第四話 「食事の代償」

《サンリザードの戦闘不能ダウンを確認。勝利しました、経験値を吸収します…………完了しました。【回避のツリー】のルートを開放。新たなスキル【身体加速】を獲得しました》



***



「よいしょっと」


 俺はサンリザードの死体を神殿に持ち帰り、イノシシの横にドサッと置いた。


 なんとトカゲはあの一撃で天に召されたのだ。スキルの攻撃とはいえ、これは流石におかしいだろう。


 アシュトレトの言う戦闘不能ダウンという言い方も曖昧だ。この世界のモンスター達はどういう仕組みで成り立っているのだろう。


「まあいいか、今は飯にしよう」


 俺は床に座って腹ごしらえの準備をする。肉を切るために、サンリザードから頂戴した鋭い大きな爪を利用する事にした。手に収まるような形に削り合わせて一本の小さいナイフへと変形させる。


「何にしようか。一応夜飯ってことになるんだろうけど、どう見ても外は明るいままだしな」


 赤黒い太陽はいつまで経っても不動だ。


 今が朝なのか昼なのか夜なのか、よく分からない時間となっている。


「まあ簡単なものでいいだろ。今後もこの肉達は大切にいただくしな、少しずつ調理しよう」


 あらかじめ血抜きしておいたイノシシの肉を床に配置して、ナイフで切り分けていく。床に直で置くのは気にしないでくれ、机もまな板もないのだ。


「はあ……まさか焼いて食すだけの食事をする事になるとは。調理? そんなの文明の利器がなきゃ無理だろ」


 自分で言って自分でツッコミを入れる。一人ってのは虚しくて寂しいものだな、せめてキョウマくらいの友人がいてくれれば良かったんだけど……あ、友人って呼べる仲だったっけか?


「“――着火ファイア”」


 唯一使える初級の魔法で、爪に突き刺した肉を満遍まんべんなく炙っていく。爪は水で洗っておいたので汚くはない……はずだ。


 鍋や調味料などがない状態で作れる料理といったら焼肉しかなかろうよ。いつもなら料理担当の腕を振るえていたんだけどな。味にうるさい俺がこんな食事を体験することになるなんて。


「……こんなもんか?」


 こんがりと焼けて茶色い色付きになったイノシシ肉を眺めて、ふと思った。


「これって、本当に食えるのか?」


 どこからどう見てもイノシシの焼肉だ。だが見知らぬ大地の謎の動物の、だ。ダンジョンのモンスターとしてみなされるのか、それとも魔物として扱われるのか、普通にただの獣として認識されるのか。


「モンスターや魔物の類いは基本的に、いや絶対に食べちゃいけないって聞いたような。不純な魔力や成分が詰まりまくってるとかなんとかで……」


 やばい、食う気満々だったのに急に不安になってきた。でも、もう空腹で死にそうだし……。


「ま、いっか。生きるためだ、多少の体調不良は容認しよう。死にはしないだろう」


 俺の思考は、“ご飯食べたい”で埋め尽くされていたのであった。


 人間の三大欲求には抗えまい。こちとら昨日から何も食っていない。金が無かったしな、食事なんてしてる暇はなかった。


「いただきまーす」


 躊躇なんて今の俺にない。腹を満たすためその肉を口に運んだ。もぐもぐと顎を動かす。


「……ま、まずいなぁ……」


 獣臭がすごくて非常に硬い。脂が少なく味が濃いけど、とても美味しいとは言えない肉だ。


「イノシシには申し訳ないけど、マジで美味しくねぇ。せめてもうちょっと柔らかくてもいいのに……」


《――幻影生物の摂取を確認。これより、プレイヤーの属性適合を開始します》


「え?」


 属性適合? なんだなんだ?


 アシュトレトがまた分からない事を言っている。属性適合って一体何――、


「があッ!?」


 俺は突如現れた激しい体の変化に、思わず床に倒れ込む。体内が焼けるように熱く、全身が恐ろしく痺れている。弾け飛ぶような痛みが、俺の脳内を支配する。


「が………ぎ……」


 数十分に及ぶその衝撃は、俺の心に苦痛を与えた。何故かまだ息はしている。ただ生きるために肉を食ったってのに、何で死にそうになってんだ?


 時間をかけて、ゆっくりとその痛み達は体を侵食し、細胞の一つ一つが腐りかけるように黒、肌色、黒、肌色と変色を繰り返す。


「ア、アシュ、トレトっ! これは……ど、どうなってるんだ!」


《現在サンボアに含まれた魔力成分を分解中です。分解し、体に適合させるまで時間がかかります》


「く、くるし……早く……終わってくれ……!」


《ヘルプ要請を確認。プレイヤーの適合時間を大幅に削減します。激しい痛みが伴いますので注意してください》


 次の瞬間、信じられないほどのさらなる衝撃が襲ってくる。ああ、先にこの肉を食ってもいいか聞いておくべきだったなと、今更後悔していた。


「ぎ、があああッ!!?」


 自分の肉が砕ける音を聞いて絶叫する。今までこんな壮絶な体験はした事がない。まだ自分は生きているのか心配になるほど、絶望感に呑まれていった……。



***



《……幻影生物との適合、完了しました。以降この世界の幻影生物の摂取に耐性が付きました。全ステータスパラメータが大幅に上昇。スキル【回避のツリー】が【真・回避のツリー】へ進化しました――》


 やがて、そんな声が聞こえてきた。かろうじて生きている状態の俺は、うつ伏せの体勢でゆっくりと目を開ける。


「…………………………」


 こういう時は喜んでいいのだろうか。理不尽な破壊と再生を繰り返し続けて、俺の心は見事なまでに生気を吸い取られた。


 死にたい、自殺でもしてやろうかとも考えてしまっていたが、その前に俺の意識がどこかへ消えてしまった。ある意味それで助けられたのかもしれない。


《【真・回避のツリー】の影響により全てのスキルレベルが 1 アップします。【真・回避のツリー】のルートを開放。新たなスキル【危険感知】・【痛覚耐性】を獲得しました》


「…………しばらく、休ませてくれ」


 まだあの痛みを思い出す。うつ伏せのままぐったりとして冷たい床に身を預ける。


 もう壮絶な苦しみは襲ってはこないが、心にダメージを負った気がする。


「なあアシュトレト……俺あれ食っちゃダメだったのか? 餓死を避けようとしたのに死にそうになったんだけど」


《ヘルプ要請を確認。『幻影の荒野』に生息している全ての幻影生物は高濃度の不純魔力で構成されているため、プレイヤーの細胞には適しません。細胞破壊を防ぐため、それに適した体を再構築いたしました》


 ……まあ要は俺はアシュトレトによって新しい生きやすい体に作り変えられたという事かな。


「どうしていたらこの事態を避けられていたんだろうな……。この苦しみは必然だったのか?」


 結果的に助かったからいいんだけどさ、もうちょっと他にさあ………。


「今日はもう寝て……忘れよう」


 この世界を生きるための体と気管を手に入れた俺は、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。


 外は相変わらず、爛々と輝いている。


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