第五話 「ボス」

 2日後……なのかは曖昧だが、だいたいそのくらいの時間が流れた。


「…………」


 俺は黙って赤い砂漠を歩く。歩いては休憩を繰り返して、荒野からオアシス、そして砂へと足を移す。


 この世界は微妙なバランスだった。大半は砂漠で占めているが、少しの草が生えた荒野が一部あり、想像していたよりもオアシスは多かった。通常ではあり得ない地形をしていた。


「……もう少し、美味い飯が食いてえ」


 神殿を後にして、ゴールへ向かう。腹の凌ぎはあのイノシシとトカゲの肉でどうにかした。お世辞でも決しておいしいとは言えない食事であり、シンプルな苦痛であった。だが、再び恐ろしい激痛は訪れず、少し安心できた。ちなみにイノシシよりトカゲの方がタンパクでまだマシだった。


 肉は小さく切り分けて、数日はどうにかなるように持ち歩くようにする。オアシスで調達した大きな葉っぱをポーチにして背中に持っている。


「おいアシュトレト、ゴールってどのくらい先にあるんだ?」


《ヘルプを確認。『ゴール』についての情報は黙秘が命じられています。よって、解答する事は不可となります》


「またそれかよ。もうちょっと教えてくれたっていいじゃないか」


 ゴールがどこにあるのか。扉というものが本当に存在しているのか。そもそも扉とは何を指すのか……とにかく“ゴールを目指せ”としか詳細はない。


 これで聞くのは4回目だ。知らない事は何回も聞いてしまうのは仕方のない事だと思う。


「キャウアッ!」


《サンコンドルを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始します》


「……鳥、か。コンドルってなんだ?」


 イノシシ、トカゲときて次は空飛ぶ鳥だ。頭に毛は無くハゲており、赤と黒の毛に全身が覆われている。完全に俺を中心にして上を飛び、獲物として見ている。


「避けてカウンターの繰り返しになるのか……。あれちょっと面倒なんだよなあ」


「キュウウア!」


 俺に向かってサンコンドルは急降下してくる。それを俺はいち早く察知して【回避 L v 6】を発動させ、横に攻撃を躱す。


「あと一回」


 サンコンドルは的が外れて甲高い声を上げる。大きく旋回して、鋭そうなくちばしを向けて突っ込んでくる。


「回避ッ! そして、そこだッ!」


 コンドルが横切ると同時に回避をして、溜めたカウンターを繰り出す。空中で足を構え、素早く蹴る。


「ギュア゛っ!?」


 鳥らしい悲鳴を上げ、地に落ちた。2回だけでもカウンターは良い威力を出す。いや、まだスタート地点の神殿からそう離れていないからか? 苦戦するような奴はまだいない。


「残酷だけど、お命頂戴!」


「ギュ――」


 サンリザードの爪ナイフを深く突き立ててコンドルを倒す。


《サンコンドルの戦闘不能ダウンを確認。勝利しました、経験値を吸収します…………完了しました。【カウンター】が【見切りカウンター】に分岐しました。新たなスキル【見切りカウンター】を獲得しました》


「おお。行動によって獲得するものも違ってくるのか?」


 見切りカウンターか、攻撃に合わせて素早くカウンターを喰らわせたから経験を得たという事かもしれない。


「よし、進むか」


 コンドルは放置しておく。特に食ったりもしないしな、問題は多分ないだろう。


 再び足を動かして、ゴールを目指す。果てしなく続く広大な赤と黒に彩られた灼熱の砂漠。いつまで経っても変わらないその景色にいい加減飽き飽きとしていた。


「あちぃ……。なあアシュトレト、ここって一体どこなんだよ。『幻影の荒野』っていうのは分かったけど、もうちょい詳しい事をだな……」


《ヘルプ要請を確認。『幻影の荒野』についての情報は黙秘が命じられています。よって、解答する事は不可となります》


「チュートリアルってどこまでだ?」


《ヘルプ要請を確認。『ワールドシステム』の情報の一部は黙秘が命じられています。よって、解答する事は不可となります》


 やばい、こいつ全然教えてくれねえじゃん。


 唯一の話し相手なんだから、知っているのならもっと核心まで教えてもらいたいものだ。


「そうかよ、ならもういいよ。ただ、ゴールに着いたあかつきにはぜーんぶ教えてもらうからな」


《………………》


 返答なしか、まあいいけど。どっちにしろなるべく早くここを出て行くつもりだしな。



***



 コンドルを倒してから1時間弱が経過。


 途中またイノシシなどと戦ったが難なく勝利した。もう早くも敵ではなくなったな。


 レベリングシステムとスキルは偉大だ。こんな落ちこぼれだった俺でも強くなれた気がするのだから。剣や生存のスキルにしても良かった気もするけど、今のところ回避のおかげで大きな怪我はしていなくて上々である。……まあ想定外のこともあったが。


 と、何か見覚えのある大きな建造物が見えてきた。


「…………あれは?」


《――新たな神殿を発見しました。エリア内の最端へと辿り着きました。神殿内には『ボス』が待ち構えています、最善の準備をして挑んでください》


「さ、最端!? てことはここがゴール……なのか?」


 色が異なるその神殿を見つけ、アシュトレトの言葉に俺は驚きを露わにする。最端……それが本当なら、その“ボス”とやらを倒せば脱出できる事になる。思っていた100倍目的地が近いから、簡単に信じられないんだが。


