第8話

「わかばの匂い」8


 花火の大きな音で鼓動がバクバクする余韻が続いてるまま人混みの波に揉まれながら歩いた。

 途中、祖父はリンゴ飴を僕に買ってくれた。人混みの中でリンゴ飴を色んな人に擦りつけながら歩いた。人混みを抜けてリンゴ飴を舐めると色んな糸がたくさん付いていて、ペッペと糸を出しながら祖父の後について歩いた。


 曲がり角を曲がると家の中から母親と弟が怒鳴り合う声が聞こえてきた。

 玄関に入ると泣き顔の母親が僕のリュックを持って来た。居間の方からは「帰れ帰れ」と弟が大きな声を出していた。僕の収まってきた鼓動が再びバクバクと強くなった。

「健太。帰るよ」

「どうしたんだ」

「お父さん、ごめん。もうアタシ来ないから」

「駅まで送る」

そう言って訳もわからずに母親と祖父と三人で外に出た。


 三人で駅まで無言のままゆっくり歩いた。母親は泣いている。僕も理由も無く悲しくなった。

 駅前に着くと祖父は待ってろと言って何処かへ行った。

 母親は僕の前にしゃがんで「ごめんね」を繰り返していた。

 しばらくすると祖父が母親に封筒を渡していた。

「健太、今度はじいちゃんが健太に会いに行くからな、伊豆大島行こうな」

「伊豆大島」

「火山見に行こう」

「見たい」

「よし。絶対に行こうな」

頭を撫でる祖父からタバコの匂いがしていた。

 階段の下から見えなくなるまで祖父は手を振っていた。僕もずっと手を振った。


 あれから三年ー。

 祖父に会ったのはお葬式であった。棺桶で眠る祖父の手に“わかば”を隠すように握らせた。長いエントツからの煙がタバコの煙のように見えたのを覚えている。


 大人になって母親から聞いたのだが祖母は「あんたが子供連れてくると食費が余計にかかる」弟は「今日はカオリの誕生日会するけど姉ちゃんと健太の分のケーキ無いからな」などに続けて母親が離婚したこと夜の仕事をしている事などを言われたらしい。

 祖父はたまにしか会えない母親と僕の事を凄く心配していたと言う。母親の為に溜めていた貯金を祖母がお葬式代にしていたという。もっと祖父とたくさんの時間を過ごしたかった。


 僕はわかばの匂いが大好きで、そして祖母が大嫌いだったー。


終わり

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わかばの匂い 門前払 勝無 @kaburemono

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