三
「それで、白井さんのメールアカウントをゲットしたわけだ」
明日のテスト勉強をしようと、放課後に喫茶アカサカに行ったのが間違いだった。今日は青山さんがシフトの日だったのである。他にお客さんがいない事もあり、白石さんとの進展についてをしつこく聞いてくる。あまりに五月蝿いため、観念して今日までの出来事を話すことにした。秘密の共有をすると気になる異性との距離が縮まるとテレビで知ったこと。実際に白石さんがジャーキングを起こした秘密を共有して会話ができたこと。そしてさらに秘密を共有するために、僕がわざとカンニングを白石さんにバレるように仕掛けて、無事成功し、メールアドレスをゲットしたこと。それら全てを説明すると、ようやく青山さんは満足してくれた。
「それでもうメールはしたの?」
「してないですよ。明日は古典のテストはないですし」
「なに言ってるの? まさか生真面目に勉強聞こうとしてるの?」
「だってそう言われてメールアドレス渡されましたから」
「呆れた、まずはお礼のメールとか、たわいもないメールをしなよ。そんな心持ちじゃ一生仲良くなれないよ?」
「そう言われましても」
「よし、私がメールの文章考えてあげるから、ちょっと携帯よこせ」
「ちょ、止めてくださいよ……赤坂さん! この店の店員が客の携帯を奪ってきます!」
強引に携帯電話を奪おうとする青山さんから逃げるように身を捩らせながら、バックヤードにいる赤坂さんに助けを求める。
「青山さん、あんまり黒田くんをいじめちゃ駄目だよー」
バックヤードから声だけが聞こえてくるが、その声色に本気で止めてくれる意思は感じられなかった。青山さんは「はーい」と返事をしつつも、まだ携帯を奪おうと手を伸ばしてくる。
「分かりました、文章だけ教えてください。自分で打つので」
「よしよし、それで良いんだよ黒田。私に任せればうまく行くからな」
青山さんは得意げな顔をしながら、少しの間天井を見上げてメールの内容を考えているようだ。
「よし。まずは簡単なお礼だね。『アドレス教えてくれてありがとう。黒田です。今日のテストどうだった?』……で送ろう。いきなり長文も気持ち悪いし」
「分かりました。そうやって送ります」
教えてくれた文章を打ち込むが、なかなか送信ボタンを押す勇気が出ない。
「ほ、本当にこれで大丈夫ですか?」
「ああもう焦れったい!」
僕の態度に業を煮やした青山さんは、携帯電話を奪い送信ボタンを押した。
「ああ!」
「これでよし。返信来たら教えてよ?」
項垂れる僕を置いて、青山さんはカウンターに戻っていった。相変わらず自分勝手な人だと内心で蔑みながら、早く白石さんから返信が来ないかと携帯をチラチラと見てしまう。そんな様子をにやけながら見てくる青山さんの視線に気付かない振りをしながら、テスト勉強は手に付かず時間だけが去っていく。メールを送って一時間ほどが経過すると、携帯電話が鳴った。慌ただしく携帯電話を開くと、白石さんからの返信が届いていた。
『こちらこそありがとう! 私は普通かな……黒田くんはどうだった?』
画面に映る二行の返信を眺めていると、頬を緩んでいくのが分かる。当たり障りのない返信ではあるが、生涯忘れられない文章になるだろう。
「で、なんて返すんだ?」
突然背後から青山さんの声が聞こえて、急いで携帯電話の画面を隠すが、時すでに遅し。白石さんの返信内容をしっかり見られてしまったようだ。
「覗かないでくださいよ。……僕も普通だったと送る予定です」
「いやいや、それじゃあ会話終わっちゃうじゃん」
「ならどうすれば良いんですか?」
「色々あるじゃん。普通っていつもは何点くらいなのーとかさ。話しを広げられない男はモテないよ?」
青山さんのことは苦手だ。しかし、こと恋愛においては間違いなく頼りになる。
「なるほど……他に仲良くなれる方法とかありますか?」
「お、本気で白石さんが好きなんだね」
普段は青山さんの言葉を適当に流している僕だが、今回ばかりはアドバイスを乞うしかなかった。その様子で、青山さんに僕の気持ちの本気度が伝わったようだ
「……はい」
「それじゃあ私も本気でアドバイスするけど、あんまり秘密にこだわらない方が良いよ」
「なんでですか?」
「なんでって……二人が接点を持てた理由は秘密を作ったからじゃないからだよ」
「違います。秘密のおかげで会話のきっかけができたんです」
「だから、きっかけでしかないでしょ? 接点を持てた理由は君が勇気を出して話しかけたからなんだよ」
「だからそれは秘密のおかげで……」
「とにかく!」
青山さんは僕の言葉を遮るように机を叩いた。
「これ以上秘密を作ろうとか考えないこと。分かった?」
「……分かりました」
言葉ではそう返事をしたが、納得はできなかった。やはり白石さんと距離が縮まったのは秘密のおかげなのだ。素人の青山さんより、心理学者の言っていたことが正解に決まっている。
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