「この神殿の中にその“扉”っていうがあるのかねぇ……。いや待てよ? こんなに近くに目的地があるなんて考えられないぞ。『創造主』って奴がいて、そいつが人間だったなら……つまらないと感じてしまうんじゃないか?」


 俺をこの世界に招待し、無理矢理ゲームをさせてくるとんでもない奴だ。おそらく、この神殿までが『チュートリアル』なのではないだろうか。


「はっ! そんな煽りみたいなやつにはまってやるものか。どうせこの先もあるに決まってる。せいぜい、ちょっと、少〜しだけ期待しておいてやるよ」


 深読みしすぎか? いや、絶対にそうだ。わざわざ俺に成長するスキルをプレゼントしてきたんだぞ? 数日で着いてやろうとは考えていたが、本当に数日で着くなんて簡単すぎる。


 アシュトレトは創造主が作った『案内役』。ならば、俺を騙そうとしている可能性もあるわけだ。一応、警戒はしておくか。なにせ、コイツらは俺を巻き込んだ“非常に迷惑な奴ら”だからな。


「しかし、ボスか。どのくらいの強さなんだろうな? その辺のモンスターよりちょっと強いくらいなら俺に分がありそうだけど……もう挑むか。最善の準備って言ってたけど、この辺りのモンスターは狩り尽くせたようだし、持ち物もクソもないから準備も必要ないしな」


 神殿を発見してからすぐに、俺はボスを倒すため神殿の中へ歩いて入った。常に周囲を警戒しながら奥へ奥へと入り口を進んでいく。


 やがて広い部屋へ出た。中は薄暗く、所々に松明がおいてあるだけで最初の神殿とほぼ変わらない。だが、明らかに違う箇所がある。


 まず、床全体によく分からない模様のようなものが描かれている。紅いそのマークは何を表しているのかは分からない、魔法陣に似た不思議な鮮やかな絵だった。


 そして、何よりも空間を支配している“生物”が下を向いて俺を待ち構えていたかのように居座っていたのだ。


「あれが……ボスだって? 


 ゴーレムだ。


 ゴーレムとは、魔法で作り出す人型の守護無機生物なものであり、その9割は頑丈と呼ばれるトップクラスの人形自動騎士だ。


 中央のその少し奥に佇むそのゴーレムは、実に3メートルはありそうな巨体と、そのサイズにあった立派な大剣を装備していた。石造りの腕、脚、胴体。それぞれの部位が精密に作られた、さしずめスーパーゴーレムと言ったところか?


 ここまで巨大でかつ高度な技術で作られたゴーレムなんて見たことない。前にレンが一度ゴーレムを作って戦わせていたが、数分で崩れ落ちていた。確かそのゴーレムでもレンの身長くらいしかなかった。


 もし、あのゴーレムがその巨体で動くのだとしたら……相当やばい。特にあれを作った奴が。


「どこが、どこら辺がチュートリアルのボスなんだ? バカか! 序盤のボスをあんなのにするなんてどんなバカなんだ!」


 小声で、出来る限り創造主を罵倒してみる。ゲームバランスというやつを考えていないのだろうか? 酒でも嗜みながら作っただろ!


「さて、どうしましょ。ハンマーでもあれば砕けれそうだけど、素手でタイマン張るのはちょっと無謀すぎやしないか?」


 どう攻略していこうか悩むな。策でも練る才能があればいいんだが、生憎俺の頭脳は中の下だ。ダンジョンの知識と、一般常識しかない。


「……奥に部屋があるな。倒したあとにもらえる宝箱でもあるのか? 流石に無報酬ってことはないだろ」


 これは“ゲーム”なんだ。よくある昔話だと、困難を乗り越えた先には必ずと言っていいほどご褒美といったものがあるものだ。


「……やっぱり、【カウンター】の出番か? 今のところそれしか思い浮かばないな。30回前後であの威力なら、きっと100【回避】をすれば、とんでもないパンチになってあの石ごと消し飛ばせるんじゃないか?」


 よし、これにしよう。


 原点回帰、といっても全然日は経っていないが、これが一番俺の中で攻撃力がある。回避もレベル6なんだ。よほどの事が無ければ攻撃は受けない。あのデカさなんだ、動きも鈍い気もしてくる。


「では……いざ行くとしよう」


 俺は中央に向かって歩みを進める。こつ、こつと靴音が空間に鳴り響く。なるべく余裕があるように振る舞って、緊張を紛らわせる。


 後ろの道はガチンッ! という音と共に閉ざされた。戻れなくするためのものだろう。リベンジは決してできないということか。


 ゴーレムはまだ動かない、両膝を立ててじっとしたままだ。いつ動き出すのかが、俺の心により緊張感を与えてくる。


 俺は神殿の丁度真ん中に来た。意味深そうなマークの中心にじりじりとゴーレムに近づきながら立つ。


 そして、そいつは動きを見せた。体が突然キュイイイン! という音を立てて赤く光だし、あっという間に全身が赤黒い姿へと変えた。剣を支えにして、そいつはゆっくりと立ち上がる。俺は小人にでもなった気分だった。


 ゴーレムの両眼が赤くなり、俺を認識した。


「――――ッッッ!!!!」


《【危険感知】が発動しました》


 ゴーレムは生物のものとは思えない声を上げた。ずしん、ずしんという大音量の足音を出してくる。



《――エリアボス、サンレッドガーディアンを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始します。なお、相手は格上と判断いたしました。最大の注意を払って戦闘を行なってください》

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