二
テストの終わりを告げるチャイムが鳴ると、先程までの静寂が嘘のように教室は喧騒に塗れる。
「静かにしてください。ほら、もうペンを置いて」
諦めきれずチャイムが鳴ってもシャープペンシルを走らせる生徒に注意をする先生を余所に、他の生徒はやれ「終わった」だの「五問目の答えってなに?」だのと会話を繰り広げている。僕は解答用紙を前の席の人に渡すと、早速白石さんに話しかけた。
「し、白石さん、さっきは消しゴムありがとう」
「いえいえ、黒田くんすごい古典的なカンニングするんだね。思わず笑っちゃったよ」
「いや、あはは……あのさ、だ、誰にも言わないでくれる?」
前日の夜に脳内で会話の練習をしたにも関わらず、いざ本番になるとスムーズに言葉が出てこない。そんな自分が本当に嫌になる。しかし、自分から話しかけることはできた。これは僕にとって大きな前進だ。
「分かってる、言わないよ。けど、黒田くんって頭良いと思ってたのに、カンニングなんてするんだね」
「ぜ、全然良くないよ。白石さんこそ勉強できそうだよね」
「私も勉強できないよ。あ、古典だけはなぜか得意なんだよね」
「へ、へえそうなんだ。僕は古典も苦手だな……あ、あのさ、良かったら古典教えてくれない?」
しまった。なにが古典教えてだ。古典なんて教えてもらう教科ではない。数学などと違って教科書を暗記すれば良い教科だ。きっと白石さんも怪訝に思っているだろう。その証拠に白石さんは「え」と口にして固まってしまった。もう僕の恋は終わった。
「ねえ白石さん、テストどうだった?」
その時、クライメイトの女子が白石さんに話しかけてきた。一瞬流れた気まずい雰囲気を壊してくれて安堵のため息を吐くと、立ち上がりお手洗いへと向かった。廊下でもテストについての話題で多くの生徒が盛り上がっていたが、そんな会話も右から左へ流れていく。頭の中では「なぜあんなことを言ってしまったのか」と自己嫌悪が渦巻き、今にも走り出して誰もいない世界へと逃げてしまいたい気分だった。お手洗いから出ても、胸の中の黒い感情は排出されることなく、一人世界の終わりのような顔で席に戻った頃には、他の生徒も席に座り、次のテストが始まる時間を待っていた。そんな最中、左肩に何かが当たる感触がした。ゆっくりと左側に顔を向けると、そこには右手の人差し指で僕の左肩を突く白石さんがいた。
「これ、私のメールアドレス。古典で分からないことがあったら聞いてね」
そう言って小さな紙を手渡しして微笑む白石さん。さっきまで胸に渦巻いていた黒い感情は、白石さんという光によって浄化された。渡された紙を開くと、可愛らしい文字で書かれたメールアドレスが確かに書かれていた。僕は「ありがとう」と感謝を告げて、すぐにポケットの中にその紙を仕舞った。この日、一体どんなテストを受けたのか覚えていないが、結果は過去最低であったことは間違い無いだろう。
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