第三話 「スキルは大事であった」
あれから1時間が経過した。
慎重すぎたかもしれない、俺の腹の具合や喉の潤いがちょっとやばい。
悩みに悩んだ結果、俺は………。
「半ば勢いで決めちゃったけど、本当に【回避のツリー】で良かったのか? まあもう選んじゃったからどうしようもないが」
優柔不断な脳で決めたスキルは“回避”だ。
剣と生存はこの世界で暮らす事を前提としたスキルのような気がした。より時短してゴールに辿り着けるとしたら、という基準で考えた結果である。
「さて、これからどうするか」
まずは少しでも食料となるものが欲しいな。動物でも魚でも、果物でもいいけど、こんな所に動物が暮らせるのだろうか。
「……いた!」
発見したのは枯れ草をむしって食す謎の生き物。遠くからじゃ分かりにくいが、あれはイノシシだろうか。俺はそれに向かってあるだけの力を使い走る。
今の俺の装備は貧弱も同然、武器もなければ小さなナイフだって持っていない。どうやって仕留めるかって? それは…………。
《サンボアを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始しま――》
「おっしゃあ行くぜぇッ!」
俺はアシュトレトの声を遮るほどの声を上げてモンスターらしきイノシシに襲いかかる。
もちろん、素手で。
「らあッ!」
「ブモォ!?」
だってしょうがないじゃん、何にもないんだもん。神殿もある程度探索はしたけど食料一つないただの空箱だった。こんな事なら【剣のツリー】にしておけば良かったかもしれない。それなら今頃剣も手にしていた可能性もあった。
「クソッ、硬いな!」
思いっきり腹を殴ったが、少しよろめいた程度でイノシシは倒れない。俺の存在を敵視して突進してくる。
「えっと、スキルは……」
アシュトレトによれば、回避のスキルは自動で発動されるらしい。予備動作を行うことで伝達できるらしいが……。
俺が持つスキルは……当然【回避】のみだ。
「緊急回避ッ!」
「ブモッ!」
イノシシの突進を横に勢いよく転がって避ける。体が一気に軽くなり攻撃を回避した。
これが……スキルなのか? なんか地味だがしっかり敵の攻撃は避けられたな。
《【回避 L v 1】が発動されました》
俺の視線の端にパネルが出現して教えてくれる。今更なんだけど、これでどうやってモンスターと張り合えって?
「ブモォッ!」
「……! 回避!」
《【回避 L v 1】を発動します》
決定打となるものがない。このまま避け続けてどうなるっていうんだ? イノシシも俺が殴ったせいで激おこの興奮状態だし……。
「伊達に冒険者2年続けてきた訳じゃねぇ。大人しく俺のご飯になってくれッ!」
「ブモォォォ!」
野獣の如き人間と野獣は小規模すぎる戦いを繰り広げた。
***
「でやああああッ!」
「ブ、ブォォ」
開始から30分。
回避し続け、パンチを食らわせ続けた。そしてようやくサンボアは地に倒れた。
戦闘不能にするまで随分と時間がかかってしまったな。素手だからまあしょうがないんだけどね。
「はあ……はあ……はあ……」
《――サンボアの
先程遮ってしまったが、なんかレベリングなんちゃらって言っていたな。経験値を吸収っていうのはツリーに関することだろうか。経験値って可視化できるものなのか?
《【回避 L v 2】にレベルアップしました。敏捷力と幸運が
何やら興味のそそられることを言っているな。なるほど、使えば使うほど強くなるってことか。レベル1から2へと上がっているな。
《【回避のツリー】のルートが開放されました。新たなスキル、【カウンター】を取得しました。全体のステータスパラメータが上昇します》
「お、おお?」
すらすらとアシュトレトが説明してくれる。どうやら【カウンター】というスキルをゲットしたらしい。こうやってツリーを広げていくということか。
「よし、一応の食料は確保できた。次は水と、イノシシを切り分ける為の刃物のようなものが欲しいな。まだ活動には余裕があるし、ちょっと探検するとするか」
拠点はあの神殿があるから問題ないだろう。後々困らないためにできるだけのことはしておくことにする。
「見渡す限り砂漠だけど……オアシスくらいはあるだろ。無かったらとうとう詰みだ、頼むからあってくれ」
水問題は必ず解決しなければならない。人っていうのは3日水を摂取しないと死ぬらしいからな。
イノシシの体を引きずって神殿の中へ運んだ後、さらなる発見を求めて歩く。
「それにしても、暑いな。ずっと日が同じところにある気がするけど、気のせいだよな?」
ここに来て3時間ほど経ったけど、日が落ちる様子はない。この世界の基準がどうなっているかは未だ不明のままである。
「……お?」
少し高い砂の丘を登ってみると、すぐ近くに樹木があるオアシスを発見した。これは幸先が良いぞ! と叫ぼうとして引っ込めた。その側に先客がいたからだ。
「あれは、トカゲか?」
全長2メートルくらいはありそうな巨体なトカゲだ。全身がグレーに包まれており、鋭い爪が見える。そいつは休憩中らしく水分を補給していた。
「俺と同じ目的の先客か。さてどうしようかね、倒して水を取るか、隠れて水を取るか」
正直勝てる気はしていない。モンスターの強さは分からないが、俺にはまだ回避とカウンターのスキルしかない。なんとしても水は欲しいが、その壁が分厚い。
「普通にこの世界で暮らしてるんだな。まだ人間みたいな知性のある奴とは遭遇していないが……」
そもそもこの荒野の先に人が住める場所があるのだろうか。どこまでも続く砂漠を見ていると、俺以外にいないのではないかと考えてしまう。
「よし、こっそり飲めるだけ飲んで撤収するか。そのうちアイツも楽に倒せるくらい強くなれるかもしれないしな。今全力で相手をする必要はない。そのために“回避”のスキルを選んだわけだからな」
俺はトカゲが見えないと思われる所まで移動して、坂を下っていく。
木々の葉をかき分けて水辺まで辿り着いた。って、これどうやって飲めばいいのです? トカゲからこっちの様子バレバレなんじゃ……。
「ピシャァ!」
「いや俺バカかよ!」
必然的に俺は見つかった。そりゃそうだ、同じ場所で、同じ水を飲もうとしていたのだから。馬鹿すぎて数秒前の俺に教えてやりたいね!
