第二話 「赤の大地にて」
「暑いッ!」
そう叫びながら見知らぬ大地を歩く。
数時間前、俺は全体的に黒いこの砂漠へ飛ばされてしまった。やはりあの本は罠だったのかと思いつつ、数分は混乱してその場にとどまっていた。
だがあまりの暑さに耐えかねて、日陰がないかを見つける為に一応足を進めることにしたのだ。
ここはとにかく気温が高い。今は秋の季節だった気がするのだが、夏のような蒸し暑さが襲ってくる。
「どうして、こんな事になってるんだ……?」
訳が分からないまま、安全地帯を目指す。と言ってもそんなものがあるのかは不明だがな。
今のところ敵対生物は見られない。モンスターが出てくる可能性は十分にあるので、どこか身を隠せてこの暑さを凌げる場所があればいいんだけど……。
「はあ、はあ、はあ!」
激しい水分の枯渇に息が荒くなってくる。
この環境で活動し続けるのは困難を極める。やがて干からびて俺はうごかなくなってしまうだろう。
気付いた時には服以外の全ての持ち物が消えていた。剣も無く、水も無くなっていたのでどうしようもなくなっているピンチ。
「……あ、あれは?」
と、そこに正面に不思議な建物を発見。ようやく建造物を見つけて俺は思わず安心してしまう。
何故そこにあるのかなんて今はどうでもいい。とにかく日差しから逃げる為、その神殿じみた建物に駆け込んだ。
「ふぅ……。ここなら少し休めるか?」
少しだが涼しさがある白い石畳みに、深く息を吐いて座り込む。
数時間とは言え、あの中での行動は危なかったな。
「って、ここは一体どこなんだよ……。いきなりこんな所に移動するなんて。あの本の仕業か?」
薄暗くて内装がどうなっているのかは分からない。ただ広くてデカいということだけだ。
「取り敢えず、ちょっと休憩を……」
《――プレイヤーのログインを確認。プレイヤーIDの自動設定を開始》
「!?」
突然、どこからか声が聞こえてきた。
俺は思わず飛び跳ねてしまい、その声の持ち主を探す。
「だ、誰だ? 誰かいるのか!」
透き通るような女性の声、だがそれらしき人物どころか俺以外には誰もいない。
《……設定完了。――ようこそ、プレイヤー001。神殿は“あなた”を歓迎します》
「…………何を言っているのだね」
俺をプレイヤーと呼んだ謎の声主、直接頭に流れてくるような感覚がある。不思議と不快感はない。
《プレイヤーの生存を確認。応急措置としてプレイヤーの状態を“良好”状態に回復します》
その声に連鎖するように、俺の体が淡い緑の光に包まれた。心地の良いものに包まれて、水分を欲していた疲労気味の体はみるみる元気になっていく。
「お、おお……?」
やがて光は消えて、俺は絶好調の体を取り戻した。
「ここに勝手に入った途端にこの待遇とは。本当に意味が分からないな……」
自然と悪い気はしないけど、怪しさがすごい。
《私はワールドシステムの案内役、『アシュトレト』プレイヤーのチュートリアルをサポート致します》
アシュトレトと名乗った人間味のない口調の女性(?)は、簡潔に自己紹介をしてくれた。
「ワールドシステム……? チュートリアル……?」
俺は聞き慣れない用語が出てきて混乱してしまう。腰を抜かしていた体を起こして立ち、何となく上を向いてみる。
「どういう事ですかー! 説明してくれないと分からないんですけどー!」
一応誰かいないか大声で問いかけてみた。すると、目の前に発光する板のようなものがウィンッ! と飛び出してきた。
「うお!?」
《ヘルプ要請を確認。――あなたはプレイヤーとして選ばれ、『幻影の荒野』に招待されました》
文字が記されると同時に声が聞こえてくる。どうやら俺に説明をしてくれそうな雰囲気だ。
薄暗い中、慣れない板を見つめながら今の状況を教えてもらう事にする。
「げんえいのこうや?」
《プレイヤーはこの世界で生活し、創造主によって配置された
「……ゲーム?」
