幕間1-3 謎の男の正体は
汗を拭き、軽く身なりを整えた私は、彼に誘われるまま近所の軽食屋に入った。
断り辛い空気もあったし、本音を言うとあのまま一人になるのも嫌だった。
軽食屋では下から2番目に安い料理を頼み、勝手に食後の甘味まで追加してもらい、気が付いたら嫌な気分などすっかり忘れていた頃合いで。
「あの手の連中は、たまに現れるの?」
冷たいお茶を一口含んだ後、彼は切り出した。
「ああいった問題解決は、昔から得意でね」
「お客さん、探偵さんですか?」
「探偵なんかじゃないけれど、似たようなものかな。たぶん、君の力になれると思うんだ」
気負いのない瞳からは、自信が伺える。
「詳しい話を聞かせてくれないか」
促されるまま、私はあの二人組が現れた背景についてぽつぽつと話し始めた。
私の家が代々剣術の道場を営んでいること。
2年ほど前から突然父親の前に借金取りが現れ、巨額の負債について返還を迫っていること。
家の蓄えはすぐに底を突き、以来利子分の返済に追われていること。
そのために私は士官学校を辞め、兄は冒険者として無茶な稼ぎを追い求めていること。
道場のお弟子さんもどんどん離れ、今では数えるほどしか残っていないこと。
「……それで、具体的にはどれくらいの負債が残っているか、わかる?」
「当初は、1000万ゴルドと聞いていました。今は利子が重なっているから、もっと増えていると思います」
「うーん。そんな莫大な借金の取り立てを、あんなガラの悪い連中が行うというのも、不自然だね」
「父も、あり得ない話だと言っていました。でも、弁護士の先生に見てもらっても、借用書は正式なものだったって」
いかにも胡散臭い話だ。本当ならば木剣の一突きも入れて追い返してやりたい。
だが、うちは曲がりなりにも名門と言われる道場だ。素人に暴力を振るったとなると、その評判は一生ついて回る。
そんなこともお見通しの上で、あいつらは挑発するような取り立てを行っているのだろう。
「なるほど、大体わかったよ。ごめんね、辛いことを話させちゃって」
「やっぱり、どうにもできないですよね。こんな金額で、弁護士でも解決できないトラブルなんて」
私は思わず溜息をつき、そこでふと気付いた。最近はこの人に振り回されていたけれど、その分借金取りに思い悩む時間は減っていた。溜息をつくのは久しぶりだ。
「そういえば、まだお名前を伺っていませんでした」
「ああ、良かった。自己紹介のタイミングを逃していてね。いつ名乗ろうかと」
言いながら胸元に手を入れ、芝居がかった仕草で一枚の名刺を取り出す。
「”シバリュー企画”の、リュート・シバイ、さん?」
「まだ立ち上げたばかりの会社でね。いい人材を探しているんだ」
「どんなお仕事をなされているんですか?」
「それこそ、まだ実績もない小さな会社なんだが」
そこで、私の瞳をいたずらっぽく覗き込むと、
「最初の案件が人助けというのは、悪くないかもしれない」
そう言って笑った。
◇◇◇
翌日の夕食前。お弟子さんたちの稽古が終わり、私が道場で防具を磨いていると、シバイ氏が二人の賓客を伴って訪問してきた。
一人は名を聞かずともわかる有名人だ。銀髪碧眼の都市エルフ。ノームの巨匠でさえも削り出すことはできないと言われる美貌は、
「リュート、あなた本当に一度私の扱いについて説明してもらうわよ。便利な
……有名なのだが、絵姿の雰囲気から凛とした女性を想像していた。
ぷりぷりと怒る姿は、何というかこう、微笑ましい。
「おうおうアニエス言ってやれ。俺だって30年ぶりに盟友が現れたと思ったらこんな面倒な
彼女をアニエスと呼び捨てできる白髪褐色肌の男性も、七人の英雄の一人だ。
三国一の伊達男。女性であれば魔族であっても口説き落としたという密偵の中の密偵、ラーティール・オシムその人に違いない。
肝心のシバイ氏は二人を宥めながらも、私に見せるよりも幾分気安い表情を見せている。
私の兄と大して変わらない年齢に見えるが、いったい何者なんだろう。
「やあ、シャイルさん。こんな時間に突然で申し訳ないんだけど、お父様はご在宅かな?」
「はい、今は庭で剣の手入れをしていると思います。あの、呼んできましょうか?」
「お願いするよ。ああ、これつまらないものだけど」
そう言って、近所の高級菓子店で買ったであろう饅頭の紙袋を渡してくる。
その俗っぽさと、後ろに控える二人の格が、どうにも釣り合わない。
混乱した私は、言われるがままに父を呼び出した。
突然の英雄たちの訪問には父も驚いていたが、「お前はお茶を淹れてきなさい」と体よくその場を追い出され、話の細かい部分は聞かせてもらえなかった。
遠目に見た限りでは、男性二人が何枚かの紙を使って父に説明している様子だった。時折聞こえてくる「本当ですか」とか「そこまで甘えるわけには」といった反応から察するに、借金の話について協力を申し出てくれているのかもしれない。
夕食の時間もとうに過ぎ、3回目のお茶のおかわりを持っていこうという頃合いに、話は終わったらしい。「ではまた明後日に」という言葉を残して一行は去って行った。
12個入りのお饅頭は全て食べ尽くされていた。
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