幕間1-4 陰謀の行方
翌日、私がいつもの公園で演技を終えると、今までと変わらない調子で彼がやってきた。
「今日は剣筋に迷いが見えるね。戦士ならば、どんな時でも鋭さを失ってはいけない」
ちゃりんちゃりん。50ゴルド。
「そりゃあ、いきなり有名人を二人も連れて実家に来られたら、誰だって驚きますよ」
私は彼の後ろに控える二人に目を向ける。
帽子をかぶって一応の変装をしているが、アニエスさんとラ―ティールさんであることは見間違えようがない。
「お嬢さん、昨日は挨拶できなくて申し訳なかったね。私の名はラーティール。しがない密偵さ」
「ご丁寧にありがとうございます、ラーティール・オシム大臣」
そう、この人はジヨ・ホールの安全保安省を統括する役人でもある。
普段は表に出てこないため、国民の間でも英雄としての認識の方が強い。忘れられがちではあるが、長らく国に仕える重鎮でもあるのだ。
敬意を示すため、私は殊更丁寧にお辞儀をした。
「なるほど、君がシャイルちゃんか。鍛えているだけあって所作も綺麗だ。リュートが一目惚れするのも無理はねえな!」
「ラーティール、言い方」
慌てたように大臣を小突くシバイ氏の向こうでは、銀髪エルフがむすっとした顔でこちらを見ている。
いや、確かに最近絡まれてはいるけれど、そんな目を向けられる関係ではないので勘弁してほしい。
「昨夜、父とどんなお話をされたのか、教えていただけますか?父は少し待てとしか言ってくれなくて……」
「そうそう、それなんだよ。難しい話になるんだけど、シャイルさんにも伝えるべきことは伝えておきたくてね」
ありがたいお言葉だが、英雄二人が一緒にいると何かと目立ってしまう。
迷った結果、みなさんには再びうちの道場に来てもらうことにした。
◇◇◇
「で、何で僕は君と剣を合わせているのかな」
五歩の間合いの向こうに、シバイ氏が木剣を構えている。
今日はお弟子さん向けの稽古は休みの日だ。父も外出中とあって、がらんとした道場の真ん中に私とシバイ氏が対峙している。英雄のお二人は隅の方で応援だ。
「いや、今まで好き勝手講評してくれたので、さぞかし名のある剣士なんだろうなと」
怒ってないですよ?
「割と根に持つタイプだったんだねえ」
「一発ぶん殴れば忘れるので、さっぱりタイプだと自覚しております」
「なるほど、それじゃあ忘れられるわけにはいかないな、っと」
喋っている最中に切りかかった私の不意打ちを、彼は余裕を持って躱した。
「いいぞ、お嬢さん。殴れ殴れ」
「そいつ避けるのだけは上手いから、手助けが必要なら言ってね。
外野が盛り上がる間も連撃を繰り出すが、道場内を円形に使って退路を確保される。壁際に追い詰めることすら許してもらえない。
「それで、借金の件はいま、どんな感じなんですか」
右、左、右のフェイントからの中段蹴りは腕を使ってブロックされる。やっと彼の体に攻撃が触れた。
「理解してもらうために、背景から話すけど良いかい?」
前蹴りを防がせて、壁を背負わせる。ややこちらのペースになってきたか。
「できるだけ簡潔にお願いします」
蹴りを嫌がるようだったので、敢えてキックフェイントを見せてからの回転切り。
これには自信があったのだが、あっさり避けられるだけでなく、体を入れ替えられた。今度は私が壁を背負う形になる。
「この道場って、すごく良い立地にあるよね」
それはその通りだ。古い家であることも手伝って、目抜き通りの一角に広い敷地を構えている。
「それが、どうしましたか?」
「土地の権利者を調べたんだけど、この区画はこの道場以外、全てエステラ財閥系の商会が保有していたんだ」
エステラは、この国の三大財閥に数えられる大商会だ。
「なるほど、それで?」
挑発するように手のひらをクイクイされてたので、私は怒った気配を装って飛び掛かる。上段切りを見せつつ、本命は下段への足技だ。
「3年前、この国の議会で目抜き通りの再開発案が承認されてね。エステラ財閥はこの提案にがっつり絡んでいた」
「っ!エステラが、この道場を狙っている?」