ここで暮らし、ゴールを目指せと言われた。灼熱の砂漠で、食料や水があるかも不明なこの場所で。
それにゲームというのも分からない。創造主という者がいるらしいが……。
「あの、俺帰りたいんですけど。いきなりそんな事言われても意味が分からないし。妹もうちで待ってるんですが」
《帰還はゴールでの“扉”のみのルートとなっております。己を鍛え、困難を乗り越え、ゴールを目指しましょう》
板の文字がしゅんッという音とともに切り替わった。そこには“BONUS SKILL”という表記と、剣、ハート、靴が描かれたマークが現れた。
「なんだ、これ?」
《ゲームを攻略する為の、ゲームマスターからの贈り物である初期スキルとなります。どうぞ慎重にお選びください》
そう言い残し、声は消えた。
俺の帰りたいという願いを無視して目標を立ててきた。これは本気でこの世界から出る事はできないらしい。
「贈り物……」
俺はその内容について目を通してみる。
とにかく、流されるまま従ってみよう。命の危険は今のところ無いし、いつまでも理解できないという状態は嫌だからだ。
「お選び下さいってどうするって……?」
《ヘルプ要請を確認。パネルに直接人差し指を触れることでパネルを操作できます》
「……ご丁寧にどうも」
これは慣れないなあ。
どうしても毎回少し驚いてしまう。あらかじめ声かけますよーくらい言って欲しいものだ。
俺はパネルと呼ばれた板に指で触れてみた。剣のマークの下にすらすらと文字が表記されていく。
「『【
《ヘルプ要請を確認。ツリーとは戦闘で経験を積んでいくことでさらなるスキルを解放、選択できるものです。それぞれのツリーにはそれぞれの個性があります》
それぞれという事は他のハートと靴のマークも同じようなツリーなのか。単なる一つのスキルというものではないらしい。
戦闘……それを強調させるのはきっとモンスターがいるからだろう。基本的にはほぼダンジョンと変わらないじゃないか。
「じゃあ、次はハート」
ある程度【剣のツリー】の詳細を読み終え、続いてハートのマークを押して確認する。
「『【
生存というくくりの幅は広い。【剣のツリー】だって生存する為のスキルではないのだろうか。
魔物の調理……食料の問題はなんとかなりそうだけど、まず勝てるかが問題になるだろうに。
「最後に……これはくつなのか?」
他の二つとは異なる素朴なマークだ。とても有能そうなスキルには見えないが。
俺はもうこの時点で不覚にもワクワクしていた。“スキル無し”という汚名返上ができるからだ。まあ、この世界にはそんな事言う奴もいないけど。
「『【
何も戦う必要もないってことか。バトルから逃走したり、敵の攻撃を喰らわない選択ができるな。
「うーん、これは悩むな」
剣、生存、そして回避か。
どれも魅力があるスキル達。捨てがたいが選べるのはきっと一つだけ、確かに慎重に選んだ方が良さそうだ。
「無難なら剣だけど……それじゃあ早くゴールに着けそうにないよな? 回避の方に傾いてくる」
俺はこの世界に長居はしたくないと思っている。命の安全の保証も無ければ、どんな危険な奴らがいるのかも分からないのだ。家が確保してあって、家族がいる世界の方がよっぽどマシだろう。
「生存は何の利点が……習得してみないと細かい情報は得られないか。腹も減ってきたし、何日もかけて目指すっていうならこれだけど」
人間が生活できるとは思えないこの土地。僅かな木々と未だ発見できない水源、不安な箇所は山ほどある。
そもそも、ここは一体どこなんだろう? 転移されたのなら納得がいくが、赤い砂漠じみた荒野なんて聞いたことがない。赤黒い太陽や、見知らぬ神殿。そして……ワールドシステムのアシュトレト。
「はあ……。まあひとまずはゴールに向かうことが最優先だ。さあ、どれを選ぼうか」
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