第9話
今日は梅雨の晴れ間で、日中は湿度も気温も高かった。
陽が傾き、ようやく過ごしやすくなってきた。
私は、家から電車で30分ほどの街にいた。
この街で、綾は過ごしているのか。
一美の情報網で、綾の近況を知り、連絡もせずやってきた。
客観的に見たら、やってることはストーカーのようだなと自嘲する。
コンビニへ入って、コーヒーを買ってレジへ向かう。
「いらっしゃいませ・・・え、しょう?」
バイト中の綾が驚いてる。
「うん、久しぶり」
迷惑そうなら、すぐに帰るつもりだった。
偶然を装って。
一目見るだけで良かった。
「びっくりした!元気?」
いつもの笑顔だった。
レジ待ちの人がいたから、それ以上は話さなかった。
セルフのコーヒーを入れていると、レジを他の人に代わってもらって綾がやってきた。
「ねぇ、今日時間ある?あと30分くらいでバイト終わるんだけど」
「うん、大丈夫。じゃ適当に時間潰してるね」
「終わったら連絡する。番号変わってない?」
「うん」
コンビニを出て、近くの公園でコーヒーを飲む。
いまさらながら、ドキドキしてきた。
時間作ってもらえるなんて思ってなかったし。
綾は、なんだか大人っぽくなってたし。
私はどうだろう?
全然変わってない気がするな。
あれこれ考えていたら、綾から電話がきた。
今いる場所を伝えて待っていると、走ってやってきた。
「お待たせ~」
「そんなに待ってないよ、走ってこなくても…」
「嬉しくて、つい。なに?この辺りに用事でもあったの?」
「あぁ、うん。たまたま入ったら綾がいて驚いた」
「そっか。あ、お腹空いてる?ご飯まだでしょ?あ・・・今日あんまりお金持ってきてないや・・・ねぇ、うち来て!ピザでもとろう。こっち」
「え、あっ」
有無を言わさず歩き出すから、仕方なく付いて行く。
「ごめん、適当に座ってて!」
そう言ってバタバタと片付けてる。
「手伝おうか?」
「いいよいいよ!あ、何がいい?選んでて」と、ピザのメニューを渡される。
なんだかちょっと安心した。
私の知ってる綾だったから。
「何笑ってんの?決まった?」
「あ、うん」
綾が注文しようとして電話を手に取った時、偶然にも着信があったようだ。
「あ、もしもし?…ん?今日の?あるよ。…え?ちょっと待って」
一旦、会話をやめて。
「ごめん、しょう!長くなりそうだから、頼んでおいて!コレ、うちの住所」
と言ったと思ったら、また電話で会話を始めた。
しょうがないなぁ。
言われた通り注文をして待つ。
ゼミがどうのって聞こえたから、同じ大学の子かなぁ。
「ごめんごめん」
「忙しそうだね」
「うん、まぁね」
「楽しそうだし」
「うん。しょうは?楽しい?」
「…うん」
「そっか。家から通ってるんだよね?」
「うん」
「そっか」
前から思ってたけど、綾には全て見透かされてる気がする。
本当は楽しくないってこと。
それでいて、聞かれたくないことは聞かないでいてくれる。
そんな気がする。
ピザを食べて、コーラを飲む。
「やっぱりピザにはコーラでしょ」という綾の主張は、あながち間違っていないように思う。
ピンポーン♪
誰か来た。
『来ちゃった!』
『あれ?誰かいるの?』
『え〜高校の時の友達?』
「え、なんで?」
綾の言葉は完全にスルーされ
綾のワンルームの部屋は賑やかになった。
総勢5人で、残りのピザを食べた。
やってきたのは大学の友達で、今の綾のことをいろいろ聞くことが出来た。
明るくて気さくで面倒見が良くて…
「もうやめてよ~」と綾が言うほど、人気があるらしい。
それがどうやら、お世辞でもないらしい。
なんだか意外だった。
本質的には良い子だと思うけど、それを出すのが苦手、もしくはわざと出さないでいた高校時代を知っているから。
でも、それなら。
『そういえば渡辺くんとはどうなった?付き合ってるの?』
「は?そんなわけないじゃん」
『え?告白されてたよね』
「…は?ないない」
『そう?』
「その話はもういいから」
そういう話も出てくるんだろうなあ。
わかってはいたけど、いたたまれない。
「綾、私そろそろ帰るね」
「え、もう?」
「うん、今日はありがとう」
「送ってくよ」
「いいよ、お友達いるんだし」
「でも…」
「ほんとにいいから。元気でね!」
笑顔で別れたかった。
今度こそは。
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