「いらっしゃ……あれ黒田くん」

「すみません、青山さんまだいますか?」

「うん、奥にいるよ」

 息を切らしながら入店してきた僕に、怪訝そうな表情を浮かべる赤坂さん。戻ってきた理由を伝える余裕もなく、バックヤードへ向かうと、そこには携帯電話を見ながらクッキーを口にする青山さんが座っていた。

「あれ黒田、どうしたの?」

 机の上に置かれた缶の中には、もうクッキーが二枚しか残っていなかった。まったくこの人は、お詫びの品を一人で食べ尽くすつもりなのだろうか。と、不満の一つでも言おうかと思ったが、そんな暇はない。

「青山さん、ライター貸してくれないですか?」

「どうして?」

「煙草を吸いたいからです」

 手に持った、少しひしゃげしまった煙草の箱を見せると、青山さんは目を丸くした。「アメスピとは渋いね。いきなり不良に目覚めたの?」

「あ、これ僕のじゃないんです。……その、白石さんの物なんです」

「え、白石さんってあの白石さん?」

「はい。あの、実は白石さんは煙草を吸っている子で、今から二人で吸おうと思って、だけど白石さんはライターを持っていなくて」

「ちょ、ちょっと待って。何言ってるか分からないよ」

 自分でも興奮して冷静になれていないことは分かっていた。しかし、説明しようにも、白石さんの秘密を青山さんに伝えることはできない。

「とにかく、ライター貸してください!」

「……ねえ、もしかして私が見たホテルの前の女の子って、やっぱり白石さんだったの?」

 青山の言葉に固まってしまった。本当にこの人は勘が良い。

「ど、どうして……」

 あからさまに動揺する僕の様子に、青山さんは自分の勘が正しいと確信したようだ。「だって、黒田がアカサカを出てまだ三十分くらいしか経ってないでしょ? ということは、白石さんに会ったのはこの近くってこと。だったらホテルの前の女の子が白石さんって考えるのが普通でしょ」

 得意げな顔で推理を披露する青山さん。もう隠し通すことはできなさそうだ。

「……はい、確かに白石さんでした。バイト終わりにホテルの前に立っていました」

 僕の言葉に、少し不思議そうな顔を浮かべる青山さん。

「で、どうしてその流れで煙草を吸うことになったの?」

「実は、僕が告白して、付き合うことになって、それで記念にと思って」

「だけど白石さんはライターを持っていなかったと」

「そうです」

 青山さんは顎を触りながら少しの間「うーん」と唸りながら何かを考えていた。

「分からないなー、黒田は援助交際している白石さんに幻滅とかしなかったの?」

 青山さんの考えは至極真っ当だ。普通は援助交際をしている女の子と、その場で付き合おうなんて思わないだろう。

「そ、それだけ好きだからですよ。援助交際をしていようが、煙草を吸っていようが関係ないくらいに」

「それは分かるんだけど、どうして告白できたの? これまで日常会話をするのにも何かきっかけ……秘密がないとできなかったくせに……」

 そこまで話して青山さんは、突然目を見開き僕を見た。

「お前まさか、援助交際っていう秘密を盾に告白しただろ」

 黙ったままの僕の態度に、白石さんは声を荒げた。

「ふざけるなよ! お前のしたことは告白じゃねえよ! 秘密にしてやるから付き合えって言っているようなものだろ!」

「分かってますよ……」

「分かってねえよ!」

 青山さんは机を激しく叩いて立ち上がった。そして僕の胸ぐらを掴むと、さらに声を荒げた。

「このクソ男! どうして白石さんが煙草を吸い始めたのか、どうして援助交際なんてしたのか知ってるのかよ!」

「煙草は親が吸っていて興味があったからで、援助交際は寂しかったから」

「馬鹿か! そんな上っ面の理由じゃなくて、その考えに至った理由だよ!」

「それは……」

「他人を知ろうともしないで、秘密秘密秘密って……気持ち悪いよお前……高校生にもなってそこまで拗らせて……ああ、くそ、なんで私が泣いてるんだ」

 青山さんは目を充血させながら話している。その姿に、こちらもなぜか心を打たれてしまった。

「分かってます……自分が拗らせてるって。けど、二年間話すこともできなかったのに、秘密がきっかけで仲良くなれたんです……だから僕には秘密しかなかったんです……ずっと人とのコミュニケーションの仕方が分からなくて、友達もろくにできなくて……僕なんて一生彼女もできずに死ぬんだろうと思っていたから、だから、だから白石さんと少しずつ話せるようになって、それが嬉しくて、僕の元から離れて欲しくなくて……」

 情けない。涙が溢れて止まらない。伝えたいことの要領も得ないまま、ただただ気持ちをぶつけるように言葉を繰り出す。その間、青山さんは頷くだけで言葉は発さなかった。

「僕は取り返しのつかない事をしてしまった……」

「大丈夫。これから白石さんの事をよく知って、彼女を救ってあげればいいんだよ」

 青山さんは僕の肩を叩いて微笑んだ。その時、ポケットの中に入れた携帯電話が振動した。見ると白石さんからのメールが届いており、そこには『ごめんね。先に帰るね』と書いてあった。

「青山さん……」

「大丈夫、電話して謝って、今度会う時にまた謝って、二人でよく話しな」

 青山さんの助言通り電話をしたが、白石さんが電話に出ることはなかった。

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