かわい過ぎてキュン死しそうです。
僕の左腕をふわっと加圧している紫亜たんの身体。無垢で無防備に僕に身体を寄せている。これは……。紫亜たんがかわい過ぎてキュン死しそうです。
「すぅーっ……すぅーっ……」
もう、お家に帰っても左腕だけは洗わない。いや、この際、引退コンサートでマイクを置いていくアイドルのように、左腕をここに置いていってもいい。
だけど、どうしよう。1歩も動けない。もし動いたらバランスが崩れ、寝ている紫亜たんは転んで怪我をしてしまうかもしれない。そんなことになったら僕はもう生きていけない。ど、ど、ど、どーしよう……。
「すぅーっ……すぅーっ……」
……今、紫亜たんを守れるのは僕だけ! 燃えてきたぞ。じっとしていよう!
もし紫亜たんが彼女になってくれたら、どんなに幸せだろう。けど、紫亜たんと僕とでは住む世界が違う。僕の運がどんなに良くてもつきあうなんて一生無理。
「すぅーっ……すぅーっ……」
紫亜たんを見続けて20秒。映像は終わろうとしているが、紫亜たんはまだ目を閉じたまま。そろそろ起こさないと。その方法が3つ頭に浮かぶ。声をかけるか、身体をさりげなく揺するか、伝説的なキスをするか。
よしっ、キスだ! 王子様風のキスだ。寝てる美少女を起こすにはこれしかない。そもそもこんなところで無防備に寝ている紫亜たんが悪いんじゃないか! こんなに無垢な寝顔があれば、男なら誰だってキスしたくなる。
と、いきってみたが実際そんな勇気はない。見ているだけでも心臓がバクバクしてしまうのが現実。
「すぅーっ……すぅーっ……」
そのとき『ジャジャジャジャンッ』という大音量のBGMが鳴り響く。びびって大画面の横の音源を見てしまう。ちらりと見える映像内の文字。そうか『東京・優駿物語』は7月21日上映開始なのか。楽しみだ。って、違ーう。
もう直ぐPR映像の上映が終わる。ステージが明るくなって表彰式の続きになる。紫亜たんは本来ならば景子アナの紹介で下手から登場しないといけないはず。灯りが戻る前に紫亜たんを下手袖に返してあげないと!
僕は、直ぐに紫亜たんに目線を移す。するとそのときには紫亜たんのお目々はぱっちり開いていた。さっきまで寝ていたのが嘘のよう。ドッ、ドキッとする。寝顔もかわいいけど、目が合うと吸い込まれそうだ。
かわいい。かわい過ぎる。絶対に守ってあげたい。お礼も言いたい。
「お、おはようございます……」
「あーっ。やっと喋ってくれましたね。イダテンタローさん、おはよう!」
紫亜たんにそう切り返されて、自分でもはじめて気付いた。僕、ステージ上で今までひとことも喋っていなかった。景子アナに紹介されたときも、表彰されて記念撮影するときも、皐月アナに目録をリリースするときも無言だった。
紫亜たんはそれをずっと気にしていたようだ。主賓である僕が無言でムスッとしてたんじゃ、式全体の華やかさが損なわれる。それでイベントが台無しになっては、興行に影響を及ぼす。そんなの、絶対にダメだ!
「良かったです。あとで質問してもいいですか?」
「えっ? もちろん、いいですけど……」
なんで質問? よく分からないけど、分かったことが1つだけある。紫亜たんは天然だ。
「やったーっ! 色々と聞いちゃいますから、覚悟してくださいね」
一体、どんな質問が待っているのだろう。『好みの女性は?』とかだったらどうしよう。面と向かって君だよなんて言えなそう……。
直後、ステージが明るくなる。まずい! このままでは僕と紫亜たんが並んで映像を見ていたことがみんなにバレる。そうなったら、スキャンダルとして大々的に報道される。ツイられて拡散しちゃう。どうしよーっ。
明るくなった今となっては、誰にもバレずに紫亜たんを直接下手袖に戻すことはできない。直ぐ近くの上手からはけて回り込むにも時間がかかる。これって、詰みってやつじゃんか! 万事休す。もう、ダメなのか……。
下手を見ると、司会台の景子アナと目があう。お願い、助けてーっ! 僕は拝む仕草で景子アナにサインを送る。すると、景子アナからウインクに続けて、時間を稼いでくれるジェスチャーが返ってくる。
「それでは皆さん、もうお分かりですか? お分かりですよね……」
景子アナはセリフを引き延ばせるだけ引き延ばし、一旦切れたあとも資料をひっくり返しながら、躍起になって紫亜たんの情報を探し出し、みんなに伝えた。
「……ここで本日の特別ゲストをご紹介いたしまーす。イェーイッ! 本日の特別ゲストは、実に20年振りにリメイクされる映画『東京・優駿物語』主演……」
という具合だ。みんなの目線を引きつけて時間を稼いでくれれば、紫亜たんが脱出するには充分。
「……芸能界のサラブレッド、業界の眠り姫こと生田紫亜さんでーす。イェーイッ! 紫亜さんといえば、お母様はアカデミー賞主演女優の……」
うんうん。うまくいきそうだ。景子アナ、ナイスだ! さぁ、紫亜たん。今のうちに上手側から回り込むんだ……。
「はーい。ここにいまーす! 生田紫亜でーす!」
「……って、し、紫亜さん! どうしてそんなところに?」
正直か! 紫亜たんには景子アナと僕の行動意図が伝わっていなかった。普通に返事している。
「はい。イダテンタローくんと寝ていました」
紫亜たん、言い方、言い方。誤解されちゃうよ……。事態がおさまらない。
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ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます。
紫亜たんって、天然なんですね。これでは天太郎くんも苦労しそうです。クワバラ、クワバラ。
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