーが握られていた。

バンパイアのゆるキャラキーホルダーだ。

くれる、のか。嬉しい。


「ありがとうございます!大切にしますね!」


俺が舞い上がっていると、一瞬瀬奈さんが微笑んだ気がっした。

が、それも一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻る。

意外と、可愛かった。


「それじゃあ、また明日。部室に来ますね」

『待ってる』


今日は、本当に楽しい一日になった。

最近始めた日記に書く内容を、脳内で描きながら、俺は帰路についた。


***

家に帰ると、妹がぷんぷん怒ってて、感動に打ち震えた。

直接言わなかったが、心配してくれていたのだ。

ちょっと、目頭が熱くなったのは言うまでもない。

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