第2話 この契約は有効ですか?

「この爪に口づけをしろ」


 口づけによる契約を求めるソルエの爪に、僕は唇をおとした――。


 すると突然、紫色に光る文字列のリボンのようなものが、僕の首のまわりをぐるぐると回り出す。

 そして巻きついて僕の首を絞め――たように見えたが感触はなく、しばらくすると何事もなかったかのように消えた。


「よし、喜べ下僕! 契約完了だ!」


 ソルエは片手を腰に当て、僕を指差して満足げにそう言った。

 ――ていうか長いなこの夢。早く覚めてくれないかな。


「わーいやったー」


 僕は完全なる棒読みで無表情にそう返す。


「で、これからどんな展開になんの? なんか悪い奴を倒しにいくとか?」


 これだけファンタジーな夢なら、何があってもおかしくない。


「? 何を言っているのだおまえは。おまえはただの下僕! 人間は戦闘には不向きだからな!」


 ……えー。そんなとこだけリアルなんだ?

 なんか変な力が使えたりとか、しないんだ?


「僕にもなんか力ないの? 例えば……そうだ! 手から金が出るとか、目から宝石が出るとか……」

「……おまえは失明したいのか? それとも本気で馬鹿なのか?」


 ソルエは、冷たい目で僕を見た。

 ……ああ、そう、ないのね。まあいいや、うん。

 そうこう話しているうちに、もう深夜の12時を回ってしまっていた。


「ええと、ソルエ。僕はそろそろ寝ようかと思うけど、おまえは……」

「……うむ。そうだな。そういえば眠くなってきた。私も寝る!」


 ああ、やっぱり泊まる流れなんですね。まぁいいけど。


 だって、もうすぐ終わるのだ。

 夢の中で寝れば、さすがに次起きた時はもう夢の中ではないだろう。

 ――そう思うと、ソルエとの別れも若干惜しく感じるな。うん。


 僕はベッドにソルエを寝かせ、その横に布団を敷いて横になった。

 そして、


「ありがとう。楽しかったよ」


 そう感謝の意を述べ眠りについた。


  ◇ ◇ ◇


 ――翌朝。

 いつものように目覚ましの音で起きる。


 が、手を伸ばしても目覚まし時計に当たらない。

 ――あれ?


 僕は寝ぼけ眼で、目覚ましがあるはずの頭上を見る。

 そして、自分が床に布団を敷いて寝ているということに気付く。

 目覚ましはベッドから手を伸ばして届く高さの、小さいテーブルの上にあるのだ。

 届くはずがなかった。


 ――え? なんで僕、実際に布団なんか敷いてるんだろ?

 夢遊病患者じゃあるまいし。


 にしても、我ながらファンタジーな夢見たなあ。あはは。

 僕は自分に失笑し、目覚ましを止めるために起き上がった。


 そして何気なくベッドを見ると……真横で目覚ましが鳴っているにも関わらず、すやすやと寝ている幼女が1人。


 ――あれ? え? あれ?

 僕まだ寝てるの? まだ夢の中なの? え?


 その幼女はどう見ても、昨日夢の中で会ったはずのソルエだった。


 えー?

 ええと、うん。そうだ。


 僕は見なかったことにして、もう一眠りすることにした。

 そこに答えはないとしても、今は保身のためにそうするべきな気がする。


 僕はすべてを諦め、再び現実を目指して夢の中にダイブした――。

 【完】

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