第3話

 知夏はキレイになった。肩まで伸ばした黒髪はエナメルのようだったし、白く透き通る肌はまるで新雪のゲレンデのようだった。それは日を追うごとに加速していった。俺たちと同じ生活をしていながら一体どうしてこんなにも違うのかと、己の焼けた肌を見ながら思ったことがある。「違う人種」という言葉が再び浮かんだのを、ひどく嫌悪したのも覚えている。


 知夏はモテた。中学生といえば、恋を知る季節でもある。その対象として彼女の名前が良く上がることは、俺も知っていた。特に他小学校流入組からの人気がすごく、そのほとんどは彼女に恋していたのではないか、とはさすがに言い過ぎだが、彼女の素性を尋ねられることに辟易としていたのは良く覚えている。


 そんな俺も彼女に恋をしていた――なんてことは実はまったく無かった。何をいうか、と思われるかも知れないが、実際そうなのである。確かに彼女はキレイだし、成績もいいし、品だってある。だがそれと恋をするかは別問題であり、当時の俺にとっては「知夏と仲の良い男」としての立ち回りが大きく、やれ好きな音楽はなんだ、食べ物はなんだなど質問攻めにあい、そんなもん本人に聞けとばかりに、つっけんどんな対応をし続けてはどんどん自身が擦れていく――みたいな、どうしようもない毎日を送っていたもんだから、そこに恋が入り込む余地なんてなかったのだ。自然と、校内で彼女と関わる機会も減っていった。要するに、面倒だったのだ。俺は彼女の親じゃないし、兄弟でもなければ、まして、恋人でもないのだから。


 それに、あんまりにも周囲が彼女を持ち上げるものだから、何がそんなに良いのだろうと考え込む機会も増えてしまったことも多分良くなかった。


 そして、彼女は再び孤立することになる。


 知夏に対し多くの男は好意を寄せたが、しかしそれに対しての彼女は塩対応で有名だった。好意を寄せられれば浮足立つものだというのが彼らの常識らしいが、それに習えば、表情一つ変えずに「ごめんなさい」「付き合えない」と返す彼女の対応は異質に写ったのかも知れない。俺にしてみればそれはいつもの彼女と何も変わらないのに。生意気、と最初に言ったのはクラスの女子で、それはあっという間に学年中に広がった。女子にも男子にも囲まれる機会は目に見えて減り、一人でいる時間の方が多くなった。そして、同時に俺も居心地が悪くなった。


 学校での状況とは裏腹に、下校を共にする習慣は続いていた。約束した訳でもない、そんな義理がある訳ではない。ただ下駄箱で一緒になり、そのまま家に帰っただけだ。付き合ってるの?――そういう雑音は、聞こえないことにしていた。


 この頃である。彼女と会話するようになったのは。

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