トカゲは自分のテリトリーに入ってきたのを嫌がったのか、恐ろしい形相でこちらへ高速四足歩行で走ってくる。
「やば……緊急回避ッ!」
《【回避 L v 2】を発動します》
咄嗟に爪攻撃を回避するが、思った以上に速かったためか反応に遅れてスキルが発動した。俺の横腹を軽くえぐられた。
「ぐっ……! 痛ってぇな、やっぱりちょっと格上なのか?」
刃物で切られたような痛みが走る。久々にこんなダメージを負ったな、ダンジョンの中での俺はただの荷物持ちだったからな。
《――サンリザードを確認。プレイヤーはただちに戦闘体勢へと移行して下さい。レベリングシステムを開始します》
サンリザード。先程のイノシシと頭が同じ“サン”が入っている。この土地の名前なのか、はたまた太陽に由来したモンスターなのか気になるところだな。
「だけど、俺には【カウンター】がある。一応の攻撃手段は手に入れたんだ! って、どうやって使えるんだっけ?」
《ヘルプ要請を確認。【カウンター】とは【回避】のスキルと連動しており、攻撃を避けた回数に応じて与える攻撃力が上がるスキルです》
「なるほど、
「シャアッ!」
これで2回目の回避。繰り出せる攻撃がちょっと上がった事になる。
「カウンターのダメージ加算に上限はあるのか?」
《ヘルプ要請を確認。上限はありません。【回避】を発動するだけ威力は上昇します》
「それは良い事を聞いた。なら、あと20回くらい回避し続ければ一撃で倒せるパンチが出せるのか……なッ!」
3回目の回避、速いといえど二度は喰らわないさ。同じ速度で飛びかかってくるので、俺の目でももう追える。【回避】のスキルは順調に働いているしな。
《【回避 L v 3】にレベルアップしました》
戦闘中でも上がる事はあるのか。それは好都合、攻撃をチャージしつつスキルが成長するのなら、こんな戦いの中でも気を紛らわす事ができる。
「シャ、シャア……!」
「おらおらどうしたトカゲちゃんよぉ。早く俺の経験値としてかかってこいや!」
段々と俺の気性が変な方向へと進んでいる気がする。むしろサンリザードの攻撃を望み笑顔で待ち構える変態へと変貌していた。
「よっと、これがレベル 3 か。確かに速さが段違いだな。これなら寸前でも避けられる感じもしてくる」
それから、5分が経過。
《【回避 L v 5】にレベルアップしました》
「シャ、シャアァァ……」
「はあ、はあ、流石に疲れて、きたか?」
【カウンター】のパワーはフルチャージと言ってもいい。パチパチとエネルギーが溢れ出しているのが分かる。
途中からサンリザードは勢いを減速させて、回避は余裕も余裕となった。まあこちらもそれなりに疲れている、もう十分だろう。
「何回だったか、34、5回か? 思ったより長く付き合ってしまったな。さあ、時間差が過ぎるカウンターを食らってみてくれ!」
「シャアッ!」
サンリザードは身の危険を感じ取ったのか、先程よりも速く突進してきた。これで最後だ! 全力を喰らえ! という必死さのようなものが伝わってくる。
だが俺には通用しなかった。まだ回避のレベルが3だったらこの攻撃は直撃していたかもしれないが、俺の動きはすでに二段階ほど素早くなっている。
俺はその動きに合わせて地面を蹴った。
宙に浮いたサンリザードを直前で横にひらりと回避して、その横っ腹に溜めに溜めた拳を放つ。
「――ッ!!」
「シャ――!」
ドゴォ! という大きな音が鳴る。少し捻られた恐ろしい力強さと速さを誇るスーパーパンチはサンリザードにばっちり直撃して、オアシスを通り越して赤い砂漠に向かって吹き飛んだ。
「す、すげ〜…………」
格上だと数分前まで思っていたトカゲは、痙攣した後すぐにピクリとも動かなくなった。
この時、俺はスキルは本当に人間の価値を変えると、改めて考えを持つようになったのであった。
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