エピソード 0-1-2




アラタ・クラインが5歳の時、彼は自分の父に憧れていた。


自分の父は優秀な『竜騎士』だった。竜と心を通わせ、竜と共に戦う騎士。それが竜騎士。数ある国の中でも竜を戦力に加えられる国はただの5つのみであり、その中の一つである火国で自分の父は竜騎士という名誉ある職へと就き、その実力を見せていた。


家族を遠い辺境の村へとおいて仕事に行く父。だが息子であるアラタはそれに不満すら抱くことはなく、むしろ誇らしそうにしていた。


—————自分の父はすごいひとだ!!


そう思って信じて疑わなかった。世間的にも事実だったこともあり、その認識を誰もが咎めず、また父を褒めたたえる人を見て自分も誇らしくなったのだ。


そしてある時、転機が訪れたのだ————。







ある暑い日。その日は特別に暑かったのをアラタは今だに覚えている。


村の少し外れた場所には、のどかな平原とそこにある一本の大木が聳え立つ。周りは木々に囲まれた森なのだが、開拓を行う際にその木だけは切り倒す事が出来ずに放置され、そのまま育ったのだそうだ。今では立派に、森を開拓した平原のシンボルとしてその木があり、もう村人も切る気はないらしい。


だがその平原と大木はアラタにとってとても大事な意味を持つのだ。


アラタの父であるカラファが帰ってくる際にも、竜騎士としての鍛錬を怠ってはいない。そこでいつも父の竜との演舞を、大木の木陰に入って見入るのだ。空を飛び父の獲物である長い槍を構える。遠目にしか見えないその光景がアラタにはとてもとても眩しく見えるのだ。


その日以来アラタのお気に入りの場所はそこになった。父の演舞を思い出すだけでも胸が高鳴り、自分もいつかああなりたいと心を突き動かされる。だが森のそよ風と草原が奏でる素朴な音が体を心地よく包んでくれる。アラタにとっての夢の具現化であり同時に揺り籠のような場所でもあるそこに、一人でよく通い詰めていたのだ。


そしてその日は特別暑かったので、いつもよりも大木が誇らしく見えた。そして暑さから逃れるべく勢いのままに根本に腰かけて周りを見る。いつもと同じ風景かのように見えたそれは、いつも足しげく通っているアラタだからこそわかる不自然さに首を傾げた。


そう、いつもよりも葉っぱが、それも若々しい新緑の葉が散乱して落ちていた。量自体はまばらだったが、そんなことはあり得ない。この国に四季はないが、それでもこの時期に葉が落ちることはない。そして少年は立ち上がると、注意深く根本付近を見回る。そしてそれがあったのは、ちょうど少年が腰かけた場所から180度反対にあった。


「………?」


まるで生き物のような、でも生き物にしてあり得ないぐらいの黒い鱗。とても小さく、腕や足も小枝のように細く小さい。だがある2点を見つめて少年はそう感じたのだ。


「……竜?」


体の全体像を把握して、その上で見つけた突起・背中にある骨格。まるで小さな尻尾のようで、同時に翼のような物もあるとそう感じた少年は、好奇心のままに近寄った。だが近寄ってみて理解した。


「……!?」


無数の傷と、目を瞑ったままの体。少年は神経に電流が走るように危機を察知した。


急いで駆け寄る事はしない。ビックリさせてはいけない。少年に走った電流を体でグッと抑え、ゆっくりと近づき体を障る。傷口があまりない背中の鱗側に少し触れると。


「熱い……」


細かい切り傷等もひどかったが、何より熱かった。今日は猛暑、竜もこの傷の中熱波を遮る場所を探してここにたどり着いたのだろうとアラタは感じ取った。


そしてアラタは走った・来た方を逆走し、村から熱を冷ますための水を持ってこようと走った。隣人の村人の声も聞かずに走り、家から桶を持って井戸から水を汲んだ。その後は水をこぼさない様に細心の注意を払いながら走った。その時の神経のすり減りと、小さな竜の安否を心配する心に苛まれているからか、いつもよりも早く、水をあまりこぼさずに走る事が出来た。


そして大木で気を失っている小さな竜の元へと駆ける。ここからが本番だと気を引き締めるアラタは、竜騎士と竜が好きだからこそ、今もなお行動力が沸き上がっているのは言うまでもないだろう。


そしてアラタはここぞとばかりに機転を利かせた。熱を下げるために水をかけるのではなく、傷口に当たらない様に手に水を濡らして、水でぬれた自分の手を傷のない首と背中側に当てた。


(これで……少しは…)


アラタは心の中で期待を寄せつつ、同じことを何回か繰り返す。手を濡らし冷やして傷口のない所に当てて体を少しでも冷やそうとする。そしてその努力は遂に実った。


「………!!!」


小さい竜が細くだが目を開けてこちらを見ている。何かを訴えているような目だったのでアラタは少しの間思考を巡らせ、そして手で水を救って口元へと運んだ。


小さな竜は口をアラタの手元に寄せて中にある水を啜った。水はあっという間になくなっていき、アラタはもう一杯手で救い口元へと運んだ。


そしておおよそ3・4杯の水を飲ませて、その竜はもう一度目を閉じた。苦しそうな表情はどこからも伺えず、安らかである事が簡単に読み取れてしまうぐらいにはぐっすりとしていた。


それを見たアラタも気が抜けたのか


(あれ、眠気が……)


こうしてアラタも、竜を助けられた達成感と緊張感の解放から体が重くなっていくのを感じていた。


こうしてアラタもまた重い瞼と体に抗えずその身を大木に託した。


この出会いこそが、後のアラタの人生において大きな意味を持ち始めることに、まだ幼いアラタは気付いていない。







そして再び目を覚ますと、また暗い森の中だった。景色は変わらず、何も変わらず。だが憂鬱とした現世への復活であった。


だが今見た夢は自分とクーガの思い出そのものだった。笑顔を消したアラタが思わずまたえくぼを浮かべてしまうぐらいには穏やかで安らかな思い出だった。


だがそれも少ししかない。そのえくぼが消えるのも数秒もかからなかった。


アラタはクーガを見つめる。


(ありがとう)


その心だけは素直に思い出すことが出来た。


こうしてまたアラタは眠りにつく————




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