幕間1-5 魔女の頼み

翌日も空には綺麗な青が広がっていた。ジヨ・ホール国では、この季節に雨が降ることはほとんどない。


昼過ぎになって本当に道場に現れた偉い人たちに対し、うちの側からは父と母、そしてラーティール大臣とシバイ氏が応対することになった。冷静に考えるとシバイ氏がそこにいるのは場違いだが、話の流れというものだろう。


お茶すら出す必要はないと父に言われ、私は手持ち無沙汰になる。同じくやることが無くなったアニエスさんに誘われ、いつもの公園へ散歩に出かけることにした。


「ごめんなさいね、変なことに巻き込んでしまって」


暑季の日差しに負けないよう、アニエスさんは空色のワンピースに同じ色の帽子を合わせている。前を歩く姿、振り向く仕草の一つ一つが絵になる人だ。


「そんな、私の方こそ助けられてばかりで」

「そうじゃなくて、アイドルの話。リュートから誘われているんでしょう?」


ああ、そっちか。正直すっかり忘れていた。


「あれって、本気だったんですか?」

「本気も本気。今の彼にとっては何よりも大事な案件でしょうね。言い方は悪いけれど、あなたの家の借金問題は、その前の小石に過ぎないわ。邪魔だから取り除く、くらいの感覚じゃないかしら」


小石を取り除く感覚で大臣やら英雄やらを動かさないでほしい。ありがたい話ではあるけれど。


「以前お聞きした時にはよくわからなかったんですけど、アイドルって、何をやるんですか?私の剣技を大勢の人に応援してもらうと聞いた気がします」

「うーん、この世界の常識で説明するのは難しいわね。歌ったり踊ったり、それに冒険する姿を世界中の人に見てもらって、見た人に勇気や笑顔を届ける仕事……と言ってもいいのかしら」

「世界中の人にって、いろんな国の劇場で公演するということでしょうか」

「そうではないのよ。まだ詳しいことは言えないんだけど、例えば大きな酒場とか、冒険者ギルドに集まった人たちが、それぞれの場所で同時にあなたの活躍を見ることになるわ」


言いながら、アニエスさんは空中に半透明の板を浮かび上がらせた。これは兄に見せてもらったことがある。冒険者が呼び出すことのできる、ギルドカードという魔法だ。


「これを見てもらえる?」

「えっ?良いんですか!?」


ギルドカードには、大まかな能力値が記載されている。伝説の魔術師のギルドカードを目にすることができる人が、いったい何人いるんだろう。好奇心を抑えられずに覗き込むと、板の上半分には予想通りとんでもない数字が並んでいた。


「これが、英雄のステータス……」

「見るのは下の方よ」


言われて画面下に目を移すと、シバイ氏と壮年のドワーフがなぜか腕相撲をしている。シバイ氏は顔を真っ赤にしているが、数秒後にあっさりと腕を返され、体ごとひっくり返っていた。

うん?絵が、動いている?


「すごい……これ、どうなっているんですか?」

「世に出るのはもう少し先の話だから、家族や友だちにもこの話は言わないでね。こんな感じで目の前で起きていることを撮影して、ギルドカードを通じて世界中の冒険者に配信できる目途が立ったのよ」


信じられない。世界中に?


「他にもいろいろ事情はあるんだけど、とりあえずその物語コンテンツの主役に抜擢されようとしているのが、あなた」

「……本当に、そんなことできるんですか?」


こうして動く絵を見せられても、それが世界に広がっていく姿を想像できない。

まして、私がその主役になるなんて。


「技術的な話なら、できるわ。私が担当するんだもの」


どこか誇らしげに、しかし一抹の怒りを抱えた表情でアニエスさんは言い切る。


「あなたが主役に相応しいかどうかは……正直よくわからない。でも、リュートができると思っているんだから、たぶんそうなんでしょうね」

「あの、失礼ですが、シバイさんとはどのようなご関係なのでしょうか?信頼されているようですが」


30年以上前に先の大戦を終わらせた七人の英雄は、人族の中では文字通り生きる伝説だ。

一方、シバイ氏はどう頑張っても30歳前後がいいところだろう。

英雄に連なる二人と大戦後に生まれた若者の間に、どんな奇跡が起きれば信頼関係が結ばれるのだろう。


「あら、そっちは聞いていなかったのね」


軽く驚いた顔を見せるが、すぐに「でも、言っても信じてもらえないか」と一人で納得している。


「私とラ―ティールが七人セブン・英雄ブレイブスと呼ばれていることは、知ってるわよね?」

「もちろんです。冒険譚は何度も読みました」


彼ら彼女らの伝説は、様々な語り手によって本にまとめられ、出版されている。


「他に、誰がいるか覚えている?」

「最強の槍使いエリン、不壊の盾ブレンサリオン、神に愛された不信者デルシクス、竜と心通わす自然祭司ドルイドハップ、そして異世界から召喚された名もなき付与魔術師エンチャンター。……まさか?」

「ええ、その通りよ。彼こそは付与魔術師リュート。私たちが英雄と呼ばれる地位に至ったのは、彼の貢献によるところが大きいわね」


ちょっと、言葉が出ない。


「本当は、こんなこと言いたくなかったんだけど」


アニエスさんは、困った子をあやすような表情で、諭すように言った。


「リュートの話、もう一度だけ聞いてあげて?それで嫌なら、断ってくれて構わないから」


その微笑みは、私に向けられたものだったのだろうか。

それとも、シバイ氏に向けられたものだったのだろうか。

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