事態がおさまらない。

 紫亜たんは天然だった。そんなところでさえ、僕は愛せる自信がある! けどその前に、このピンチを脱出しないと。事態がおさまらない。


「紫亜さん、ちょっと違いますよ。イダテンタローくんは寝てませんでした」


 そう言ったのは、皐月アナ。はなしがややこしくならなければいいんだけど。紫亜たんは僕に振り向くと、上目遣いに言う。


「そう、なんですか?」


 僕はこくりと頷きながら「はい」と小さくつぶやく。


「それは、残念です。イダテンタローさん、貴方と一緒に寝たかったのに」


 紫亜たん、僕を殺しにきてるんですか? いいですよ。いつでもキュン死する準備はできていますよ! それにしても、あのタイミングではなしに割り込むだなんて、皐月アナまで天然なんだ。まともなのは景子アナだけ。


「さすがは業界の眠り姫。撮影中も寝ることはあったんですか?」


 景子アナ、ナイスだ。ごく自然に話題を撮影秘話にすり替えている。紫亜たんもごく自然にその話題に乗った。トークショーのはじまりだ!




「待ってください。私がどこでも誰とでも寝ると思ったら、大間違いですよ」


 まぁ、天然だからこうなるんだけど。景子アナ、頑張って!


「というと?」

「撮影中に寝るとか、あり得ませんよ。仕事ですし」


 いや、さっきも仕事中だったんじゃないの? 紫亜たん、無垢な寝顔を僕に見せてくれたよね。なーんて突っ込んでも仕方ない。


「なるほど。では休憩中はどうでした? 仕事の合間とか」

「それはーっ、寝ましたよ。けど安全にして安心なところでしか寝ません!」


 おおっ。これはうれしい。僕の横は安全・安心というわけだ。いつでもどうぞって言いたい。紫亜たんと景子アナの掛け合いはまだまだ続く。


「というと?」

「崖の上とかでは寝ないということです!」


「そうですか。スタッフさんからの情報だと、馬の背で寝ていらしたとか」

「あぁ、あの仔はとてもおとなしくって、安全・安心と判断しました」


 という具合だ。このあとも、景子アナのギリギリセーフの質問に、紫亜たんがギリギリアウトの解答という構図の掛け合いが続いた。突発的なトークショーに会場はやんややんやの大盛り上がりとなった。




 結果的に大成功となったトークショーが終わり、表彰式に戻った。僕は紫亜たんから試写会チケットを受け取り、ご満悦だった。だから、すっかり忘れていた。紫亜たんから僕への質問だ。皐月アナに目録をリリースした直後。


「イダテンタローさんは4年後、何をしていますか?」


 紫亜たんからのガチめの質問に面食らってしまう。自分が4年後に何をしているかなんて、考えたこともない。4年後、僕は高校3年生。普通に大学を目指しているとしか考えられない。そんなこと言ってもシラけるだけ。


 僕がうーん、と考えていると、景子アナが助け舟を出してくれた。


「なるほど。若馬の1年って、人間でいうと4年っていいますよね」


 そうか! そうだよ。景子アナ、ナイスだ! ここは東京競馬場のメインスタンド内で、POGの表彰式会場。馬にまつわることを言えば会場は必ず盛り上がる。そのとき、僕の頭の中に、映画での紫亜たんのセリフが浮かんできた。


「4年後ですか。僕は、絶対にダービー制覇してみせる!」


 決まった! 完璧だ。みんなも映画のPR映像を視聴している。僕が紫亜たんのセリフをパクったことに直ぐに気付いてくれる。今日一の大盛り上がりだ。紫亜たん主演の映画の宣伝もできただろう。言うことなしだ。


 ところが、これで大円団とはならなかった……。




 観客席の上下手後方から、高笑いが2つあがる。全く同じけたたましさだ。2人とも少女のようだけど、サプライズの新人お笑いコンビだろうか? 


「わーっ、はっ、はっ、はっはぁーっ!」

「わーっ、はっ、はっ、はっはぁーっ!」


 互いに相手の笑い声に同時に気付いて、不機嫌な顔で相手を睨みつける。そしてそのあと、同じタイミングでプイッとそっぽを向く。息はピッタリだけど、お笑いコンビではなさそう。むしろ、仲悪そうだ。


「なっ、何者?」


 でっ、出たーっ。国民的番組『ヒヒン戦隊パカパカパッカー』でのアグネス姫こと紫亜たんの名セリフだ。景子アナも会場のみんなも気付いている。唯一ぽかーんとしているのが皐月アナ。そういえば皐月アナは帰国子女。知らないのか。


「何者? だなんて……」

「何者? だなんて……」


 相変わらずの息のピッタリさ。本来ならここは2人の悪役がセリフを分ける。2人とも承知しているようだけど、どうやらこの2人は何の打ち合わせもしていないようだ。しかも2人とも譲り合うことを知らない。


「もう1回よ……なっ、何者?」

「…………」

「…………」


 いや、2人とも譲り合うことを知っていたようだ。今度は、見事なお見合い。息ピッタリにもほどがある。このままずっとこの茶番に付き合わされそう。それはあまりにも時間の無駄だ。何とかならないのか……。


「テイク3よ……なっ……」

「……待って、紫亜さん。まず2人でジャンケンして。勝った方が先よ」


 景子アナ、ナイスだ! 会場からも割れんばかりの大拍手。仲が悪そうな2人だけど、受け入れざるを得ない。7度のあいこのあと、ついに決着。上手後方の少女が勝った! 茶番は、もう終わりにしよう!

__________________________________

景子アナ、ナイスだ! むしろ茶番はこれからですが……。


ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。

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