飛び込みからの下段蹴りも自信のある技だったのだが、彼がひょいと上げた脛で防がれた。
逆に自分の足が痛みでしばらく使えなくなる。
「雑にまとめると、その通りだ。ただ、この件はいくつかの省庁と官僚も絡んでいる」
私の攻撃が緩んだとみて、初めて向こうから剣が振るわれた。が、思ったほどの鋭さはない。重心移動から剣筋はバレバレだ。
「む、やっぱり剣は難しいな」
「剣士じゃなかったんですか?」
「僕は魔術師でね」
ふざけたことを。
足の痛みも収まったので、再び攻撃に転じる。
「つまり、国と財閥が手を組んで、この道場を陥れようとしている、と?」
「手段だけを見ると、そう表現もできる。実際にはもっとずっと複雑なんだけどね」
「エステラは、この道場を手に入れて、何をするつもりなんですか?」
「たぶん、区画ごと再開発したいんじゃないかな。大きな商業施設でも建てるつもりなんだろう」
懐に飛び込んでの突き技三連。全て躱され、一旦距離を空ける。
私の息はあがり始めているが、彼にはまだまだ余裕が見える。
「誰が狙っているかは、わかりました。結局、借金は、どうすれば良いのでしょうか」
「間違いなく、借用書は偽造だと思う。でも、官僚が絡んでいるから、公文書の改竄くらいはやってるはずだ。つまり、本物と同じ効力を持つ偽物ってことになる」
なんだそれは。
私は怒りを込めて、空中で右の回し蹴りから左後ろ回し蹴りに繋げる。左足の踵が、彼の左手で防がれる。
「じゃあ、諦めろってことですか!」
「借金の存在自体を無くすのは難しいね。でも、利子については異議を挟む余地があった」
「?」
どういうことかよくわからず、私の攻撃が止まる。
彼も攻めて来ることはなく、そのまま語り続けた。
「借用書は24年前の日付で作られていた。これ自体はきっちりした内容で動かしにくいんだけど、20万ゴルドの借金に対して年利20%と法外な利子がつけられていたんだ。しかも複利でね」
ますますわからなくなって、私は完全に動きを止めてしまった。
こういう時は、結論だけ聞いてわかったふりをするに限る。
「更に、それを22年間も放置していた債権者が、1000万ゴルド以上に膨れ上がった2年前、突然権利を主張してきた。これはいくらなんでもおかしいと、疑義を主張する余地がある」
「俺の立場からは言いにくいんだが、多分途中で官僚側の担当者が変わったんだろうな。こんなことに絡むのは金融庁の連中だが、当初と途中で計画の精度が全然違う。熟練担当者が陰謀への加担に反抗して外され、それを引き継いだ新人が適当な仕事をしたとか、そんなところだろう」
壁際からラーティールさんが補足してきた。が、お金の額も出てくる人物も遠い世界の話すぎて、想像が全然追いつかない。
「まあ、その辺りの背景はどうでもいいんだ。大切なのは、こちらに反論するネタがあるということと、ラーティールが味方してくれるということだ」
「確かに、安全保安大臣が口添えしてくれれば心強いですね」
「いやあ、期待されているのはどちらかというと
なるほど。あまり知りたくはなかった情報だが、そういう話ならなんとなくわかるぞ。
「ええと結局、借金はなかったことになるんですか?」
「いや、さっきも言った通り、借用書自体を無しにするのは難しい。できるのは利子分の棒引きと、再開発に対する議論の席を用意することかな」
「その話をまとめてきたのが、今日の午前中だったのさ。お嬢さんの演技を見に行ったのはその帰り道」
「なるほど、見えてきました。その議論はいつ行われるんですか?」
「明日、この道場に財務大臣、次官とエステラ財閥の会長に何人かの幹部を呼んでいる」
「そういう偉い人たちって、忙しいんでしょう?よくそんな急に集められましたね」
「いかにエステラの会長と言えども、女装して十代の男の子に苛められる性癖を持っているなんてことが公になると、仕事に響くからな。喜んで予定を空けてくれたぜ」
だから、そういう情報は聞きたくないんですってば。
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