幕間1-2 アイドルにならないかと言われましても
……と思ったのも束の間。
翌日も彼は現れ、やはり最後に金貨を手に話しかけてきた。
「昨日は不快な思いをさせてすまない。どうか話だけでも聞いてもらえないだろうか」
「お気持ちはありがたいんですけど、本当にそういうのは困るんで」
「まず、その誤解を解きたいんだ。純粋に
17歳の乙女相手にお仕事の話を持ち掛けるなんて、もう絶対ダメなやつだ。
「いえいえ、私まだ17歳ですし」
「君は、もっと大きな舞台に立ちたいと思わないか?」
大きな舞台。この街にも劇場はあるが、そこを使えるのは有名な劇団だけだ。
「お客さん、劇団関係者なんですか?」
「劇団ではないけれど、似たようなものだ。君は、トップアイドルになれる」
「トップ……あいどる?」
「人族の世界で最も大きいのはドワーフの王都ステラ座。その観客席は2500人だ。でも僕は、その100倍の人に君の剣技を見てもらう舞台を用意できる」
話が大きすぎて、ちょっと何を言っているのかわからない。
「あの、私のことを評価いただけるのはわかりました。よければ明日も見に来てください」
わからないので、この話は打ち切ることにした。たぶんまともに相手をしてはいけない手合いだ。
「突拍子もない話で申し訳ない。順を追って説明するから」
「そうそう!私、道場でも師範代を務めておりますので!体を動かしたくなったら、こちらも見学に来てみてくださいね!」
言うだけ言って、すたこらさっさと逃げ出した。
まあ、道場ならば父もお弟子さんたちもいるし近所の目もある。余計なちょっかいはかけてこないだろう。
実際、彼は道場にまで押しかけてくることはなかった。
だが、次の日以降は少しやり方を変えてきた。
「やあ。今日は五連突きの最後がうまく当たっていなかったね」
50ゴルド銀貨1枚。
「ええと、お客さん?」
「また明日、楽しみにしているよ」
おひねりをいただいているという立場上、その金額に文句は言えないことはわかっている。それは良い。
でもだからといって、言わなくても良い一言というものもある。
悔しいことに、彼は無駄に目が良いようだ。確かに最後の1発は踏み込みが深すぎ、腕が伸び切る前に剣先が当たってしまった。自覚がある分、余計にムカついた。
次の日。
「今日は余分な力入りすぎ。下半身の動きを上半身に伝えきれていない」
ちゃりちゃりちゃりん。30ゴルド。
更に次の日。
「今回の体術は良かったね。双剣との相性も良いし、何より技に華がある」
ちゃりりりりん。90ゴルド。
私も馬鹿じゃない。彼のやり方に乗せられたら負けだ。
そう自分に言い聞かせつつ、ひたすらアリガトゴザイマスを繰り返すゴーレムのように振舞っていた。笑顔を張りつかせることだけは成功していたと思う。
そんなやり取りが何日か続いたある日。
演技終了後、いつもの彼とは別の望まれざる客がやってきた。
「いやあ、お見事だねえコーニー家のお嬢さん」
「最近羽振りが良いって聞いたぜぇ」
絵に描いたようなゴロツキ。太っちょと痩せっぽちの二人組。
この街のならず者集団、マンネガラ組の下っ端だ。
ここしばらくは姿を見せなかったことと、例の彼に意識を割かれていたため、この二人の顔を思い出すことも少なかった。できれば、一生忘れたい顔だ。
「しかし泣けるねえ。親の借金を返すために女の子が大道芸の真似事とは」
「おいおい、これっぽっちしか入ってねえじゃねえか。お客さんたちも薄情だなあ」
何を言うか。お前らが演技が終わるなりずかずかと出てくるものだから、他のお客さんはさっさと逃げてしまったのだ。
怒りを噛み殺しながら、私は二人を無視して撤収作業を始める。
今籠に入っているのは、私がサクラとして予め入れている数枚の銀貨だけだ。悔しいが、今日の稼ぎは諦めるしかない。
「こんな調子では利子分ですら返せねえなあ。もう諦めて道場を明け渡したらどうだい?」
「もっと手っ取り早く稼げる商売なら、俺が紹介してやってもいいぜぇ」
ぢゃりんっ!
あろうことか、痩せっぽちの方が私の籠を蹴り飛ばした。
数枚の小銀貨が飛び散り、向こうの方へと転がっていく。
「おお、すまねえな。ついうっかり当たっちまった」
「ぶはははは、入っているかどうかもわからねえんだから気にすんなよ」
何が面白いのか、二人はゲラゲラと下品な笑い声を上げている。
ああもう、最悪な気分だ。
でも気にするな。腹が立つのはこの瞬間だけだ。
そう自分に言い聞かせ、蹴り飛ばされた籠と銀貨を拾いに行く。
「なあお嬢さんよ、こんな生活も嫌だろう?いい加減諦めなって」
「強情なパパを説得できれば、いいことあるかもしれないぜえ」
うるさいうるさいうるさい。
血が上りそうになる頭を振って、荷物をまとめて立ち去ろうとしたその時。
「“
聞き覚えのある声とともに、二人組の笑い声が止まった。
振り返ると、お互いに見つめ合いながらアホのように(実際アホだと思うが)口を開けて宙をぼんやりを見上げている。
「すまない、笑い声が鬱陶しかったから、つい黙らせてしまったよ」
「お客さん……」
いつもの彼が、いつもの顔でそこにいた。
「今日の分、まだ渡せていなかったんでね」
ちゃりんちゃりん。
100ゴルド金貨2枚分、籠が重くなった。
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